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看護師が健康で働け、患者の生命を守れる国立病院を! 国立循環器病センター看護師村上優子過労死事件への支援を訴えます 弁護士 岩城 穣(民主法律251号・2002年8月)

弁護士 岩城 穣

一 事案の概要
1 被災者村上優子さんは昭和50年9月10日生まれで、平成9年3月、国立大阪病院付属助産看護学校を卒業と同時に、同年四月、国立循環器病センター(大阪府吹田市)に看護婦として就職した。周知のように、同センターは国立病院の中でも、厚生労働省が直轄し、循環器病に対する最先端の医療をめざす医療施設である。優子さんはこの病院で、重傷、瀕死、高齢の患者の多い脳神経外科病棟での看護業務に従事してきた。

2 優子さんは就職後四年近く経った平成13年2月13日、遅出勤務(定時11時から19時30分)を21時30分ころ終了し、自宅に帰宅後頭痛に見舞われ、同僚にその旨連絡した。被災者の自宅に駆けつけた友人が被災者の状態を見て救急車を呼び、勤務先の国立循環器病センターに搬入され、2月14日手術を受けたが、同年3月10日、脳動脈瘤破裂を原因とするくも膜下出血により死亡した。

3 優子さんの両親の村上雅行さん、加代子さんは同年6月16日に行われた「過労死110番」に電話相談し、同年8月弁護団(岩城・有村・波多野)が結成され、調査を開始。その結果明らかになった業務の実態はすさまじく、また厚生労働省が直轄する国立病院では許されないものであった。
 (1) まず、看護師の業務そのものが、瀕死や重傷、高齢の患者の生死に関わるものであり、それ自体が身体的、精神的に過重なものであるうえ、
 (2) 早出(7:00~15:30)、日勤(8:30~17:00)、遅出(11:00~19:30)、準夜(16:30~1:00)、深夜(0:30~9:00)の5つの勤務シフトのローテーションによる極めて不規則な勤務であり、
 (3) しかも、超過勤務命令簿では、月に平均16時間の残業しかしていないことになっているが、実際には勤務開始前の情報収集、シフト間の引き継ぎ、看護研究の準備、新人教育などにより、月80時間にも及ぶ時間外労働が恒常化し、膨大なサービス残業が事実上強制されていたということである。
  これらの実態と、それによって優子さんが極限にまで疲労困憊していたことは、優子さんが友人たちに送ったメールの送信記録によって、相当程度明らかになったのである。

二 これまでの経過
H・2・13 優子さんがクモ膜下出血を発症し、勤務先病院に搬送され手術を受ける。
  3・10 勤務先病院で死亡。
  6・16 「過労死一一○番」に電話相談。
  8   当初の弁護団(岩城・有村・波多野)が結成され、調査を開始。
H・6・5  国立循環器病センターにて厚生労働大臣に対し公務災害認定請求
  7・30  「看護師・村上優子さんの過労死認定・裁判を支援する会」結成総会
  7・31  国を被告とする損害賠償請求訴訟提訴(弁護団に松丸・原野が加入)
  10・7  第1回口頭弁論期日(予定)

三 公務災害認定請求と、認定手続の問題点
1 両親と弁護団は、平成14年6月5日、国家公務員災害補償法第3条の実施機関である厚生労働大臣に対し、優子さんの死亡は、長時間・不規則勤務による過労死だとして、公務災害の認定請求を行った。

2 国家公務員の公務災害の認定は、その所属する省庁(実施機関)が行うことになっている(国家公務員災害補償法第三条 、人事院規則16―0(職員の災害補償)第5条)。しかし、公務災害の認定を行う当の省庁自身が、違法なサービス残業を行わせていたことを認めるであろうか。いわば、会社の社長に、社員の死亡が過労死だと認めてくれというようなものである。
  この点、民間企業の場合は第三者機関である労働基準監督署が労災認定を行うことになっており、また地方公務員の場合は、一応第三者機関である地方公務員災害補償基金が公務災害の認定を行うことになっているが、国家公務員だけは当の省庁自身が認定を行うことになっているのである。このようなシステムは、極めて不公正なものといわなければならない。

3 他方、国立病院の場合、実施機関である省庁は、サービス残業をなくすよう指導する立場にある厚生労働省自身である。従ってこの認定闘争は、厚生労働省に、国立病院におけるサービス残業の存在と、優子さんの死亡を過労死と認めさせ、国立病院での違法なサービス残業を是正させる闘いなのである。

