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11/18過労死・過労自殺110番の報告 弁護士 奥村昌裕(民主法律時報414号・2006年12月)

弁護士 奥村昌裕

 去る11月18日(土)に「過労死・過労自殺110番」が全国一斉に行われました。大阪では民法協事務所において、午前10時から午後3時まで電話受付 をしました。その結果、相談件数38件、うち30件が予防相談、8件が補償相談でした。予防相談30件のうち6件は本人からの直接の電話でしたが、父母・ 妻・姉からの電話相談が多く、特に母親からの相談が多い、という結果になりました。

 私は、午後0時から2時まで電話の担当をしましたが、相談の内容のほとんどは、「長時間労働の息子が心配である。」「本人には相談していることを話して いない。」「会社に知られたくない。」というものでした。つまり、長時間労働・サービス残業の相談を受ける時の典型的な相談である「長時間労働で体を壊さ ないか心配だけど、そのことを会社に知られたくないし、会社に対して何か言うのは控えたい」というもので、それに対する私の返事の概要は、「そのお気持ち よくわかります。会社に組合はありますか?あれば組合を通じて会社と交渉することが考えられます。」「組合はそんなことをしてくれない?では労基署に会社 の調査をしてもらうよう話して下さい。匿名もあります。」「体を壊してからでは遅いのですが、残業していることを日記でもなんでもいいので記録しておいて ください。」というものでした。
 何か歯がゆいものを感じざるを得ません。結局労働者の大半が、長時間労働やサービス残業に疑問を持ちつつしんどい思いをし、ひどい場合は生命の危険すら感じているのに、強い手段に出ることを望まない、あるいはできないのです。

 私が電話を受け、同月22日の個別相談会に来て頂いた人の話をします。
 電話をかけてきたのは、母親でした。息子が自殺をした、との相談でした。息子さんは4月に新卒で採用され、とある会社で営業販売をしていました。そし て、就職して半年を経過したあたりから体調に変調をきたし始め、年明けころからは、今から考えると「うつ」の症状が出ていたのです。ご両親は心配をしてい ましたが、息子さんは真面目でもあったことから一生懸命仕事をしていました。そして、就職して約11ヶ月が経過したある日、自殺をしたのです。まさしく若 者の過労自殺の問題です。父親がしっかりされた人で、息子の残業時間が長いことに気づいた頃から、息子の出社・帰宅時間を手帳に記録していました。また、 勤務していた会社から日報を手に入れ、それをもとに労災申請をした後の相談でした。

 そして、個別相談会の日、松丸弁護士、生越弁護士と3人でお話しを伺いました。労基署へ申請した後も弁護士が入ることで給付決定に影響があること、労災 決定後に会社と交渉し、会社責任を追求すべきこと(この会社は長時間労働のほかに、いじめ・いわれのない説教の事実があった)、そのための準備として現段 階で弁護士として関わっておく方がよいこと、などの説明をしました。あとは、ご家族でどうするかを考えて、委任するかどうかの連絡を下さるように話し、そ の日は終了しました。私たちは、とにかく早く労基署に行くべきと考え、労基署に行く日程を空けて連絡を待っていました。その後、電話で何度か話をして、最 終的に返ってきた母親の言葉は次のようなものでした。「私は気が弱いから会社とは争いたくない。私たちのもう一人いる息子(長男)は会社員なのですが、会 社を相手にすることは問題と話している。ですから今回はいいです。」と・・・。これに対して、私は、「息子さんの権利を主張することは争うことではないの ですよ。」と話したのですが、母親の気持ちは固まっていました。

 やはり、日本では、会社に対して自分の正当な権利を主張することが難しい環境が根強いことを感じざるを得ませんでした。父親は会社に責任を追及したいと 強く思い、母親も息子の自殺について勇気を出して110番電話までしてきたのに、結局は会社という大きな壁なのです。

 110番電話の日、隣で相談を受けていたある弁護士が「命より大事な仕事なんて無いんですよっ。」と電話の相手に話していました。その言葉が、強く印象 に残っています。もし、その言葉を相談に来たご夫婦に伝えることができたら、どうだったのでしょうか?やはり、会社と争いたくないとの答えかもしれません が、その言葉を言えばよかったと、今は心残りでもあります。

 とここまで書いて、1年前弁護士になりたてのころ、12月号に初めて書いた原稿「管理職のサービス残業・過労死110番の報告」を思い出して読んでみま した。何やら同じようなことを書いています・・・。1年間で身に付いたのは、鳴った電話にサッと出る度胸だけなのかもしれません。

(民主法律時報414号・2006年12月)

2006/12/01