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過労死・サービス残業をなくし、命と健康を守る闘い(民主法律267号・2006年8月)

弁護士 岩城 穣、田中宏幸

1.過労死・サービス残業をめぐる現状
① 長時間労働・サービス残業と過労死・過労自殺の激増、リストラによる職場の少人数化、激しいノルマ、人件費抑制と解雇に対する不安などから、長時間労働、サービス残業、持ち帰り残業などが常態化している。これを反映して過労死・過労自殺が後を絶たない状況にある。近頃は職場での各種ハラスメントによるストレス等を原因とした精神疾患の発生も問題視されてきている。

② 労災申請・認定件数の増加
本年5月31日の厚生労働省の発表によると、平成17年における労災補償の請求件数は大幅に増加し、脳血管疾患及び虚血性心疾患等の業務上認定件数は前年度より53件増加したのに対し、精神障害等の業務上認定件数はほぼ前年度並みとなった。具体的な数値は次のとおりである。

◆脳血管疾患及び虚血性心疾患等(「過労死」等事案)の労災補償状況(件)

    H12年度 H13年度 H14年度 H15年度 H16年度 H17年度
脳・心臓疾患 請求件数 617 690 819 742 816 869
認定件数 85 143 317 314 294 330
うち死亡 請求件数 319 335 336
認定件数 45 58 160 158 150 157

◆精神障害等の労災補償状況(件)

    H12年度 H13年度 H14年度 H15年度 H16年度 H17年度
脳・心臓疾患 請求件数 212 265 314 447 524 656
認定件数 36 70 100 108 130 127
うち死亡(未遂を含む) 請求件数 100 92 112 122 121 147
認定件数 19 31 43 40 45 42

③ 訴訟における過労死・過労自殺の認定
 過労死については、平成13年12月12日に現在の過労死認定基準が施行され、認定件数は大幅に増えたが、①発症前の時間外労働時間が80時間に満たないケースでは他の過重負荷要因を考慮せずに業務外とする、②深夜交替制、不規則勤務、精神的ストレスの強い業務等を実際上ほとんど考慮しない、③評価対象期間を6か月に限定する、④自宅労働や通勤負担を考慮しない、などの問題点が浮き彫りになっている。
 また、平成11年9月14日施行の過労自殺の認定基準は、①「ストレス-脆弱性」理論を採用するとしながら、実際には客観的な業務の過重性が認められないとして総合判断以前に切り捨てる運用がなされている、②過労死認定基準を超える長時間労働がなされた事案でも、認定基準が異なるとして評価しない、③ 「出来事」が複数あってもその相互関連や相乗効果を認めない、などの弊害が限界に達している。
 そのような中で行政訴訟では全国的に勝訴判決が続き、国は認定基準の改善を迫られている。過労死では、最高裁は、①被災者の従事した業務が同人の基礎疾患を自然経過を超えて増悪させる要因となり得る負荷(過重負荷)のある業務であったと認められること、②被災者の基礎疾患が確たる発症の危険因子がなくてもその自然経過により脳・心臓疾患を発症させる寸前まで進行させたとは認められないこと、③被災者には他に確たる発症因子はないこと、という3つの要件を明確にした(最3判平成16年9月7日、最2判平成18年3月3日)。
 過労自殺でも、トヨタ事件の画期的な高裁判決(名古屋高判平成15年7月8日)後、水戸地判平成17年2月22日・土浦労基署(総合病院土浦共同病院)事件)、岡山地判平成17年7月12日。玉野労基署(三井造船玉野造船所)事件、福岡地判平成18年4月12日・八女労基署(九州カネライト)事件、名古屋地判平成18年5月17日・名古屋南労基署(中部電力)事件、高知地判平成18年6月2日・高知地公災(南国市役所)事件など勝訴判決が相次いでいる。
 大阪過労死問題連絡会が関わる行政訴訟も増加し、近々判決を迎える事件も多い。上記の福岡地裁の判決(金谷事件)には、大阪の弁護士も弁護団に加わっている。

