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積水化学従業員の労災認定訴訟で全面勝訴―自宅作業も業務と認定 弁護士 中村正彦(民主法律時報386号・2004年7月)

弁護士 中村正彦

1、はじめに
 積水化学工業株式会社の従業員がなした自宅作業が業務であるか否かが主たる争点となった労災認定訴訟において、本年6月10日、自宅作業を業務と認め、従業員の発症した、くも膜下出血を労災と認定した全面勝訴判決を獲得することができたので、ここに報告する。

2、事案の概要
 本件労働者Y氏は積水化学の医薬品生産工場で働く大学院卒の技術職であったが、平成12年1月21日、業務改善成果の全社発表会の発表中に突然昏倒し、くも膜下出血と診断され、以後意識障害が全く回復しない状態となった。
 この発症の原因は、Y氏が、この全社発表会における発表だけでなく、昇進試験としての意味をもつ専門職業務成果発表を同時期に会社に命ぜられていたため、通常業務時間内に消化しきれなかった膨大な作業をやむなく持ち帰り、発症の直前の時期には、ほぼ連日深夜までの自宅作業を強いられていたことにあった。
 しかし、尼崎労基署は、Y氏のなした自宅作業を業務とは認めず、労災不支給決定をなした。さらにそれを不服としてY氏がなした審査請求、再審査請求もいずれも棄却された。
 審査請求棄却決定書においては、労災保険審査官は、「事業主の積極的特命がなければ自宅作業は業務とは認めることができない」、「本件では、発表資料の準備においてはどこまでの水準のものを作成するかは本人の裁量に委ねられていた面があり、また、自宅作業については賃金も支払われていなかったから、自宅作業はY氏が任意の選択で行ったものである」などと労災不認定の理由を示している。

3、判決に示された判断
 本件訴訟では、まず、労働者の行った自宅作業を、一般的にどのような要件のもとで業務と認めるべきかが争点となったが、判決は、事業主による黙示の業務命令があればよいとの判断を示し、明示の自宅残業命令ないしはそれに準ずる状況など厳格な要件が必要であるという被告側の主張は採用しなかった。
 そして、判決は、本件では、「(両発表準備の)作業の膨大さ及びそれに見合う勤務時間が労働時間内に確保されていなかったことをも考慮すると、自宅作業によって補完することにつき、事業主による黙示の業務命令があったものと認められる」と判示し、原告Y氏のなした発症直前一カ月余りの間の自宅作業を業務と認めた。
 発症直前期にどの程度の時間の自宅作業を行ったかについても争いとなったが、判決は、Y氏に課せられた作業量の膨大さやY氏の自宅作業を現認していた妻の供述、パソコンに断片的に残された作業時刻などを総合し、「睡眠時間が3時間程度になった日が(発症直前1カ月半ほどの間に)相当日数あった」と認定し、Y氏に課せられた業務の過重性を肯定し、本件発症を業務災害と認めた。
 なお、前記の昇進試験としての業務成果発表の自宅での準備作業については、昇進のためという私的動機から行ったものであるから業務ではないとの主張も被告から出たが、判決は、この発表は単なる昇進試験ではなく、会社が組織的に人材育成を図り業務の効率性向上を実現するなどの目的で設けた制度の一環であって、この発表準備作業にも業務性が認められるとも認定し、被告の主張を退けている。

4、まとめ
 本判決は、①明示の自宅残業命令がなくとも、命ぜられた作業の質量や納期の関係等から黙示の自宅残業命令が十分認定できる場合があり、それにより自宅作業は業務と認めうること、②自宅作業に対して賃金が支払われていないからといって、自宅作業の業務性が否定されるわけではないこと、③与えられた仕事に裁量が与えられているからといって、その仕事の業務性が失われるわけではないこと、④一見労働者個人の利益のための昇進試験とされているものであっても、内実は会社のための制度である場合があることなど、原告側の主張を全面的に容れた、労働現場の実態に即した正当な判断を示し、行政による形式的法適用の網の目からこぼれた労働者を救済したものであり、高く評価できる。
 近時、裁量労働制や成果主義が労働現場に導入され、特に知的労働の分野では、業務の遂行に上司の明確かつ具体的な業務指示を必ずしも伴わないケースが増えている中で、本判決は、今後の参考になるものと思われる。
 なお、この1審判決は、その後被告側から控訴がなされずに、確定した。
(弁護団は、池田直樹、片山文雄、中村正彦) (民主法律時報386号・2004年7月)

2004/07/01