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海外赴任先における過労自殺認定事例(天満労基署長)の報告 弁護士 西 晃(民主法律時報383号・2004年4月)

弁護士 西 晃

一、 今回の事例は、海外(イギリス)の現地法人に出向していた大手国際貨物輸送会社(本社大阪市)の社員(当時30歳)が、重要な取引先との輸送事故をめぐるトラブル処理の過程で行き詰まり、現地法人の職場で自殺(縊死)したという事案です。海外に出向赴任中の過労自殺事案であること、そして自殺の直接原因となる重要取引先とのトラブル発生から自殺までの期間が3日間という短期発症型の認定事例であること、などから報告に値する事案と考えた次第です。なお短期の海外出張の場合を除き、労災保険法上は、海外事業には適用がないのが原則です。ただ事業者による特別加入制度が存在し(労災保険法27条6号・7号)、本件はその特別加入事案でした。

二、 事案の概要は以下のとおりです。
  被災者の年齢 30歳(入社8年目)
  精神疾患に関する既往歴等 なし
  労災申請者 被災者の妻
  労働基準監督署   天満労働基準監督署(大阪)
  労災申請日   平成14(2002)年3月25日
  認定日   平成16(2004)年2月24日
  取引先とのトラブル発生   平成13(2001)年1月23日
  発症日(死亡日)   平成13(2001)年1月26日
  遺書 (有)  「仕事のことで毎日悩んでいた。なにもかもがうまく行かない、自分でコントロールできない」との趣旨
  海外赴任   平成10(2000)年~(家族も)

 本件の特徴としては、現地法人のスタッフの中で、日本人は被災者一人であり、彼をサポートするシステムはなく、取引先との貨物輸送事故をめぐるトラブル処理も、現地のスタッフはほとんど関与していなかったという点です。全て本国(東京)の輸送本部からの携帯電話若しくはメールでの指示によるものでした。周囲からの支援はなく、孤立した中で、(時差のある)本国からの指令にひたすら従い奮闘する中で、被災者は寝食を忘れてトラブル処理にあたっていたのですが、ついに力尽きてしまったのです。

三、 立証のポイント
 本件で我々弁護団が立証のポイントとして意を尽くしたことは
① 海外赴任という環境の激変と、日本人スタッフが他にいない、すなわち何か問題発生した時に支援体制・危機管理体制が全くなく、被災者一人の肩に全ての負担がかかる状態であったこと。
② 現地法人の労働時間管理は極めて杜撰で、恒常的に長時間勤務(本国とのメールのやり取りは深夜にも及ぶ)であったこと。
③ 発症に直接の契機をなった重要な得意先とのトラブル処理を、まだ30歳そこそこの被災者一人が対処しなければならなかったこと。被災者は輸送本部(日本)からの指示に全面的に依拠するしかなく、しかもその指示は期限を切られたものであったこと。
④ 一度は被災者は日本からの指示通り報告をあげたものの、追加の処理を再度期限を切られて指示されたこと。
⑤ そのような中、特にトラブル発生から3日間の被災者は、現地の自宅でも明らかに様子が変わり、会話もなく、眠れず、食欲もなく、車の運転すらできないのではないかと妻が心配するほどに焦燥していたこと。
などです。立証活動で特筆すべき点としては、証拠保全があげられます。被災者に業務上の指示・命令を与えていた輸送本部拠点2ヶ所(東京)に対し、東京地裁27民事部の2名の裁判官に同時刻に2ヶ所の保全をかけてもらい(2名の弁護団が分かれて配置)、これが大成功しました。上記①~⑤に関連する貴重な資料をかなりの程度入手することができました。

四、 労働基準監督署長の判断は以下のとおりです。
 発症病名は「うつ病」です。発症時期は平成13(2001)年1月26日頃(自殺直前)。業務上の負荷としては、「恒常的に長時間勤務であったこと」直前重要な取引先とのトラブルに関しては「事故報告を期限までに達成することができなかったこと」等を総合的に判断して、業務上と判断したとのことです。業務以外の要因、固体側要因はないとのことでした。直前の発症から死亡までの期間が3日間と短く、被災者本人の脆弱性という方向で判断されるのではという疑念もあったのですが、海外赴任先でのいろんな負荷も総合的に判断したとのことでした。

五、まとめ
 グローバル経済化が進む中、残念ながら同種の事案は増えてくるものと思われます。まずは、海外での労災事故に対応できるよう、特別加入制度加入を企業に促すことが極めて重要です。それとともに、海外で働く労働者をいかにして過労死・過労自殺から保護するか、その具体的方策を国や企業は早急に検討するべき時期だろうと思います。(弁護団は波多野進と西晃の2名です)

(民主法律時報383号・2004年4月)

2004/04/01