過労死問題について知る

HOME > 過労死問題について知る > 勝利事例・取り組み等の紹介 > 過労自殺について労災認定  シャープマニュファクチャリングシステム事件 弁護士 ...

過労自殺について労災認定  シャープマニュファクチャリングシステム事件 弁護士 河村 学(民主法律時報363号・2002年8月)

弁護士 河村  学

一、はじめに
 本件は、実労働時間及び業務内容について特定が困難な場合において、詳細な聞き取り調査と、「判断指針」(平成11年9月14日基発544号)の柔軟な適用によって、労災を認定した事案である。

二、事案の概要
① 被災者は、被災当時38歳の男性である。家庭にも特に問題はなく、既往歴もなかった。
② 被災者は、1979年、シャープ株式会社に入社後まもなく本件会社(シャープの完全子会社)に出向となり、プレス加工に必要な金型を製作する部門に配属され、その後、約20年間、機械工として就業した。その後、1998年末から、業務日報の作成等の管理的業務を命ぜられるようになり、1999年6月からは機械工としての業務から完全に離れ、収支管理、受注管理、納期管理等を行うよう命ぜられた。この管理業務は、機械の稼働率を最大にするため、不規則に行われる受注に対して、作業量を予測し、作業工程の計画を立てるというものであり、注文の変更や、作業ミス等も生じる現実の中では、変化に機敏に対応する細かな神経を必要とする困難な業務であった。
③ 被災者は、熟練の機械工であったため、管理的業務を命ぜられるようになった後も、機械工に戻りたいと周囲に話していた。また、同年8月頃からは頭痛・胃痛・不眠等を訴えるようにもなり、9月には内科や整骨院に数度通院した。しかし、同年10月1日の配置転換では、同月12日から従前より広い範囲での管理業務を行うよう指示された。被災者は、周囲のすすめもあって、同月7日から5日間の休暇をとった。同月8日、精神科に受診し、医師より「うつ病」との診察を受けた。その後、休暇明け出勤日の同月12日午前5時30分頃、自宅を出て、近くのマンションから飛び降り自殺をした。遺書はなかった。
④ 被災者の労働時間は、労働者の自己申告による勤務表で管理されていた。会社側の資料によれば、残業時間は、1999年1月は43.83時間、2月は90.42時間、3月は80.42時間、4月は49.33時間、5月は2時間、6月は34.58時間、7月は81時間、8月25時間、9月は27.5時間であった。
⑤ 被災者の妻は、2000年12月20日、東大阪労働基準監督署に労災の申請を行った。
 なお、会社は、被災者の労災申請に係る意見として、管理的業務を担当させたが、心理的・業務的にもノルマを与えたりしておらず組織的プレッシャーは与えていないこと、被災者の主任昇格は1996年4月でその後昇格したということはないこと、管理的業務を命ずるに際しても本人の希望を受け従前の機械作業部署からの所属変更はしていないこと等の理由から労災に該当する事由はないと述べている。

三、弁護団の取り組み
① 被災者の労働時間や、管理業務の内容について、その実態がはっきりしないことから、被災者の妻の聞き取りをはじめ、本件会社の退職者も含め、会社同僚4人から聞き取りを行った。また、現地調査にも行き作業状況の把握に努めた。幸いにも会社の同僚は調査に協力的で勤務の状況をある程度把握することができた。聞き取りの中では、被災者が、退勤時間については実際の時間より短く申告していたこと、周囲の記憶から被災者の労働時間は少なくとも月80時間以上の残業が認められたこと、管理的業務がミスマッチであり機械工に戻りたいと上司も含め周囲に話していたこと、自殺の2か月前くらいから笑うことが少なくなり泣き出すこともあったこと、などの事情が明らかとなった。
② また、「うつ病」と診断した医師からも事情聴取を行った。医師の当初の診断は、「うつ病」について深刻なものとの受け止めがあまりなされていなかったが、診断後の事情も踏まえて改めて意見書を作成してもらった。
③ 担当監督官との面談では、被災者側が行った聞き取り調査の結果も明らかにしながら、労働実態の把握のためには、同僚からの聞き取り調査が不可欠である旨を訴えた。

四、労災認定
① 担当監督官は、本件の調査にあたって、10数名から事情聴取を行うなどして、労働実態の把握につとめ、2002年3月19日、労災の認定をして、災害補償の支給を決定した。
② 認定の理由としては、1999年8月末頃には精神障害を発病していたことを前提に、新規事業の担当となったこと、仕事内容が大きく変化したこと、長時間労働が常態化していたこと等の事情があり、かつ、仕事内容の変化の程度、業務の困難性、能力・経験と仕事内容のギャップの程度等が著しく大きいことから、業務による心理的負荷が強いと認められ、他に心理的負荷及び個体的要因により精神障害を発病したと認められる事情もないことなどが考慮されたようで、まさに併せて一本という形の認定だったようである。
③ 本件労災認定によって、通常の労災補償金支給がなされるほか、会社の規定によって約3500万円の弔慰金が支給された。

五、若干の感想
① 本件は、前述のように、業務の内容及び実労働時間の特定が非常に困難な事案であった。この事案において認定がなされたのは、労働実態の調査に会社同僚が快く協力してくれたこと、担当監督官が熱心に多数の同僚等への聞き取り調査を行ったこと、他に精神障害を発症させるような事情が皆無であったことが幸いしたといえる。主任である大橋弁護士の地道な努力と「押し」がプラスに作用したことも否定できない。
② また、監督署の姿勢にもよるが、「判断指針」通達後、電通事件最高裁判決などが出たこともあって、「判断指針」の運用がより総合判断的になっているのではないかとも思える。 ③ さらに、本件を通じて、会社の弔慰金規定の適用も考えたとき、労災にあたるか否かの結論による影響はあまりに大きいものであるということも痛感した。
(民主法律時報363号・2002年8月)

2002/08/01