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企業の36協定情報公開訴訟 一部認容判決 弁護士 大橋恭子(民主法律時報395号・2005年4月)

弁護士 大橋恭子

1 36協定の公開を求める意義 ―過労死、過労自殺を防ぐために―
 労働基準法は、1日8時間、週40時間という原則的労働時間を超えて使用者が労働者を労働させるためには、労働基準法36条所定の協定書を労使間で締結することを求めている。そして、この「36協定」によって許容される時間外労働については、厚生労働省の告示(平成10年10月28日労働省告示第154号)により、1ヶ月45時間、1年間360時間などの限度が定められており、それによって労働者の健康と個人の尊厳を確保している。また、現在では、厚生労働省が、月間80時間を超える時間外・休日労働を過労死ラインとして「過重労働による健康障害を防止するため事業者が講ずべき措置等」を策定するともに、過労死ラインを超えた労働に従事したと判断されれば、労働災害として労災認定を速やかに行っている。
 しかしながら、過労死、過労自殺事件に取り組む中で、この過労死ラインを超える36協定が散見することが判明した。年間900時間、更には1000時間をも超える時間外労働を容認し、かつ休日労働には無制限という「36協定」(特別条項協定)が、著名な一部上場企業でもまかりとおっている。多くの労働者は、36協定で規定された時間どおり働いて万が一のことがあれば、「過労死」だと判断されるような長時間労働に従事させられることを認識さえしない中で、過酷な労働を強いられているという現状がある。
 そこで、具体的にどのような企業が、どのような36協定を締結しているのかを情報開示をして明らかにし、労働者の心身の健康を損ね、個人の尊厳をないがしろにするような「36協定」を締結している企業に対し、労働行政による指導、監督とともに、市民の監視のもとにその是正を求めるためにも情報開示は不可欠である。
 このように、36協定の情報公開請求は、過労死・過労自殺を未然に防止し、個人の尊厳を損ねることのない労働現場を作り出すために行われた訴訟である。

2 訴訟に至る経過
 以上のような問題意識から、過労死問題連絡会及び労働基準オンブズマンでは、36協定の条項公開についてかねてより議論がなされていたが、平成16年4月に、連絡会・オンブズマンのメンバーである高本知子弁護士が請求人となって、大阪労働局長に対し、大阪中央労基署に届け出をされた36協定についての情報公開請求を行った。しかし、大阪労働局長は、具体的な時間外労働時間の数字については公開したものの、肝心の事業所を特定する「事業の種類」、「事業の名称」、「事業の所在地」、「時間外労働をさせる必要のある具体的事由」等の大半の情報を黒塗にして、それらの情報については不開示情報だとした。そこで、不開示とされた情報の公開を求めて平成15年7月24日、高本弁護士自ら原告となり、大阪労働局長を被告として提訴した。

3 審理経過
 提訴後、被告は、情報公開審査会の答申に基づき、独立行政法人等の保有する情報の公開に関する法律2条に規定する独立行政法人等に含まれる特殊法人の協定届けについては、事業の種類、名称、事業の所在地、時間外労働をさせる必要のある具体的事由等、そのほとんどの情報について公開することとしたが、民間の事業所については、異なる扱いとした(この他、更新届けにつき部分的な開示を認めた)。
 また、法律上の争点は多岐にわたったが、特に、中心となったのは、後記の不開示情報目録2の情報について、情報公開法5条2号イの事業者情報のうち、公にすることにより、当該事業者の権利、競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるものとして不開示情報に該当するか否かであった。この点につき、被告は、これら情報が公開されれば、当該事業者の経営方針、経営技術に関する情報の収集が容易となり、当該労働者と競争する他の事業者にとって有利に働き、当該事業者の競争上の地位その他の正当な利益を害するおそれが認められることを強調した。
 【不開示情報目録】
1 
 過半数代表者の氏名及び同人の印影、過半数代表者以外の労働者の氏名及び同人の印影並びに一部の使用者(対象文書に係る事業を営む個人及び法人登記簿に記載された法人役員以外の使用者)の氏名及び同人の印影
2 
(1)時間外労働又は休日労働をさせる必要のある具体的事由、業務の種類、労働者数
(2)使用者(前記1記載の者を除く。)の印影、法人印、労働組合印等の印影
(3)事業の種類、「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」、「改善基準」とい った事業の種類を推認し得る記載、事業の名称、事業の所在地、郵便番号、電話番号、労働組合の名称、労働組合の所在地、過半数代表者及びこれ以外の労働者の職名、過半数代表者及びこれ以外の労働者の労働組合における役職名並びに使用者名(前記1記載の者を除く。)の氏名及び職名

