夢多き若者の命を過労死で奪ったトップの責任 弁護士 松丸 正(民主法律276号・2009年2月)
弁護士 松丸 正
1 月80時間の時間外労働を前提とする給与体系
新卒者の就職の季節が近づいている。平成19年8月11日未明、自宅で就寝中に心臓性突然死した吹上元康さんも、平成19年に大学を卒業し、胸をふくらませて、東証1部上場会社である株式会社大庄の経営する日本海庄や石山駅店に就職した。
大庄のホームページでは初任給194,500円と記載されていた。インターネットの就職情報(リクナビ・日経ナビなど)では初任給194,500円(別途残業代支給)とさえ記載されていた。
しかし、入社後の研修時における会社からの給与体系についての説明では、「最低支給額194,500円」であるが、「一般職の最低支給額については役割給に設定された時間外80時間に満たない場合、不足分を控除するため本来の最低支給額は123,200円」とされている。
即ち、基本給は123,200円、役割給71,300円であり、役割給とは80時間の残業代分であり、残業が80時間に満たない場合は不足分の時間数はカットするとの賃金体系だったのである。基本給は関西の最低賃金である時給713円を基準としている。
また、研修時に説明された勤務のシミュレーションでは、13時間(1時間休憩)25日出勤と元康さんのノートには記されている。実働月300時間(時間外労働は約130時間になる)の勤務が前提とされていたのである。
2 元康さんの過労死ラインを超える長時間労働と労災認定
会社は「大庄8大制度」と称して、「独立制度」「Uターン独立制度」「持ち店制度(ダブルインカム)」等の「夢」で社員の長時間労働をあおっていた。
元康さんも早く1人前になれるよう、店長になれるようにと必死に働いた。ノートに書かれた1日の勤務内容によれば8時45分から23時までの間、1時間の休憩のみでびっしりと店の厨房での業務内容が記されている。
元康さんが亡くなるまでの4ヵ月余りの期間の週40時間を超える時間外労働は、会社がチェックしている勤怠実績表によっても、
発症前1ヵ月 90:50
同 2ヵ月 104:46
同 3ヵ月 123:51
同 4ヵ月 75:41
であり、出勤時の駐輪場の入場記録等に基づく実際の出勤時刻に基づいて計算すると、
発症前1ヵ月 115:50
同 2ヵ月 130:38
同 3ヵ月 158:21
同 4ヵ月 102:27
にも及んでいる。厚労省の過労死の認定基準が定める、時間外労働が「発症前1ヵ月におおむね100時間」「発症前2ヵ月間ないし6ヵ月間に月当り平均おおむね80時間」という基準(過労死ラインという)をはるかに上まわる長時間、かつ過密な勤務であった。
大津労働基準監督署長は、元康さんの過労死につき、業務による過重負荷で生じたものとして業務上と判断し、遺族補償給付の支給決定を平成20年12月10日付で下したことは言うまでもない。
3 トップの責任を問う過労死訴訟
元康さんの過労死はたまたま生じたものではない。会社の賃金体系から明らかなように、全社的に月80時間以上の時間外労働を行うことが前提となった勤務条件となっているところから生じた組織的な過労死である。
勤務していた石山駅店の上司のみならず、会社のトップも、各店では過労死ラインを超えた勤務がなされていることを認識、いや、それを指示していたと言えよう。
弁護団では平成20年12月22日、京都地方裁判所に大庄のみを被告として不法行為並びに安全配慮義務違反に基づく約1億円を請求額とする損害賠償請求訴訟を提訴し、これはマスコミの社会面トップの記事となった。
しかし、会社のみを被告とする提訴のみでは、元康さんの会社の組織的な過労死の本質を明らかにすることはできない。本年1月に会社のトップである代表取締役社長、並びに専務取締役の計4名を被告とする訴訟を続けて提訴した。その責任原因は、大庄の各店では長時間労働が常態化していたにも拘らず、これを放置認容していた重大な過失による不法行為責任(民法709条)、並びに会社法429条1項の責任である(会社法上の責任については大阪高裁平成19年1月18日大阪高裁判決(確定)・判例時報1980号74頁参照)。
この事件では、会社と同時に、このような常軌を逸した長時間労働を全社的に放置してきたトップの個人責任を明らかにして、その本質を明らかにすることが不可欠である。
4 会社の職業安定法違反の刑事責任
元康さんは「初任給194,500円(残業代別途支給)」とのネット情報も参考にしながら就職する会社選択をしていたであろう。その内容は明らかに虚偽のものであった。
職業安定法65条は、「虚偽の広告をなし、又は虚偽の条件を呈示して職業紹介、労働者の募集若しくは労働者の供給を行った者、又はこれらに従事した者」については「6月以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する」(両罰規定あり)としている。
前記のネット情報も、大庄のホームページの80時間の残業代を含む金額であるのにこれを明記せず初任給194,500円と記載していることは、「虚偽の広告」「虚偽の条件」の呈示に該当する。
大庄は提訴ののち直ちにホームページ並びにネットの就職情報の記載を「19.6万円(基本給+役割給)」と書き換えている。
このような初任給について虚偽の広告は、他の外食産業にも広く存在するようである。外食産業の採用についてのホームページをみると初任給20万円前後と記載し、別途残業手当を支給する旨の記載が多くみられる。
これら他社の採用についての広告も、残業代を含んでの額を「初任給」としているものと考えられる。
以上のことを踏まえ弁護団では、大庄に対し職安法違反についての刑事告発も検討中である。
5 会社の労基法違反の刑事責任
更に、本件については石山駅店に対し証拠保全を行ったが、36協定については本社にしかないとして入手できなかった。36協定がないのに時間外労働をさせていれば労基法の刑事罰(6ヵ月以下の懲役、又は30万円以下の罰金)の対象となり、あってもその限度時間を超えていれば同様である。
元康さんの月100時間を超える時間外労働は36協定があったとしても、その限度時間を超えたものと考えられ、労基法違反についての刑事告発についても検討中である。
6 夢多き若者の命を奪ったトップの責任
大庄の社長は、提訴前の平成20年12月18日の日本経済新聞朝刊の「交遊抄」に夢をテーマに随筆を寄せている。夢をもって就活に取り組んでいる学生の夢を打ち砕き、かつ長時間労働のなかでかけがえのない夢多き若者の未来を奪ったことの責任について、トップはどう考えているのだろうか。
なお、弁護団は佐藤真奈美(広島弁護士会所属)と松丸正(大阪弁護士会所属)である。
(民主法律276号・2009年2月)
2009/02/01