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2つの対照的な事件での業務上認定 弁護士 松丸 正(民主法律267号・2006年8月)

弁護士 松丸 正

1、2つの対照的な事件での業務上認定
 最近、機械工具販売会社の営業所長(当時36才)が平成17年7月11日、心室細動で死亡した件と、コンピューターソフト開発会社の技術部部長(当時47才)が平成15年6月4日、急性心筋梗塞で死亡した件で業務上認定を得た。弁護団としての各事件の取り組み方は全く異なっていたが、いずれも良い結果を得ることができた。両事件を対照しながら、過労死の労災認定事件の取り組み方について考えてみたい。

2、営業所長の心室細動死
(1)メールでの呼びかけに直ちに対応
 前者のF市内の営業所の所長の事件は、「大阪過労死を考える家族の会」のメーリングリストに平成17年8月に寄せられた、残された奥さんからのメールから始まった。
 長時間の仕事をしていたのは間違いないのに、その資料がないことを嘆く内容だったと記憶している。翌日すぐに連絡して、1週間後にはF市に出向き打合せをしている。
 遺族からのメッセージがあったときは、それが遠方からのものであったとしても、極力時間を都合してそのメッセージに応えること、鹿児島県の鹿屋、熊本市、更には沖縄市等の遺族にも、すぐ出向くことにより遺族の信頼を得て成果をあげている。
 過労死弁護団のメンバーである地元のK弁護士に連絡をとり、証拠保全の申立ての準備を進める。K弁護士は名古屋で過労死事件の実績を積んできており、迅速・適切な証拠保全申立を行なっている。

(2)証拠保全による決定的証拠の入手
 F営業所とN市にあるC支社のパソコンデータ等の検証についての証拠保全である。
 (中略)
 K弁護士がF営業所、私がC支社の証拠保全を担当し、それぞれの裁判官と交渉し、同じ日の同じ時刻に保全を行なうことができた。
 それによって、営業所並びに支社で作成していた被災者の勤怠報告書が入手でき、会社として認めていた出勤、退勤時刻を把握することができた。
 会社作成の勤怠報告書は、奥さんの記憶より退勤時刻は早すぎるものであったが、それによっても週40時間を超える時間外労働は、発症前1ヵ月目105時間、2ヵ月目96時間20分、3ヵ月目70時間30分、4ヵ月目116時間45分、5ヵ月目83時間35分、6ヵ月目90時間25分と、明らかに過労死の認定基準を上まわるものであった。

(3)証拠保全で明らかとなった被災者の業務内容
 これに加えて、パソコンの文書ファイルの作成・更新日時には勤怠報告書の退勤時刻より遅い時刻のものが多くみられること、更に奥さんが後任の営業所長の退勤時の状況をカメラに写した。写真に記入された退勤の時刻は被災者より遅い時刻であり、これらによって業務上判断のダメを押した。
 証拠保全で得られた工具の修理についての伝票は、被災者が外回りの営業から戻ったのち修理作業に従事していたこと、営業所長会議の資料からは、厳しいノルマが営業所ごとに割り当てられ、被災者はその目標を達成していたことなどの業務の過重性も明らかにできた。

(4)半年足らずしての業務上認定
 この証拠保全によって得た資料に基づき意見書を作成し、平成17年12月に遺族補償給付等の支給請求を福井労働基準監督署長に対し行ない、約半年後の平成18年6月に業務上として支給決定が下されている。

(5)認定後の企業責任追及と給付基礎日額についての審査請求
 業務上の決定により労災上積補償金の支給が会社からなされるとともに、企業賠償責任を求めて交渉中である。
 更に不払割増賃金(月29時間の枠内でしか残業手当は支給されていなかった)を上乗せした遺族補償年金並びに葬祭料の支給を求めて、労基署長の支給決定に対する審査請求をしている。
 年金額並びに葬祭料は被災者の発症前3ヵ月間の平均日額(給付基礎日額)を基準としており、不払割増賃金を含めるとこの額が大幅にアップ(事案によっては2倍近くに及ぶ)する。
 「被災者に過労死のあとにも不払残業をさせない」との合言葉の下、大阪過労死問題連絡会ではこの問題を重視しており、労働保険審査会でこれを認める決定を得ている。

3、コンピューターソフト開発会社部長の心筋梗塞死
(1)手帳に残された終業時刻
 後者のコンピューターソフト開発会社の技術部部長の件は、かつて私が過労死認定事件を取り組んだ(敗訴が確定)遺族からの紹介だった。
 被災者は業務用の手帳を遺品として残していた。それにはどのような思いからそうしていたのかは不明だが、自ら日々の終業時刻を記入していた。
 所定の出勤時刻と手帳に残された終業時刻によっては、発症前6ヵ月間のいずれの月についてみても数十時間の時間外労働しか明らかにすることができなかった。

(2)会社には責任追及しないとの念書の差入れ
 弁護団を組んだ「強気の虫」であるH弁護士でさえ頭を抱えるような状況だった。証拠保全をするとしても、被災者の勤務時間を明らかにする資料が会社のどこにあるか特定することは困難であり、日々の業務の足どりを明らかにするためには部下たちからの聴取が不可欠である。
 一方、遺族は会社と対立することは望んでおらず、仮に業務上と判断されても、企業賠償責任を追及することまでは望まないとの強い気持ちをもっていた。
 弁護団がとった方法は、会社に、会社が労災認定に協力する以上、企業賠償責任追及を行なわないとの念書(この効力については争いもあろうが)を差入れ、会社の協力を得ることであった。
 念書を差入れても形だけの協力しか得られなかったらとの思いもあったが、会社並びに調査にあたった担当者は、誠実に遺族と弁護団の気持ちを受け容れてくれた。

(3)会社の協力の下での持ち帰りを含む勤務時間の解明
 ぼう大なパソコンやメールの資料から、手帳では明らかにできない被災者の勤務時間を明らかにするとともに、部下からの聴取にも協力してもらった。更に、会社自らが被災者の日々の勤務時間を説明する資料を作成している。
 また、本件発症当時は、多くのソフト開発が重なる時期であったことも会社資料で明確にすることができた。
 その結果、日々2時間を超える持ち帰り残業等を明らかにすることができ、平成16年10月に西野田労基署長に請求を行ない、発症前1ヵ月間で時間外労働が100時間を超えるとして、平成18年6月8日に遺族補償年金等の支給決定を得ることができた。
 この件も労災上積補償制度が会社にあったため、その補償がなされている。

4、2つの対照的な事件の取組み
 前者の事件は、会社に対し証拠保全を行ない、対立的関係のことを辞することなく取り組むオーソドックスな方法と言えよう。会社の協力を得ることが困難である多くのケースでは、この方法が通常採られることになるであろう。
 (中略)
 後者の事件は、証拠保全により適切な資料を得ることが困難であり、遺族も会社と対立することを望んでおらず、会社の実質的な協力が期待できるという件において採用されるレアなケースと言えよう。
 遺族の期待に対し、しっかりと結果を出すためにはどのような方法を尽くすべきか、それぞれの事案に即した取組みが必要であろう。

(民主法律267号・2006年8月)

2006/08/01