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過労死・過労自殺をなくす取り組み─36協定を中心に 弁護士 松丸 正(民主法律272号・2008年2月)

弁護士 松丸 正

第1 過労死・過労自殺の原因
 労働基準法は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべき最低の基準である(労基法1条)。過労死・過労自殺は、労基法が「壊れた」職場に発生する。労働時間につき労基法は1日8時間、週40時間という原則的な時間を定めている。労働時間の延長についても、後述するように告示により月45時間、年360時間という限度を定めている。にも拘らず過労死・過労自殺は、業務と発症との関係が強いとされる月80時間、更にはそれを上まわる時間外労働のなかで生じている。
 過労死・過労自殺はなぜ生じるのか。私は社会的な規範である労働基準法が、会社に入ったとたんに労使合意による規範にとってかわられ、労基法が職場のなかで「壊れ」、機能していない点にあると考える。

第2 長時間労働の元凶としての特別条項
 日経500社(日本を代表する上場企業のうち日経新聞が投資の指標として選定した企業)の36協定について、労働基準オンブズマンは情報公開請求により入手し検討した。
 そのうち、業務と発症との関係が強いと厚生労働省がしている月当り80時間を超える時間外労働(以下、過労死ラインという)を認めた36協定は、大阪に本社を置く68社中31社にも及んでいる(別表参照)。
 36協定は、労働者に時間外・休日労働に従事させるためには、労基法36条に基づき締結することが義務づけられている労使協定である。36協定で認められる時間外労働の限度時間は、厚労省の告示により原則として月45時間、年360時間以内等と定められている。にも拘らず、過労死ラインを超える36協定が、大企業においても公然と締結されているのは、特別な事情のあるときは告示の限度時間を超えた特別条項を定めることができるとされているからである。
 労使によって特別条項を定めた36協定が締結されると、原則的な一般条項(これについては告示の限度内に定められていることが多いが)より特別条項が職場の規範となり、過労死につながる長時間労働が野放しになってしまう。
 過労死をなくす取り組みとして、36協定問題を重視する必要がある。また、36協定は過半数を組織する労働組合、あるいは労働者代表と締結しなければならず、これなしには原則として1日8時間、週40時間を超える時間外労働に従事させることはできない。長時間労働を容認する36協定を締結することは、これを締結した労組、あるいは労働者代表が過労死に「手を貸した」との謗りを免れない。また逆に、36協定なしには使用者は労働者に時間外労働を命じることはできないのだから、労組等は交渉の切り札として使うこともできよう。