4 判決の内容
 これに対し、裁判所(大阪地方裁判所第7民事部、 川神裕裁判長、山田明裁判官、伊藤隆裕裁判官)は、前記不開示情報2 のうち、時間外労働又は休日労働をさせる必要のある具体的事由、業務の種類、労働者数の各情報は、これらの情報だけで当該事業場を特定することができ、かつ、これを開示することによって当該事業者の競争上重要な情報が公になり、その結果、当該事業者の正当な利益が害されるおそれがあると認められるから、同号イに該当するとしたが、2 については、以下のような理由により、開示を認めた。
 「一般的に、事業の種類(「改善基準」等の事業の種類を推認し得る記載を含む。)は、必ずしも当該事業場を特定し得るとまでは言い難いが、本件のように、開示請求に係る場所的範囲が限定される場合には、当該事業場が特定される場合も想定できる。また、事業の名称、事業の所在地、郵便番号、電話番号及び法人印の印影の各情報は、それ自体によって当該事業場を特定し得るものであり、労働組合の名称、印影及び所在地は、労働組合名が事業者名を冠する場合が多く、その事務所が当該事業者の内部若しくは隣地に設けられる場合が多いことからすれば、当該事業場を特定し得る情報であるといえ、労働者の職名、労働者の労働組合における役職名、並びに使用者の氏名、印影及び職名については、他の資料と照合することによって当該事業場を推知することができる情報ということができる。さらに、時間外労働又は休日労働をさせる必要のある具体的事由、業務の種類、労働者数の各情報についても、前記イのとおり、いずれも当該事業場を識別し得る情報ということができる。
 しかし、今日、事業者が労働者に時間外労働・休日労働を命じることが少なくないのは公知の事実であって、36協定を締結していることが公にされても、当該事業者に格別不利益を与えるものではない。また、本件一部不開示決定において既に開示されている延長可能時間等の情報は、いわば労働条件の基礎ともいうべき資料であって、通常、求人広告や公共職業安定所において求職する者に提供されることが多い情報と認められる。一般に求人をしない部署については勤務時間が公開されることがない場合もあり得るが、そのような場合であっても、一般的には、勤務時間はその性質上殊更に秘匿すべきものとは考えにくいし、事業者がその労働者に勤務時間を社外秘とすべきことを命ずることも、通常は想定しにくいことである。もっとも、個々の事業者が就業時間等を公にしたくないということはあり得るが、情報公開法5条2号イの利益侵害情報に当たるといえるためには、主観的に他人に知られたくない情報であるというだけでは足りず、当該情報を開示することにより、当該事業者の公正な競争関係における地位等の利益を害するおそれが客観的に認められることが必要であるところ、本件においては、かかるおそれが存在すると認めるに足りる証拠はない。したがって、延長可能時間等の情報が当該事業場を特定し得る状態で開示されることが事業者の正当な利益を害するということはできず、当該特定に足りる情報が同号イの不開示情報に該当するとは認められない。」
 そして、同判決は、被告から控訴がされず、確定した。

5 判決の意義
  請求をした情報の全ての開示が認められた訳ではないが、事業所の名称と、具体的な36協定で規定された時間外労働時間が明らかとなることにより、冒頭で述べた、労働者の心身の健康を損ね、個人の尊厳をないがしろにするような「36協定」を締結している企業に対し、市民としての監視を行う上で、最低限の情報を入手することが可能となった。
 今後は、この判決を具体的にどのように活用するかが、大きな課題である。
 早速、連絡会では、「日経500」に掲載された主要500社の36協定の開示を各労働局に請求し、それに基づく、36協定に関するシンポジュウムを6月15日に行う予定である。是非、多数の方のご参加をお願いしたい。
 弁護団は、松丸正、岩城穣、下川和男、中森俊久弁護士、原告の高本も当然、弁護団の一員として活動頂いた。また、神戸大学の阿部泰隆教授にも意見書の作成をしていただき大変お世話になった。
(民主法律時報395号・2005年4月)

2005/04/01