2.大阪における取り組み
 大阪過労死連絡会、労働基準オンブズマン、大阪過労死家族の会、労働健康安全センター、個別事件の支援の会が連携しつつ過労死・過労自殺の予防・相談・救済等に取り組んでいる。
① 課長・係長サービス残業110番(2005年9月10日)
「ホワイトカラー・エグゼンプション」が取り沙汰される中、「課長・係長」といういわゆる管理職に対する時間外手当の支給状況についての実態を把握し、問題提起になればという企画であった。当日の相談件数は50件あり、うち課長・係長の件数は14件であった。「課長・係長」は労基法の「管理監督者」に該当しないため、時間外手当は支給されなければならない。ところが14件の内12件は時間外手当が支給されていなかった。
今回の電話相談は殆ど在職中の労働者に関する相談であった。在職中に名乗りを上げて会社を告発することは困難である。このため、労働基準オンブズマンによる「違反通告」が期待されるところであり、現に110番後に違反通告の準備を進めている案件もある。大いに期待されるところである。

② 管理職のサービス残業・過労死110番(2005年11月19日)
今回は単なる過労死110番ではなく、過労死の温床の一つともなっている管理職のサービス残業を付加したところ、全国で合計215件もの相談があり、うち長時間労働の相談が134件、過労死等労災補償の相談が81件であった。この問題の深刻さが反映されたものといえよう。大阪では、午前10時の開始から電話が鳴りっ放しの状態で、47件もの相談があり、全国一件数が多かった。その後、個別相談会も同月24日に実施し、引き続き事件として取り組んでいる。

③ 権利討論集会分科会(2006年2月18日・19日)
 今年も「いのちと健康を守るために」というテーマで分科会を担当した。参加者は、1日目27名、2日目21名であった。1日目のテーマは「職場におけるハラスメント(セクシャル・ハラスメント、パワー・ハラスメント、モラル・ハラスメント)をなくすために」、2日目のテーマは「アスベスト問題取り組みの到達点と課題」であり、それぞれ報告及び討論を行った。
 1日目は、使用者に対する損害賠償請求訴訟の弁護団の佐藤真奈美弁護士からの報告があり、原告本人からもモラル・ハラスメントの被害実態について生々しい報告があった。続いて、大阪労働相談センター事務局次長杉山悦男氏から相談センターに寄せられる職場でのいじめ嫌がらせ事例の報告があり、さらに、滋賀大学の大和田敢太教授から、ヨーロッパを中心としたモラル・ハラスメント規制に対する諸外国の法制度について解説がなされた。このような報告及び討論を通じて、労働者が健康で働き続ける上で職場におけるハラスメントをなくすことの重要性が認識された。
 2日目は、大阪じん肺アスベスト弁護団の中平史弁護士及び奥田愼吾弁護士から、労災認定の現状、大阪府泉南地域での相談会の状況、アスベスト新法(本年 2月3日成立)の内容と問題点の報告があった。その後、泉南地域の石綿被害と市民の会の世話人代表柚岡一禎氏より、泉南地域のアスベスト被害の実態について歴史経過も踏まえた報告があった。多くの既存建物にはアスベストが使用されており、解体時には周辺住民の被害が懸念され、労災にとどまらず「公害」としての位置づけで被害救済・対策を行っていくことの重要性が指摘された。

④ モラ・ハラ110番(2006年2月25日)
夜の講演会の前の日中、モラハラ110番が実施され、12件の相談があり、継続相談もあったが何らかの法的手続きをとるまでに至った案件はなかった。なお、「モラル・ハラスメント」で検索してモラハラ110番の存在を知った相談者が複数名いたことから、インターネットの力は大きいと思われた。

⑤ 講演会「職場のモラル・ハラスメントをなくすために」及びパネルディスカッション(2006年2月25日)
 講演者はフランス人精神科医のマリー=フランス・イルゴイエンヌ氏でモラル・ハラスメント研究の第一人者である。パネラーは講演者の他、モラハラ労働裁判の原告本人及びその代理人宮地光子弁護士である。参加者は約240名にも及び、会場に入りきれないくらいの盛会となり、その関心の高さを物語っていた。モラハラはいわば、「いじめ」や「いびり」といったもので従来から存在していたが、モラハラの加害者の特徴は自分が常に絶対に正しいという確信を持っていること、それ故に加害者は自らの加害性を決して認めず「話し合い」による解決ができない点で、単なる「いじめ」と異なることである。フランスはモラハラ行為を禁止・処罰する法律があり、一定の要件の下、企業に対する制裁規定も存在する点で、日本においてもこの種の議論を深めていく必要があろう。