第3 36協定に対する運動の視点
 36協定の問題に労働組合はいかなる取り組みができるであろうか。
 1 過労死ラインを超える36協定特別条項の存在を社会的に明らかにして、そのような36協定を受理させない取組みを労基署、労働局、厚労省に対して行うこと
  この点に関し厚労省は、平成15年10月22日基発1022003号をもって、特別条項の「特別な事情」は臨時的なものに限り、その内容はにきる限り詳細に協定を行い届け出ることなど、特別条項の限定的運用を求める通達を出している。目に余る特別条項のある会社を中心に、協定を受理させない具体的取り組みも必要ではないだろうか。特別協定のある事業所では、限度基準告示に基づく一般協定は無視され、過労死ラインを超える特別条項が時間外・休日労働の延長の基準になっている。原則と例外の逆立ち現象から過労死が生まれている。
  また、特別条項を適用するには事前に労使当事者の手続を要することを告示は定めているが、この手続がずさんになっており、労働者側のチェックが事実上なされていない事業所が多い。この点の検討も不可欠である。
 2 過労死を生じた職場の36協定を開示させ、過労死と36協定との関係を調査すること
  36協定の適正な締結のない職場が過労死を生み出すことを明らかにする。過労死問題と36協定が運動としてつながったとき、社会的共感の下、大きな運動につながることが期待される。
 3 36協定の限度時間の告示の対象外となっている業種を撤廃させること
  36協定の限度時間の告示に定められた限度時間の定めは、
  ・工作物の建築等の事業
  ・自動車の運転の業務
  ・新技術、新商品等の研究開発の業務
  ・季節的要因等により業務量の変動の著しい事業
  については適用しないことを告示第5条は定めている。
  しかし、これら事業または業務では長時間労働が常態化し、過労死が多く生じている。36協定で時間外・休日労働を強く規制すべき事業または業務を、告示の限度時間の対象からはずしているのである。
  自動車の運転業務については、「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」があるからとのことである。しかし「改善基準」そのものが、例えばトラック運転手については1日16時間、1ヵ月293時間の拘束労働時間を認めるなど、「改善基準」として機能していない。トラック、タクシー、バス運転手の過労死、過労運転による事故は、「改善基準」並びに告示の除外業種になっていることから生じていると言っても過言でない。
  「新技術、新商品等の研究開発」について、青年が過労死した大手電器メーカーでは、「システム開発業務、ソフトウエア開発業務、生産技術開発業務、施設技術開発業務、宣伝デザイン業務、マーケティング・リサーチ業務等」その業種の範囲は無限定とも言える内容となっている。
  労働者の健康や安全を守るため限度時間を厳格に定める必要のある、長時間労働のはびこりやすい事業、業務を意図的に告示から除外しているものであり、この是正は欠かせない。
 4 医師を除外した36協定のチェック
  医師の過労死・過労自殺の事件が注目を集めている。医師の殆んどは月80時間を超える、かつ精神的緊張度の高い時間外労働に従事している。
  病院の36協定を調べると、医師については限度時間の定めをしていないものが多く見られる。限度基準の告示を遵守して定めをしても、到底その時間外・休日労働の限度内では業務を行うことができないからであろう。
  また特別条項を定めても、それは常軌を逸した長時間労働を認めたものになってしまうからである。ある赤十字病院の特別条項は、「労使の協議を経て1ヵ月につき180時間、1年につき1800時間までこれを延長することができる」と定められている。
  医師の長時間労働に対しては、患者の命と健康を守る視点からも取組みが必要である。
 5 休日労働について
  36協定では時間外労働が注目されるが、休日労働についてのチェックも不可欠である。すべての休日に休日労働に従事させることができる旨定めた協定も少なくない(別表参照)。時間外労働の限度と休日労働の限度をセットにして労働時間の延長の問題を考える視点が大切である。
  36協定の情報公開訴訟の判決により、どの会社の36協定についても市民的監視が可能となった。36協定の内容の開示に基づき、労働行政に対してはその受理の適正化を求めるとともに、刑事処罰も含めた事業所への監督を求めることが大切である。
 6 労働時間の把握なくして労働時間の規制なし
  36協定が有効に機能するためには、適正な労働時間の把握が不可欠である。多くの職場、とりわけホワイトカラーの職場では、サービス残業と36協定違反の長時間労働を隠ぺいするため、過少な自由申告による労働時間把握しか行われていない。
  また、ホワイトカラーエグゼンプションが職場のなかでは先取りされており、管理監督者でない管理職(判例では部長職でも管理監督者でないとするものもある)に対する労働時間管理は全くなされていない職場も多い。
  適正な労働時間管理のない職場では、36協定の限度時間は画餅にすぎない。「労働時間の適正な把握のため使用者が講ずべき措置に関する基準」(平成13年4月6日、基発第339号)を活用して、タイムカード等による客観的な記録に基づく労働時間把握を併行して求めることも不可欠である。
 7 36協定が生み出す過労死への責任追及
  会社、事業所に対しては、まず過労死ラインを超えた36協定をやめさせたり(ケースによっては労働組合、労働者代表への申入れも必要であろう)、更には、前記の医師についての36協定のように、過労死ラインを大幅に超える36協定が労使間で締結され、かつ労基署長がこれを受理したような職場で過労死が生じたときは、会社のみならず労働組合や労基署長(国)を被告とする損害賠償請求さえ課題となろう。

第4 競争原理に巻き込まれた労使合意の克服
 36協定にみられるように、個々の企業における労使合意は、長時間労働を抑制するどころか、かえってそれを助長していると言っても過言でない。
 企業間経済的競争、更には国を超えたグローバルな競争が労働側も巻き込んでいる結果がそのような状況を生み出している。
 学生時代に、「社会政策とは総資本として一定の量と質を有する労働職を確保するための政策」であるということを学んだ。
 労基法の労働時間の規制は、総労働の歴史的な運動の成果であるとともに、「総資本として一定の量と質を有する労働力を確保するため」の総資本としての社会政策の一環と言えよう。
 過労死の現場を見ていると、この総資本としてのそれなりの理性より、個々の企業における労基法をないがしろにした競争原理の優先の姿がみえてくる。
 しかし、過労死・過労自殺は(理性ある)総資本の立場からも克服されるべき課題であろう。
 36協定への取り組みは、過労死をなくし競争原理に対抗する大きな軸となりえよう。

(民主法律272号・2008年2月)

2008/02/01