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労基署職員の対応に対し国家賠償請求──問われる労基署の役割と担当職員の姿勢── 弁護士 岩城 穣(民主法律253号・2003年8月)

弁護士 岩城 穣

1 上田裕子さんの夫、善顯さん(当時59歳)は、和歌山県の勝浦にあるホテルで料理長を長年務めていたが、経費と人員の削減のなかで超長時間・過密労働が続き、2000年3月、ホテルの役員会の席上、突然クモ膜下出血を発症して倒れた。
  意識が戻らず、半ば植物人間になった善顯さんを必死で看病しながら、裕子さんは労働災害の申請を思い立ち、同年7月、新宮労基署を訪れた。

2 しかし、そこで担当者のNから浴びせかけられた言葉は、信じられないものであった。
  「労災申請は、会社を通じてしかできません。」
  「仮に会社を通じて申請してもらってもダメです。まず労災は下りません。自宅で行っていた献立の作成は、業務ではありません。後払いや手当など、会社から基本給以外に少しでもお金をもらっていたら、時間外手当をもらっていたことになります。」
  「奥さんが知らないだけで、朝、ご主人は奥さんに会社に行くと嘘をついて、どこか別のところへ(小指を立てながら)行っていたのかもしれませんよ。」
  「奥さん、女だてらによく一人で来たな。あんたらみたいな人が来ると僕らの仕事が余計忙しくなってくるんや。もうこんといて。」

3 この日を境に、裕子さんは食欲不振、嘔吐、不眠が始まり、極端な人間不信、対人恐怖症になった。電話に出られず、玄関のブザーまで外した。
  事情聴取で労基署に呼ばれて行くと、震えが止まらず、椅子から崩れ落ち、声も出なかった。
  2001年4月、医師に相談すると、「うつ病」と診断され、現在も通院中である。

4 そもそも「労働者災害補償保険は、業務上の事由による労働者の負傷・疾病・障害又は死亡に対して迅速かつ公正な保護をするため、必要な保険給付を行い、あわせて・・・当該労働者及びその遺族の援護、適正な労働条件の確保を図り、もって労働者の福祉の増進に寄与することを目的とする。」(労働者災害補償保険法一条)。従って、労災保険給付の申請を受け付け、労災保険給付についての調査・判断を行う労働基準監督署の労災担当職員は、業務上の疾病に対する「迅速かつ公正な保護」、「当該労働者への援護」を行う職責を負っている。そのため、労災給付申請の相談に来た労働者や家族に対しては、申請手続を正確に、相談者に理解できるよう説明し、申請の援助をすることが求められている。
  にもかかわらず、担当者Nは、裕子さんが脳出血で倒れて植物状態になっている夫の付添介護で心身共に疲労し、生活も困窮している状態であること、必死の思いで保護を求めて相談に訪れ、真剣に夫の労働の状況や発症の状況を訴え続けていることを知りながら、申請を断念させるために、「個人では請求できない」、「自宅での残業は仕事ではない」などと虚偽の説明をし、申請しても駄目だと認定しないことまで断定し、裕子さんと被災者である夫を侮辱し、「もうこんといて」と言って相談も保護も断ち切ったのである。

5 裕子さんは、一時は労災申請自体取り下げようとまで思い詰めたが、大阪過労死家族の会に出会い、互いに励まし合う中で、労災申請を最後まで貫くとともに、会社に対する損害賠償請求を行なうことを決意した。
  その準備に入った2002年11月下旬、担当者が交代した新宮労基署から、労災認定の知らせが届いた。担当者Nの行なった言動が間違ったものであったことが、完全に明らかになったのである。

6 裕子さんは、2003年3月、会社を被告として損害賠償請求訴訟を和歌山地裁に提訴し(前掲の中森弁護士の報告参照)、続いて去る7月24日、この担当者Nと国を被告とする国家賠償請求訴訟も提訴した。
  裕子さんの例ほどではないが、労基署の担当者から冷淡な対応をされ、辛い思いをした遺族は決して少なくない。
  この訴訟を通じて、労基署の本来の役割と、求められる職員の姿勢について、広く問題提起をしていきたいと考えている。
  (弁護団は、山崎和友、由良登信、岡田政和〔以上和歌山〕、中森俊久と私である。)
(民主法律253号・2003年8月)

2003/08/01