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管理職のサービス残業・過労死110番の報告 「初めて現場の実態に触れてみて」 弁護士 奥村昌裕(民主法律時報403号・2005年12月)

弁護士 奥村昌裕

 私は、11月8日に催された過労死連絡会のガイダンスに参加し、19日に「管理職のサービス残業・過労死110番」があることを知りました。その日は大阪の某会派の新人歓迎旅行があり私も参加する予定だったのですが、所用で行くことができなくなったことから、「過労死」「電話相談」ということに興味があったことも重なり、少し覗いてみる感覚で電話相談の現場に足を運びました。
 事前にガイダンスで配られた労基法の基本的な資料には目を通していましたが、私は10月に登録したてのホヤホヤなので、電話に出ても満足いく回答ができないと思っていましたし、それほど電話に出ることもないとの甘い考えでいました。
 しかし、いざ部屋に入ると数分後には電話の前に座らさられ、電話に出ることとなりました。結局2時間ほどで4人の人と話をしたのですが、その中で印象に残った話と全体の印象について述べたいと思います。

 特に印象に残ったのは最後に話した女性です。初めてこのような機会を利用したという某建設会社の設計部で設計の仕事をしている人の奥様でした(手元に資料がないので不正確な部分があることはご了承ください)。
 旦那様は確か今年の6月くらいから現在の仕事に就いているのですが当初から残業が多く帰宅が遅かったそうです。そして2か月ほど前からひどい状況となり、旦那様が「もし自分に何かがあったら困るから、帰宅メールをするので記録に残しておいてほしい。」と言われたのです。つまり会社を出る時間をそれで証明してほしいということなのです。もちろん、会社にはタイムカードなどありません。どのような勤務状況かというと、土日出勤も当たり前なので、この2週間で勤務外労働時間が115時間、ここ1か月では、終電が0時10分発らしいのですが、それに間に合ったのが6日間で、あとの残りはタクシーで帰宅し、夜中の3、4時の帰宅だったというのです。そして朝には一般の会社と変わらない時間に出勤するのです。

 この話を聞きながら「おそろしさ」を感じました。いくらタフな人でも、この勤務状況と緊張感では体がボロボロになり、その結果は…。いやタフだと思っている人の方が頑張りすぎて、結局何の対処もできないのかもしれません。
 私は不安そうに電話の向こうで話す奥様に、後日開かれる「個別相談会」に来てより具体的に相談することを勧め、奥様もそのときは了承しました。しかし、相談会当日、事務所に「私が夫の仕事について相談することで夫の会社にバレて、夫に迷惑をかけることが怖いので今日は遠慮します。」との電話が入りました。私は「旦那様に迷惑がかかるようなことのないように配慮します。事情は深刻ですので、話をするだけでもいざというときの準備になりますから来てください。」とお願いしたのですが、「夫が忙しいのは勤務先の営業先の仕事をしており、そこからの指示であって勤務先が悪いわけではないと思いますし、夫ももう少ししたら仕事が今より楽になると言っていますから…」ということを言って、結局個別相談会には来ませんでした。旦那様の勤務状況がひどいことを正当化する理由にはなっていないのですが、彼女は自分なりに納得しようとしているのだと感じました。

 彼女にとって、勇気を出して「110番」に電話したことで、本当に困ったときに連絡できる弁護士ができたということが、多少の救いになっているのかもしれません。でも、ひょっとしたらその時は既に手遅れ…の可能性もあり、今、何ら力になることができない自分の無力さを感じました。
 この相談者からはもちろん、他の相談者からもですが、やはり、日本では会社に対し何か不穏な動きをすると会社に居づらくなるという意識(現実?)があり、そのことで従業員やその家族は何も言えない風潮があることを改めて認識しました(みなさんの生活がかかっているので何も言えないことを攻めることは私にはできません)。
 確かに、労基署が動くのは匿名より実名申告の方がいいらしいのですが、それもまたおかしなことで労働基準法という法律を無にしないためにも労基署の積極的な指導を切に願いたいところです。

 全体的なところでは、全国的に実施した「110番」では全国で合計215件の相談があり、うち長時間過重労働の相談が134件、過労労災補償の相談が81件でした。大阪は朝から数多くの相談が寄せられ、全部で47件の電話があり、全国で一番件数が多く、長時間労働の問題を多く抱えていることを表していると考えられます。
 他の弁護士の方の話を聞いても、私が相談を受けた人よりも深刻と思われる人がいたり、サービス残業の相談が多く日常化していること、またノルマなどプレッシャーを与えタイムカードを一定の時間に固定し、あとはノルマを達成できない者が勝手に残業をしているという雇用主の態度、など企業と従業員の力関係を肌で感じた一日でした。

 今後日本から「過労死」をなくすために私たち弁護士に何ができるのか?当事者に強い意志があり会社と闘おうとしなければ弁護士は動くことができないのか?政治的手段に訴えていくのか?まだまだ新人でわからないことばかりですが、実際にあった事件に触れたり、先輩方の経験談を聞きながら、自分の頭で考えていきたいと思います。

(民主法律時報400号・2005年9月)

2005/12/01