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アーク溶接工Tさん事件報告(その2) 弁護士 有村とく子(民主法律時報256号・2004年9月)

弁護士 有村とく子

1 行政訴訟でも勝訴が確定!
(1) 大阪市内の土木建設会社のガス工事部でアーク溶接工として働いていたTさんが、1996(平成8)年5月25日に工事現場で脳梗塞を発症して倒れ、同月29日に亡くなった(過労死)事案について、最終のご報告をします。
(2) 以前、民主法律時報361号でご報告したとおり、会社に対する民事の損害賠償請求訴訟は、平成14年4月、大阪地裁民事15部がTさんの死亡が被告会社の安全義務違反による過労死であることを認め、会社に総額約2200万円の支払いを命じる判決を下しました。会社がこの判決を不服として控訴したことを契機に、こちらも損害額につき大幅な減額を認めた点を不服として控訴をしたところ、控訴審では、平成15年5月、被災者の寄与度減額を4割として(1審では3分の2が減額)会社に総額4400万円の支払いを命じる判決が出ました。この後さらに双方上告受理申立を行いましたが、最終的に、民事訴訟は原告勝訴の控訴審判決が確定しました。
 他方、労災申請の方は、平成12年3月に「業務外」の決定が出された後に行った審査請求、再審査請求に対しても、行政は、みな「業務外」との決定を返して来ていたのです。
(3) しかし、当方は、民事の1審判決が出た後の平成14年10月、業務外との決定の取消を求める行政訴訟を提起し、再度司法判断を求めた結果、大阪地裁第5民事部は、今年7月28日、労基署の不支給決定を取り消す判決を下しました。この判決は被告が控訴を断念したため、確定しました。Tさんが亡くなって8年、ようやく労基署はTさんの過労死を認めました。民事訴訟では過労死と認定されてきたにもかかわらず、行政手続き(再審査請求)では、この判決直前の6月21日に労働保険審査会が「業務外」の決定を出していただけに、今回行政訴訟においても勝訴したことは大変重要な意義があると思います。

2 行政訴訟1審判決の概要
 今回の判決では、Tさんの従事していた業務の内容とその過重性について民事訴訟の判決と同様、非常に詳細な認定がされています。また、業務と脳塞栓発症との因果関係についての医学的な問題についても、被告側が提出した澤田医師意見書と当方が提出した田尻医師意見書の応酬がありましたが、被告側の主張が今回ことごとく否定されました。判決は、「仮に被災者が被告主張の通り肥大型心筋症を有していたとしても、被災者のその基礎疾患が、直ちに血液凝固能を正常の30%前後まで低下させなければ、自然の経過により本件疾病を発症させる程増悪していたと認めるに足りない」、「被災者の基礎疾患の内容、程度、被災者が本件発症前に従事していた業務の内容、態様、遂行状況等に加えて、心房細動の誘因として精神的・肉体的ストレスや睡眠不足が挙げられていることを併せ考慮すると、被災者の基礎疾患(心房細動)が高脂血症または飲酒等の危険因子とあいまって、本件発症当時、その自然的経過によって直ちに本件疾病を発症させる程度にまで増悪していたとすることも困難である」として「被災者の業務と本件死亡との間に相当因果関係を肯定することができる」とし、「本件死亡は業務に起因するものであって、これを否定した本件処分(労基署が出した不支給決定)は違法で取り消されるべき」との結論を下したのです。

3 検討-問われる労働保険審査会の存在意義
 今回の行政訴訟の判決は、被災者の労働実態を直視した、極めて正当な判決です。民事訴訟をあわせると、これで4度も司法判断が下され、被災者の死を過労死と認定されたこの期に及んで、被告はまだ控訴してくるのかとの心配はありました。私たちは、控訴はしないで欲しいと中央労基署に要請に行き、控訴期限が来るのを首を長くして待っていました。幸い、控訴がなされず、1審判決は揺るぎないものとなり、遺族の方は本当に安堵されています。
 それにしても、民事訴訟ですべて原告が勝訴しているにもかかわらず、行政手続ではことごとく業務外の結論が出されてきたことには、「労働者災害補償保険は、業務上の事由又は通勤による労働者の負傷、疾病、障害、死亡等に対して迅速かつ公正な保護をするため、必要な保険給付を行い、・・・」と規定した、労働者災害補償保険法第1条の趣旨に反するものとして、厳しく非難されるべきでしょう。とりわけ、再審査請求について判断をした労働保険審査会は、この事件を2年以上も放置したうえ、民事の高裁・最高裁判決が出ているにもかかわらず、行訴判決の直前に駆け込み的に「業務外」の決定を下してきました。これでは何のための審査会なのか、その存在意義に大いに疑問を感じます。はるばる東京に出かけ、ものものしい公開審理の場で遺族が一生懸命に訴えているのを、審査にあたっていた面々は何と思っているのでしょうか。行政判断の後押しとしてしか機能しない審査会なら、それこそ「こんなものいらない!」と声を大にして言いたいところです。

(弁護団は、岩城穣、村瀬謙一、原野早智子、有村とく子)
(民主法律時報256号・2004年9月)

2004/09/01