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山口事件~炎天下のはしけ(艀)での作業中の突然死に業務起因性が認められた事案~ 弁護士 中森俊久(民主法律268号・2007年2月)

弁護士 中森俊久

◆事案の概要
 本件は、藤原運輸株式会社に勤務していた被災者(中森成治氏)が、その勤務中に心疾患を発症して死亡したのは業務に起因するとして、その姉である山口成子氏が労働者災害補償保険法による遺族補償給付及び葬祭料を給付しないとした処分の取消しを求めた事案である。一審判決は、業務起因性を否定し原告の訴えを棄却したが、平成18年9月28日に言い渡された控訴審判決は、一審判決を取消し原告の訴えを認容したいわゆる逆転勝訴判決であった。

◆業務の内容と発症
 被災者は、昭和58年12月5日に藤原運輸株式会社に入社して以来、同社の大阪港営業所で荷役作業に従事していた。作業の具体的な内容としては、本船の横に係留した「はしけ(艀)」からウインチと呼ばれる揚貨装置を使用して、はしけに置かれているコイルを本船に積み込む作業であり、船内荷役作業主任者の資格を持った責任者、ウインチマン、はしけの玉掛け作業者及び本船のフォークリフトの運転手から構成されている。被災者は、そのうちの玉掛け作業を担当していた。はしけ内の作業環境は、温度、湿度ともに陸上よりも高く、また直射日光を遮るものがなく、さらにはトイレや飲料を摂取するための設備もなかった。そして、そのような身体にとって過酷な作業環境であるにもかかわらず、所定郎労働時間を超えて残業を命ぜられることも多々あった。
 平成7年7月17日(なお、同日の平均気温は27.2℃、最高気温は31.4℃、平均湿度は75%であった)、午後7時40分ころに役荷作業が終了したのち、被災者がはしけ内で倒れているのが発見され、病院に運ばれたが同日午後9時に致死性不整脈により死亡した。

◆一審判決の内容
 被災者は、基礎疾患として、大動脈弁閉鎖不全、僧帽弁狭窄症、不整脈(心房細動)持続等の心臓疾患を有していた。そして、一審判決は①被災者の残業時間は月30時間すら超えたことはなく、また、発症の前日・前々日に業務に従事していないから、疲労は回復していた。②被災者の作業内容は、常に過度の緊張を強いられていたとまでは言い難く、また、重筋労働であるとまではいえない。③その作業環境も、著しい高温環境下で業務に従事していたとするには疑問がある等の根拠をあげて、下記のように判示して原告の請求を棄却した。
 「被災者が本件発症以前にその基礎となり得る疾患や素因を有していたことは確かであるが、前記事実から直ちに前記基礎疾患等(本件基礎疾患等)が他に発症因子がなくてもその自然の超過により本件発症をする寸前にまで増悪していたとは断定し難い。」
 「被災者の勤務状況や作業内容、作業環境の点からみて、本件作業が被災者の本件基礎疾患を自然的経過を超えて急激に増悪させ本件発症をさせたと認めるには、なお疑問が残るというべきであり、仮に、前記暑熱環境が本件発症に対して影響を与えたものとしても、それが他の原因と比較して相対的に本件発症の有力な原因となったものと認められない。」

◆控訴審における主張・立証
 いわゆる残業時間が長いという一般の過労死事件の主張・立証(発症前1か月の残業時間、それより遡る形での月平均残業時間等)の進め方だけでは、本事件を切り開くのは困難であると考えられた。そして、労働の暑熱環境というものに焦点をあて、再度、事件当時の気象データ等を洗い直し、現場での検証等を行い、①被災者が7月8日から7月14日までに著しく過重な業務に従事し、その疲労困憊が7月15日・16日の休日で回復しないまま、②更に発症当日である7月17日に同じく過重な業務に従事したとの主張・立証を展開した。
 また、被災者の死亡原因として、暑熱環境による熱中症にある旨を医師作成の鑑定意見書を用いながら主張し、これまでの熱中症に関わる多くの判例を整理・検討を行った。 

◆控訴審判決の内容
 控訴審判決は、被災者の熱中症の発症については否定したものの、本件作業現場の暑熱環境を詳細に検討し、また、心臓疾患を有している被災者の業務起因性について「被災者の本件基礎疾患が、確たる発症因子がなくてもその自然の経過により心臓病を発症させる寸前にまで増悪していなくて、その業務の負担が相当高いとき、他に心臓病の確たる発症因子のあったことがうかがわれないときには、その業務と心臓病との間に業務起因性を認めるのが相当である」として、最高裁平成12年7月17日第1小法廷判決、同18年3月3日第2小法廷判決と同じ基準を採用したうえで、下記のように判示して原判決を取り消し、被災者の発症につき業務起因性を認めた。
 「本件作業は相応の精神的緊張を伴うものであった・・・・・・7月に入って最高気温はほぼ28℃を超え、同月8日以降はほぼ30℃を超えていたところ・・・・・・船底は鉄製であり、荷物が鋼製コイルの場合には、直射日光を受けて熱を帯び、はしけ内の温度を高めていた・・・・・・はしけの約2.5ないし3メートル以上ある壁のため風が遮られ、それにより体感温度はより高く感じられる状態にあった・・・・・・はしけ内の湿度は、陸上よりもかなり高かった。」
 「被災者の本件発症当時の本件作業は、精神的にも肉体的にも相当の負担を伴うものであるところ、その直前の1週間の業務内容は、ほとんど残業がなく、半日勤務も2日間、通常週1日しかない休業が2日間あるなど、たまたま比較的軽い業務内容になっていたものであり、その比較的軽い業務内容等に被災者の身体が順応していたものと推測されるのであるが、被被災者は、本件発症当日、2日間の休業明けの出勤であり、雨のため実際の作業の始まりが遅れたとはいえ、通常どおり出勤して通常どおりの作業をし、相当厳しい業務となったものというべきであるから、被災者の本件発症当時の業務の負担は相当高かったとみるのが相当である。」
 「被災者の基礎疾患である心臓疾患は、確たる発症因子がなくてもその自然の経過により心臓病を発症させる寸前にまでは増悪していなかったもので、その業務の負担は相当高かったものであり、被災者に他に心臓病の確たる発症因子のあったことがうかがわれないから、被災者の業務と本件発症たる心臓病との間に相当因果関係があると認めることができる。」

◆さいごに
 原告の山口氏は、暑い場所で水も飲めない作業中で弟が突然死したという事実から「これは労災である」と直感した。そして、その思いを最後まで諦めずに闘った。そのような原告の純粋な思い、また、同じく玉掛け作業に従事していた労働者の協力など一審時からの主張・立証の積み重ね、さらには、周りの強い支援が裁判所に伝わって、本事件は逆転勝訴に至った。判決は確定し、現在、会社相手の民事訴訟が大阪地方裁判所に係属中である。最終的な解決に向けて、今後も原告・弁護団・支援が一体となって頑張っていければと思う。
(弁護団は、岩城穣弁護士、上出恭子弁護士、中森俊久)

(民主法律268号・2007年2月)

2007/02/01