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サービス残業代請求訴訟で勝訴 付加金の支払いも ~井島事件 弁護士 佐藤真奈美(民主法律時報258号・2004年11月)

弁護士 由良登信

一、事案の概要
  南紀勝浦にあるホテル中の島は、勝浦湾内の島に建てられ、ホテルへは連絡船に乗って行く。客室数225室、収容人員約1000名の大規模な政府登録国際観光ホテルであり、南海電鉄系列の株式会社中の島が経営している。同じ湾内にある「ホテル浦島」と集客を争い、「施設の浦島、料理の中の島」と呼ばれ、料理の良さを売りにしてきた。
  亡上田善顯さん(発症当時58才)は、ホテル中の島の料理長であり、調理課長・副支配人の地位にあった。亡善顯さんは、平成12年3月3日午前11時30分ころ、取締役及び各部課長による定例会議の会議中に、脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血を発症して倒れ、手術をしたがその後も意識は戻らず、植物状態のまま、平成14年7月2日に死亡した。
  新宮労基署は、平成14年12月に、亡善顯さんのくも膜下出血の発症と死亡を業務に基因するものとして、労災認定した。
  本裁判は、亡善顯さんの奥さんの上田裕子さんと息子さんの直輝さん、嘉次さんが原告となり、雇用主である株式会社中の島と発症当時の代表取締役社長及び常務取締役の各個人をも被告として、損害賠償の請求をしたものである。

二、過重業務
1、(亡善顯の労働時間)
  原告は、発症前一カ月間の亡善顯の総労働時間数は360時間(内、自宅での労働時間は87時間)、時間外労働時間は188時間に及んでいたと主張した。調理課にはタイムカードが置かれておらず、調理課員には残業時間手当も支給されていなかった(代わりに売上額に応じた売上げ手当が月1万円程度支給されていた)。出勤の有無(公休取得)が出勤簿からわかるだけであった。そのため、労働時間数の割り出しは、一日毎の亡善顯さんの行動を堀り起こすことによって行われた。
亡善顯さんの「通常」の日課は、朝5時30分に自宅を出て、車で15分くらいのところにある勝浦漁港の魚市場や車で30分かかる新宮市の公設市場に立ち寄って食材の入り状況を見て、それから連絡船で午前7時ころホテルに入っていた。そして、午前10時半ころ午前の勤務を終えて一旦自宅に戻って昼食をとり、午後2時ころ再び家を出て2時半にホテルに入り、午後9時ころホテルを出て9時半ころ帰宅した。そして、夕食の後、六畳間に資料を広げて献立づくりに午後12時ころまで取り組んでいた。以上の亡善顯さんの一日の労働時間は約16時間に及んでいた。

 2、(判決が認定した労働時間)
   判決は、ホテル中の島内での勤務については、ほぼ原告の主張どおりの認定をした。
   また、判決は、「善顯は、平成12年2月以降、公休日や仕事から帰ってきて就寝するまでの間、自室に籠もり、いくつもの料理の本を広げ、献立作りや新しい料理の考案に取り組んでいたことが認められ」、「自宅における献立等の作成に要した時間についても、被告会社における料理長としての業務を遂行していた時間と評価することができる」と判示した。
   さらに、「善顯は、出勤前にしばしば勝浦の魚市場や新宮市の公設市場等に立ち寄ったり、自ら中休み中に料理に使う敷葉取りに出かけていたことが窺われる」と認定した。
   以上の認定に立って、時間外労働時間について、「善顯のホテル中の島内での一カ月あたりの時間外労働は、恒常的に、80時間に近いか、場合によってはこれを超えるものであった上、発症前一カ月については、これにさらに献立ないし新しい料理の考案などに要した自宅での業務遂行時間も加わることから、かなりの時間外労働(注・原告の主張する自宅における八七時間の献立作成時間を加えると一六七時間となる)を負担したものと認めることができる。」と判示した。

 3、(中間管理職としてのストレス等)
   また、判決は、労働時間以外の負荷要因として、「発症当時、調理場の現場の(人手不足の)実情、調理課員の(長時間労働等の)勤務実態と被告会社の(人件費削減の)基本方針との間で板挟みになり、肉体的のみならず、精神的にも強いストレスを負っていたことがうかがえる」とした。

 4、(業務上の原因による発症)
   そして、判決は、「本件発症については、業務外の要因(父の死亡と葬儀)も少なからず影響を及ぼしているものと考えられるものの、主たる原因は業務上の負担によるものと解するのが相当である」と判示した。

三、被告会社の安全配慮義務違反
  判決は「使用者の労働者に対する安全配慮義務」について、「その具体的な内容としては、労働時間、休憩時間、休日、休憩場所等について適正な労働条件を確保し、さらに、健康診断を実施した上、労働者の年齢、健康状態等に応じて従事する作業時間及び内容の軽減、就労場所の変更等適切な措置をとるべき義務を負うものというべきである。」とし、「被告会社は、善顯に対し、労働時間の管理につき、適正な労働条件を確保すべき前提たる義務に違反したものということができる」と判示した。

四、被告らの不法行為責任
 1、被告会社の不法行為責任
   そして、被告会社の雇用契約上の安全配慮義務違反の事実は、「同時に不法行為にいう違法性を帯びる行為であったと認めることができ」、「善顯が調理師不足を訴え続けていたのであるから、その正確な勤務実態を把握するために具体的な勤務時間を調査する必要性は認識し得たと言うべきであるから、これを怠ったことに被告会社には過失がある」と判示した。

 2、代表取締役社長及び常務取締役の不法行為責任
   そして、本判決は、会社のみならず、社長と常務取締役個人にも不法行為責任を認め、被告会社と連帯して損害賠償をするよう命じた。この点は大変注目すべき点であり、今後の労務管理や賠償請求訴訟にも影響をもたらすものと思われる。
   まず、社長及び常務取締役は、「会社の運営全般に責任を負い、かつ、日常的に被告会社の業務に関与していたものであって、被告会社の労働者については、業務上の負担が過大となることを防止するための制度を整備する義務があると解される」とし、「本件においては、被告会社が善顯の労働時間を把握するための制度的な仕組みを十分に用意せず、また労働時間を把握するための代替的な措置も講じていない状態を放置したものであるから、この点について、違法性がある」とした。
   そしてS常務は、被告会社の代表者を補佐する立場にあり、労務管理についても、その管理の実態を把握することが可能な状況にあったにもかかわらず、善顯の労働の実態を十分に把握することをしないまま、善顯に対して、新規の料理(献立)の発案を指示し、さらには、上記定例会議において突如調理課職員の売上手当の一部削減を提案して、心労の負担を一層増大させたものであるから、・・・適正な労働条件を確保すべき注意義務に違反したという過失がある」とした。
   また、「T社長においても、善顯の労働時間等の労務管理の状態を把握すべき立場にあり、かつ、把握できる立場にありながら、それを怠り、(対応のほぼ全般をS常務に委ね)S常務による上記売上手当削減を含む人件費削減等の措置を容認、了承してきたものであるから、善顯につき、適正な労働条件を確保すべき注意義務に違反したという過失があるというべきである。」と判示し、不法行為責任を認定した。

五、本判決後、会社側は判決を不服としてすぐに控訴し、原告側も判決の認容した損害額が不十分であること、そこから3割の「寄与度減額」をした(認容額合計2438万円)こと等を不服として控訴し、現在大阪高裁で訴訟が継続いている。
(弁護団は、由良登信、山崎、岡田政和、岩城穣、佐藤真奈美)
(民主法律時報258号・2004年11月)

2004/11/01