⑥ 過労死・過労自殺110番プレシンポ(2006年6月13日)
 北浜ビジネス会館にて、「管理職の不払残業と過労死~死ぬまでサービス残業、死んでもサービス残業!?~」というテーマで開催された。岩城穣弁護士が「ホワイトカラーエグゼンプションと過労死」について報告を行った。また、遺族の報告に続き、下川和男弁護士が過労死・過労自殺が労災認定された場合の給付基礎日額につき、時間外割増賃金分を考慮した決定がなされた事案の報告がなされた。

⑦ 「過労死110番」街頭宣伝行動(2006年6月16日)
「過労死110番」を前に、大阪過労死家族の会及び大阪過労死連絡会が、直接街頭で市民に訴え、道行く人に過労死問題をアピールし、「過労死110番」の宣伝も兼ねた。

⑧  「過労死・過労自殺110番」(2006年6月17日)
 毎年父の日の前日に実施される110番である。大阪では16件の相談があり、その内訳は、労災補償事案が12件で、その内脳・心臓疾患事案が3件(いずれも死亡事案)、自殺・精神疾患事案が9件であった。過労予防・働き過ぎ相談は4件であった。自殺・精神疾患事案の比率が高かった。

⑨ 大阪過労死を考える家族の会の活動
過労死の遺族等でつくる同会は、毎月1回定例会を開催し、毎月20名前後の参加者がある。個別事件の裁判傍聴の期日及び事件の進行状況の報告が行われている。家族の会は個別事件の支援活動に参加したりして、遺族が互いに助け合い、励まし合い、学習する場にもなっている。また、大阪家族の会のメーリングリストは全国レベルでの過労死家族の交流の場として大きな役割を果たしている。2006年7月16日・17日には、「一泊交流会」が奈良県桜井市で行われ、全国から60名以上が参加し、上畑銕之丞先生の講演会及び交流が行われた。

⑩ ホームページ及びメーリングリスト
 大阪過労死連絡会のHP(2000年6月開設、本年7月27日現在のアクセス数約18万件余り)及び労働基準オンブズマンのHP(2002年7月開設、同約17万件余り)は、いずれも充実した内容となっており情報提供の場ともなっている。また、全国からの相談及び受任も増えている。
大阪過労死連絡会及び労働基準オンブズマンの各ML並びに過労死弁護団全国連絡会議のMLも含めて、日常的に意見・情報の交換の貴重な場となっている。
⑪ 36協定についての情報開示請求
 過労死・過労自殺の温床となっている長時間残業の元凶とも言うべき36協定の内容を把握するため、大阪地裁平成17年3月17日の勝訴判決に基づき、主な上場企業の36協定の開示請求を行った。開示された資料によると、50%以上の大企業において過労死ラインである月80時間の時間外労働を超える特別協定がまかり通り、それが職場の残業の基準になっていることが判明した。今後はこの貴重な資料をどのように活用していくかが検討されるべきであろう。

⑫ 大阪過労死連絡会の例会
 以上のような種々の取り組みの原動力となっているのは、やはり月1回開催している大阪過労死連絡会の例会である。最近は若手弁護士などの参加も得られつつあり、今後さらに活発な議論を通じてこれまで以上に組織的に取り組んでいくことが望まれるところである。

(活動日誌)
平成17年
9月6日  連絡会9月例会
9月10日  課長・係長サービス残業110番
9月30日・10月1日  過労死弁護団全国総会
10月11日  連絡会10月例会
11月8日  連絡会11月例会(新人ガイダンス)
11月19日  管理職のサービス残業・過労死110番
12月13日  連絡会12月例会
平成18年
1月19日  連絡会1月例会
2月9日  連絡会2月例会
2月18日・19日  権利討論集会
2月25日  モラル・ハラスメント110番
       講演会「職場のモラル・ハラスメントをなくすために」(マリー・フランス・イルゴイエンヌ氏)
3月14日  連絡会3月例会
4月24日  連絡会4月例会
5月19日  連絡会5月例会
6月7日  連絡会6月例会
6月13日  過労死110番プレシンポジウム
6月16日  過労死110番街頭宣伝行動
6月17日  全国一斉過労死110番
7月16日・17日  大阪過労死を考える家族の会一泊交流会(奈良県桜井市)
7月20日  連絡会7月例会

(民主法律267号・2006年8月)

2006/08/01