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労働条件・職場環境を改善して「過労自殺」をなくす取り組みを強めよう(1999年11月13日 日本労働弁護団 第43回全国総会)

《労働者・家族・労働組合へのアピール》

労働条件・職場環境を改善して「過労自殺」をなくす取り組みを強めよう

一 「過労自殺」社会の現状

 「バブル経済」崩壊後の長引く不況、それによる企業倒産の増大や大企業の数千人規模の人員削減案が連日紙面を踊る中で、九八年には完全失業率が初めて四%の大台に乗り、自殺者が三万人を突破して過去最悪となり、日本社会は、「過労死」に続き「過労自殺」という新語を生み出した。

 「バブル経済」崩壊後の各企業におけるコスト削減や「リストラ」という名の人員削減が行われ、長時間・深夜・休日労働の横行、過重なノルマや責任の押しつけ及び荒んだ職場環境などを原因として、労働者は肉体的に疲労し、精神的に過大なストレスを受けている。労働省の「九七年労働者健康状況調査報告」では、普段の仕事で「疲れる」労働者の割合は七二・〇%、神経が「疲れる」労働者の割合は七四・五%であり、疲労を翌朝に持ち越す労働者の割合は「ときどきある」四二・七%、「よくある」一一・三%、「いつも持ち越している」四・四%と六割に達している。それにもかかわらず、企業は、労働者の労働時間や責任の軽減及びメンタルヘルスケアをせず、職場内で「過労自殺」が発生するとその原因を労働条件や労務管理の問題として捉えることなく、事実を闇に葬り去ろうとする。

 ところが、九九年四月から「改正」労基法が施行され、①女性労働者に対する時間外労働の制限、休日・深夜労働の禁止が撤廃されたこと(旧六四条の二、三の削除)、②一年変形労働時間制は、所定労働時間の上限が一日一〇時間、一週五二時間に統一され、区分期間が一か月以上に短縮され第二区分期間以降は労働日数だけを特定すれば足り、適用対象者の制限がなくなるなど使用者の使い勝手がよくなったこと(三二条の四)、③企画職の裁量みなし労働時間制が新設されたこと(三八条の四)から、八時間労働の原則がさらに切り崩された。

 このような状況の中で、「過労自殺」する労働者が増加することは目に見えており、今まで比較的少なかった女性労働者の「過労自殺」が急増することは間違いない。

二 許されない「過労自殺」

 しかし、近代社会においては、人間の尊厳が最高の価値を有することが認められており、人間の生命は最大限に尊重されなければならない(憲法一三条)。業務によって人間の生命が奪われる「過労自殺」の蔓延は絶対に許されないものであり、「過労自殺」した被災労働者とその家族は十分に救済されなければならない。

 「過労自殺」をなくすために、立法論的には男女共通の厳格な時間外・深夜労働規制を設けることが必要であり、これを実現するための運動を展開しなければならない。また、現実的な課題として、①企業の「リストラ」の横暴を阻止し、安易なコスト・人員削減を認めさせないこと、②プライバシー保護を最大限に配慮したメンタルヘルスケアの制度化、産業医制度の充実、精神障害を理由とした不利益取扱の禁止や病休制度の確立等の労働条件を整備すること、③いわゆる三六協定締結の際には、残業の諾否を労働者の自由に委ねる、残業を拒否できる事由を具体的に幅広く設定する、時間外・深夜・休日労働の時間を制限する等を協定化すること、④裁量みなし労働時間制については、その導入にあたって設置される労使委員会の設置に応じない、裁量みなし労働時間制を導入しても、その対象業務や業務量の規制、健康確保措置及び苦情処理制度等を整備すること、⑤気兼ねなく年次有給休暇が取得できる職場の雰囲気の改善、十分な要員配置及び連続休暇の設定をすることなど、の取り組みを強める必要がある。

三 「過労自殺」した被災労働者とその家族の救済のために

 そして、「過労自殺」した被災労働者とその家族が十分に救済されなければ、「過労自殺」をなくすことは不可能である。今、「過労自殺」した被災労働者の家族は立ち上がりつつある。業務による心理的負荷を原因とする自殺の労災申請件数は九五年度に初めて二ケタ台の一〇件となり、以後九六年度一一件、九七年度三〇件、九八年度二九件と急増した。

 労働省は、「精神障害等の労災認定に係る専門検討会」の検討結果を受け、九九年九月一四日、①労災補償の対象とする精神障害については、従来の器質性、内因性、心因性の区分による取扱を改め、国際疾病分類第一〇回改訂版(ICD―一〇)によること、②労災認定の要件は、対象疾病に該当する精神障害を発病していた、対象疾病の発病前おおむね六か月の間に客観的に当該精神障害を発病させるおそれのある業務による強い心理的負荷が認められる、業務以外の心理的負荷及び個体側要因により当該精神障害を発病したとは認められないことの三つとすること、③精神障害を発病させるおそれのある業務による心理的負荷は類型化した出来事ごとに平均的な心理的負荷の強度及び出来事に伴う変化から「強中弱」の総合評価をし、総合評価が「強」とされる場合に労災認定すること、④「心神喪失」の状態に陥って自殺した場合に限り労災保険法一二条の二の二第一項の「故意」がなかったとする従来の見解を改め、業務による心理的負荷によって精神障害を発症したと認められるものが自殺を図った場合には、精神障害によって正常な認識、行為選択能力が著しく阻害され、又は自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態で自殺したものと推定し、同条の「故意」はないとすること、などの判断指針を通達した。

 また、人事院も、九九年七月一六日、ICD―一〇による精神疾患名や公務災害として認定される発症前の過重な業務内容を例示し、発症前六か月間の勤務状況や日常生活などの調査事項を列挙した判断指針を各省庁に通知し、地方公務員災害補償基金も、同年九月一四日、人事院に類似した判断指針を通知した。

 行政側の「過労自殺」の業務(公務)上外の判断指針の策定は、電通事件を初めとした川崎製鉄水島製鉄所事件、協成建設工業ほか事件及び東加古川幼稚園事件の過労自殺損害賠償請求訴訟の一連の勝利判決及び大町労基署長(飯島プレス工自殺)事件の長野地裁の九九年三月の勝利判決に多大な影響を受けていることは明らかである。

 「過労自殺」した被災労働者とその家族の切実な願いが実り始めている。われわれ日本労働弁護団は、今こそ労働者、家族、労働組合が「過労自殺」をなくすための取り組みを強めることを訴えるものである。そして、われわれは、この取り組みを拡げるために弁護団の総力を結集して支援するものである。

 

    1999年11月13日

日本労働弁護団 第43回全国総会

1999/11/13