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写真製版業務に従事していた「委託業者」が年末年始休暇5日目、自宅で入浴後に一時的に意識消失して転倒し外傷性頸椎損傷によって四肢麻痺になった事案につき、労働保険審査会が一過性脳虚血発作と認定し業務上と認める逆転裁決 ~平川過労疾病事件~ 弁護士 上出恭子(民主法律268号・2007年2月)

弁護士 上出恭子

1 はじめに
 平成19年1月29日付で、労働保険審査会は、大阪中央労働基準監督署長が平成13年9月17日付で再審査請求人に対してした労災保険法による休業補償給付をしない旨の処分及び平成14年4月1日付けで同人に対してした同法による療養補償給付を支給しない旨の処分を取り消すとの裁決を行った。

2 事案の概略
(1) 平成8年1月5日から、平川主計(かずえ・昭和23年10月16日生、以下「被災者」という)は、(株)DNPメディアクリエイト関西(大日本印刷株式会社の100%子会社)のスキャナ部において写真製版作業に従事していた。
  本件事業所で就労を開始した当初から、恒常的な長時間労働を行い、特に、全体的に本件事業所への注文が増加する10月から12月にかけては、より一層長時間、深夜労働が顕著となった。
  疲労が蓄積するなか、平成10年12月1日から31日までの週40時間を超えての時間外労働時間は106時間にものぼった(裁決書7頁)。
  平成10年12月29日から正月休暇となったが、それ以前の長時間勤務による疲労のためほとんど寝て過ごしていたところ、平成11年1月2日、自宅で2度転倒し、2度目に午後10時ごろ自宅で入浴後、風呂場を出たところで意識消失をして転倒し、その結果外傷性頸椎損傷を負い、現在も不全四肢麻痺の後遺症を負っている。

(2) 倒れたその日の様子
  昼頃に起床し、午後3時頃、富田林市内の妻の実家に出向き午後5時過ぎ頃に帰宅した。
  親の家でも、被災者は体調がすぐれず、午後5時頃に妻の姉夫婦が揃うまでソファーに横になって待っており、妻の親が勧めたビールもほとんど飲まなかった。
  飲んだビールの量は250ミリリットルのコップ1杯程度であった。姉夫婦らが来てからも、妻の実兄も体調が悪いとのことで、挨拶をしただけで、午後5時過ぎには帰宅をした。帰宅後は、飲酒はしていない。
 既述のように、被災者は、起きた時から気分が悪く、船酔いをしているような、また、貧血のような感じがしていた。
  そして、被災者は、午後8時30分ごろ、トイレに行こうとして歩いていたときに、気持ちが悪いと思った瞬間意識がなくなり、受け身も出来ずに、気が付いたら仰向けに倒れた。立ちくらみとは全く違った。
  妻が気付いた時には、原告は、玄関の上がりかまちの角に、首か後頭部をぶつけたような格好で倒れていた。首が痛いと言っていたが、なんとか自力で歩いて居間にいって横になっていた。
  その後しばらく休んで、午後10時頃風呂に入浴中、被災者は、船酔いのような感じで気分が悪くなり、風呂をでたところで、おでこをサッシに打って転倒し、仰向けに倒れた。あぶないと思った後のことは覚えていない。

3 争点
 ① 被災者の業務が過重であったか
 ② 被災者の外傷性頸椎損傷の原因となる意識消失の原因が何か
 ③ 業務と②との因果関係

  特に②について、転倒した直後には意識を回復しており、過労死事案で一般的な脳梗塞、心筋梗塞のように病名を特定する医学的資料が本件ではなかったことから、②の点をどのように判断するかが本件の大きなポイントとなった。

4 判断
 ①について
   裁判では倒れる前の時間外労働時間は136時間56分と主張していたが、裁決では106時間として、現在の過労死の認定基準をクリアする時間外労働に従事したことを認めた。

 ②について
1月2日の被災者の症状の経過を踏まえて、1度目の意識消失は「一過性脳虚血発作」、2度目の意識消失で脳梗塞を発症するに至ったと判断した(裁決書8頁)。

 * 審査請求段階では
・肉体疲的疲労が蓄積すればふらつき等により転倒することはある(香月医師)
・中枢神経疾患や循環器疾患等について十分な検索がなされていないことから明かでない(田内医師)
・一過性の低血圧による脳循環不全にて失神をしたものであり、その原因は、飲酒後の入浴による血圧変動、長時間による疲労の蓄積はあったとしても発症日を含め5日間で疲労は回復していた(志水医師)
という異なる見解が出されていた。

 * 裁判では
 原告が依頼した2人の医師も異なる見解を示していた。
・一過性脳虚血発作の一種である一過性の椎骨脳底動脈循環不全(阿部眞雄医師)
・自律神経機能不全による神経調節性失神(松葉和己医師)
  
 被告依頼の医師の見解
・原因の詳細は不明であるが、入浴中に被災者に生じた起立性低血圧の可能性否定できない(澤田医師)
・一過性脳虚血で意識障害が生じうる機序について理論的にあり得ないわけではないが、そのような機序を具体的に証明した報告は皆無(志水医師)

 ③ 1か月半程度に及ぶ連続勤務、その間、7回の深夜作業という過重な業務により被災者の蓄積疲労は極限に達していたと推測され、その程度は医学的見地からすれば4,5日の休息により十分回復するものとは考えられず、脳血管疾患を発症する他の原因も認められないことして、業務起因性を認めた。

5 本件裁決の意義
 発症した病名の特定が医学的資料から困難な場合であっても、過労死の認定基準で対象とされている対象疾病に該当するとして労災と認めた。
 なお、本件では並行して行政訴訟を提起しており、既に証人尋問も終え、近々結審予定の見通しであったので、思いがけない結果であった。
(弁護団は岩城穣弁護士、中筋利朗弁護士と私である。)

(民主法律268号・2007年2月)

2007/02/01