4 これまで、国立病院の看護師の過労死が公務災害と認定された例はない。国立療養所恵那病院の看護師であったYさんが平成7年4月13日脳出血で倒れ、同年5月5日に死亡した事案について、平成8年1月30日公務外決定がなされ、人事院に対して審査請求がなされたが、平成9年10月27日棄却された前例がある。
  しかし、行政訴訟では、看護師の過労死の業務上(公務上)認定の判決は2件あり、いずれも看護労働自体の過重性を認め、月10時間前後の少ない時間外労働でも原告は勝訴しているのである。
  本件で優子さんの死亡を公務災害と認めさせることは、看護師の過労死を広く救済していくうえで、決定的に重要である。

四 国に対する損害賠償訴訟提起の理由と重要性
1 優子さんの両親と弁護団は、公務災害の認定請求にとどまらず、あえて、使用者である国に対し、損害賠償請求訴訟を起こすことにした。
  その理由は、
①現在の国家公務員の公務災害認定手続には前述のような手続的な欠陥があり、行政手続における認定闘争だけでは勝利は困難であること、
②実際のサービス残業を含む長労働時間や不規則・過密労働の実態を明らかにするには、関係者の記憶が風化する前に法廷での主張立証や尋問を行い、行政手続と裁判闘争を相乗的に行うことが効果的であること、
③優子さんの働き方が決して特別ではなく、国立病院全体(更には民間も含めた医療現場全体)で同じような実態があり、国立病院全体における看護師不足やサービス残業の問題にぶつからざるを得ないことから、国会での取り上げも含めた全国的な運動と世論が必要であり、そのためには優子さんの過労死の責任を明確にさせる裁判闘争が必要かつ効果的であること、
にある。

2 したがって、この民事訴訟は、次の点で極めて重要な意義を有する。
(1) 国家公務員で全国初の過労死損害賠償提訴であること
  国家公務員の過労死について、全国で初めての安全配慮義務違反にもとづく損害賠償請求の提訴である。国も使用者として過労死に対して責任を負うことを明らかにすることは、国に襟を正させ、民間企業も含めた使用者の安全配慮義務をより明確にするものである。
(2) 労働者の過労死の補償と予防に責任を有する厚生労働省(国)に対する損害賠償請求であること
  厚生労働省は平成13年12月12日、蓄積疲労を重視し、発症前6か月間について月80時間~100時間の時間外労働を行っていた場合は過労死として労災認定を行うとする通達を出した(基発第1063号)。
  更に厚生労働省は平成14年2月12日、「過重労働による健康障害防止のための総合対策について」(基発第0212001号)で、過労死の新認定基準に沿って、過労死を予防するための通達も出している。
  この訴訟は、他ならぬ厚生労働省自身が、自ら定めたこれらの認定基準や通達に違背して、被災者に月約八〇時間もの長時間労働をさせてきたことの安全配慮義務違反を問う訴訟である。
  更に、厚生労働省は平成13年4月6日の通達「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準」(基発第339号)において、過重な長時間労働を防止する等のため、タイムレコーダーあるいは適正な自己申告制の運用によって、労働時間を適正に把握することを事業主に義務づけている。にもかかわらず、循環器病センターをはじめ国立病院ではこのような措置はまったく執られていない。この訴訟は、厚生労働省に「まず隗より始めさせる」闘いである。
  このように、この訴訟は、厚生労働省に、自ら認定基準を守らせ、本気で現在の過労死社会、無法状態を正す労働行政を行わせる闘いである。
(3) 医療現場の労働条件を改善し、患者の生命と健康を守る闘いであること
  国立病院をはじめ多くの医療現場では、看護師は深夜・交替勤務というそれ自体過重な勤務に加えて、本件のような長時間の時間外労働が恒常化し、優子さんのような過労死が後を絶たず、また看護師の健康障害や早期退職が深刻な問題となっている。看護師自らが健康で働けず、過労死までしてしまう職場で、患者の生命や健康を守ることができるのであろうか。
  この闘いは、看護師ら医療現場で働く人々の労働条件を改善し、患者の生命と健康を守ることのできる医療現場にしていく闘いである。

五 勝利のために支援を!
  前述のように、この闘いは国民的な運動や世論がないと勝てないし、運動や世論が広がれば必ず勝てる闘いである。
  去る7月30日、全医労近畿地方協議会、大阪医労連、大阪国公、大阪労連等の幅広い労働組合を中心に「看護師・村上優子さんの過労死認定・裁判を支援する会」が結成され、支援の輪が急速に広がりつつある。
  支援者の皆さんには、国立病院の看護業務の実態調査、厚生労働省や裁判所への要請署名や法廷傍聴、労働者や国民に広く事件を知らせるためのニュースの発行やホームページの開設、国会議員に対する要請、シンポジウム・学習会の開催など、創意工夫をこらしてぜひ取り組んでいただきたいと思う。
  1人でも多くの皆さんのご支援、ご協力をお願いする次第である。
  (弁護団 松丸正、原野早知子、有村とく子、波多野進、岩城穣)
(民主法律251号・2002年8月)

2002/08/01