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地方公務員災害補償基金における過労死・過労自殺の公務上外認定手続の問題点 弁護士 松丸 正(民主法律276号・2009年2月)

弁護士 松丸 正

第1 認定基準改訂後における労災と地公災の認定件数の増減
 平成13年に労災、地公災の過労死の認定基準が、それぞれほぼ同時に改訂され、発症前6ヵ月間の長期間の過重業務が認定の対象となり、認定基準のうえでは被災者・遺族の救済は大きく広がった。
 民間労働者を対象とする労災では、別表1のとおり認定基準改訂前は年間80件前後の件数にとどまっていたが、改訂後はそのほぼ4倍の300件を超える件数に急増している。
 では地方公務員について公務災害の認定手続を行っている地方公務員災害補償基金(以下、地公災と略す)ではどうだろうか。別表2のとおり改訂前は年平均28件程であった件数は、認定基準で救済の門戸が広がったはずなのに13件程と2分の1以下に減少しているのである。
 精神障害・自殺についても平成11年に労災、地公災とも新たに認定基準が定められた。別表3,4のとおり労災についてはその後認定件数は急増したのに対し、地公災では若干の増加に留まっている。
 認定基準の改訂された平成13年を境に地方公務員の勤務条件が軽減されたという話は聞いたことはないし、現実には人員削減等により勤務条件は厳しくなっているのにである。
 認定の門戸が広がったのに認定件数は激減という奇異な状況はなぜ生じているのであろうか。私には何らかの政策的意図を背景に認定件数の押さえこみがなされているとしか考えられない。

第2 地公災支部長の公務上判断が、本部との協議でくつがえされる事案の多さ
 認定件数が政策的に押さえこまれていることについての一証左がある。私が担当し、担当した地公災の事案のなかで、その多くが公務上外の判断権限のある地公災支部長(各都道府県に設置されている)が調査のうえ公務上と判断した事案が、本部との協議で公務外の判断にくつがえされていることである。
 支部長が詳細に認定基準に基づいて調査し公務上と判断した事案が、本部の「公務外として扱われたい」との判断の下にくつがえされ、支部長はこれに従って公務外の判定をしているのである。
 しかも、この支部長から本部への協議文書並びに本部の回答文書は審査の一件書類から除外されている。この文書を特定して閲覧、謄写を請求しないと入手できない。

 私が担当した事案でも以下の5件がそれである。
1 北九州市の市立病院内科部長のくも膜下出血死
 平成16年12月8日付北九州市支部長公務外認定処分
 平成18年2月9日付支部審査会公務上裁決
2 静岡県川根町の町職員の自殺
 平成18年1月10日付静岡県支部長の公務外認定処分
 平成19年4月19日付支部審査会公務上裁決
3 奈良県立病院の研修医の心室細動死
 平成17年10月20日付奈良県支部長公務外認定処分
 平成18年12月25日付審査会公務上裁決
4 新潟県職員の自殺
 平成18年11月7日付新潟県支部長公務外認定処分
 現在支部審査会係属中
5 山梨県立高校教師のくも膜下出血死
 平成19年8月7日付山梨県支部長公務外認定処分
 平成20年11月11日付支部審査会棄却裁決
 現在審査会係属中

 1,2,3の事案については支部審査会、本部審査会で逆転の公務上の裁決を得ており、4,5については審査が係属中である。
 地公災では過労死、自殺の案件は全件本部協議とされているが、この本部協議を通じて認定件数の政策的な押さえこみがなされているとしか考えられない。

第3 地公災での追及
 昨秋の全国過労死家族の会の地公災交渉のなかで、地公災に対し、地公災における過労死、精神障害・自殺の認定上の問題点を追及したが、各支部長の判断を全国的に公平に行うため本部協議がなされており、認定件数が減少しているのは個々の事案の検討の結果にすぎないとの回答であった。しかし、認定基準で門戸が広がったにも拘らず、なぜ全体的に件数が半分以下に減少しているのかについての回答はしどろもどろであり、個別事案の検討結果との回答しか返ってこなかった。

第4 判決での地公災の敗訴率の高さ
 過去10年間に労働判例という判例集に掲載された公務外認定取消訴訟で、原告である被災者、遺族側が勝訴した事件を表にしたものが別表5であり、21件となっている。これに対し労災の業務外決定を争う不支給処分取消訴訟で原告が勝訴した件数は52件である。
 民間労働者(約4500万人)と地方公務員(約290万人)の比率を考えると、地公災の訴訟での原告勝訴率は労災と比べてかなり高いと言えよう。

第5 地公災での過労死、精神障害・自殺の認定状況の改善のために
 地公災においては、支部審査会段階での一件記録の謄写に応じない支部審査会があったり、労災では労基署段階では未払残業手当を年金額に反映することが定着しつつあるのに、地公災では一切認めないなどの問題点もある。
 以上のような地公災の認定状況、認定手続の問題点は、過労死弁護団のなかでは度々議論されてきたが、地方公務員の取り組みは全くなされていない状況である。
 各地で取り組まれている地公災についての過労死等の認定訴訟において、その事実を明らかにするとともに、自治体労働者全体の課題として取り組むための運動を強めることが大切であろう。

(民主法律276号・2009年2月)

2009/02/01