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現職警察官(交番勤務)の過労死事案について 弁護士 西 晃(民主法律時報358号・2002年3月)

弁護士 西   晃

1、事案の概要
 大阪府警H警察署管内において交番勤務をしていた巡査Aさん(当時24歳、以下被災者)が 盗難現場で捜査に従事中急性死したのは、平成5年7月24日午前0時すぎのことであった。その日、被災者は捜査中たまたますぐ横の道路を暴走族のオートバイが通り過ぎるのをみて、無線で手配を終えた後突然倒れ、そのまま死亡したものである。搬送された病院の医師によると「急性虚血性心疾患(疑)」であり、発症経過から考えても被災者の死因は冠動脈疾患あるいは致死性不整脈による心臓突然死と考えられる。
 被災者は実務経験1年8ケ月の新任巡査であり、率先して仕事をせざるを得ない状況にあり、本人の性格も非常にまじめで警察官の仕事に誠実に取り組んでいたこと等から、本件発症1年前から、その所定業務との対比においても、また他の同僚との対比においても、多くの時間外労働を行なってきた。
 被災者の場合、もともと所定業務内容それ自体が深夜を含む不規則勤務であり、1回の勤務は23~25時間という長時間に及ぶものであり、その拘束時間中に含まれる休憩時間も、警察官という職務の性質上最初から「自由利用の原則」が排除されているなど極めて拘束性の強いものであった。これに加え、恒常的な人手不足からくる1人勤務体制(昼間・所定では2人以上)が日常化しており、これらがあいまって被災者の時間外労働の多さの原因となっていたのである。
 被災者は発症1ケ月前には、その年東京で開かれた東京サミットに関連して通常の勤務と異なる特別勤務(治安警備)に従事しているが、これは緊急度・危険度の高い勤務であり、拘束時間が連続28時間にも及ぶものであった。
 しかもこの間東京へ応援要員を派遣する必要上、より少ない人数で従前の勤務をこなしていたため、一層勤務が過重になっていた。そして発症前1週間の被災者の勤務の実態は、
① 警察勤務の規程上では異例の取扱い となる拘束時間の長い拘束25時間勤務が3回連続していた(通常は拘束時間23時間勤務と25時間勤務 が交互にくるようになっていた)。
② 7月17日から18日にかけては、地域の神社の祭礼警備のため、たった1回の勤務において合計4、5時間もの超過勤務が命じられており、 通常の交番勤務の超過勤務時間を大幅に超えていた。
③ その次の7月20日から21日にかけての勤務では、疲れの最もたまる 深夜(前日の午後10時から翌日の午前5時)の時間帯において、次から次へと処理すべき事案があり、そのために本来連続四時間は与えられるべき仮眠はおろか、まともな休憩時間すらなかった。
④ さらにこの日、本来であれば勤務が終了するはずの午前八時になって、近隣の交番修理工事の立会いという雑用が命じられていること。
⑤ 発症前日より当日にかけては、所定より少ない1人勤務の中で連続して処理しなければならない事案があり、就勤後発症までほとんどまともに休憩ができない状況にあった。

2、公務上認定請求の経過
 被災者の遺族(父親)からの公務災害の認定請求に対し、地方公務員災害補償基金大阪府支部長(平成7年12月五日付)、支部審査会(平成9年3月7日付)、本部審査会(平成10年3月4日付)ともいずれも「被災者は通常の勤務状態で、勤務中に死亡の原因となるような特別の事象が起こったわけでなく、公務との因果関係はない」として公務外の判断をなした。

3、第一審判決(大阪地方裁判所第5民事部平成10年(行ウ)四○号、労働判例795号62頁、判例タイムス1061号212頁)
 平成12年6月26日、大阪地方裁判所第5民事部(松本哲泓裁判長、川畑公美裁判官、西森みゆき裁判官)は基金支部の判断を覆し、公務上との判決を下した。判決理由で、同裁判所は「被災者の勤務は不規則で、拘束時間も25時間という長いものだった。死亡前の同年六月には東京サミット関連の警備でジュラルミン製のチョッキなどの重装備を装着しての28時間勤務もあった」として、発症と公務との因果関係を認めた。被災者の公務の実態を素直にみた良識ある判断であった。

4、控訴審(大阪高等裁判所第2民事部平成12年(行コ)68号)
 事件は基金支部長が控訴し、大阪高等裁判所第2民事部に係属してきた。 基金支部長は高裁段階になって(それまで自らも心臓疾患であるとしていたにもかからず)、突如被災者の死亡原因を脳血管疾患(くも膜下出血)であるとする新たな医師の意見書を提出してきた。
 控訴審における争点は、被災者の死因論と公務の過重性の有無であった。 平成14年1月30日、大阪高裁第二民事部(浅野正樹裁判長、東畑良雄裁判官、浅見宣義裁判官)は基金支部の控訴を棄却する判決を下した。控訴審においては、被災者の死因を「くも膜下出血である」とする基金の主張を排斥した上、
① 長時間、不規則勤務、深夜勤務、心理的ストレスが冠動脈疾患、致死的不整脈や突然死を引き起こす可能性は医学的に肯定されている。
② 国も上記諸要因を認定基準に取り込むよう見直しを開始している。
とした上で、「被災者の発症前1週間、同1ヶ月、ないし6ヶ月の勤務状態(勤務形態、勤務内容、勤務時間等)及び医学的所見等を総合考慮すれば、被災者の公務と死亡との間には相当因果関係が認められる」と判断した。
 この点に関して基金は「他の交番勤務の巡査が発症していない点」を指摘し、公務過重性を争っていたが、控訴審では「公務と被災者の死亡との因果関係はあくまで個別的・具体的なもの」とし本件での被災者の勤務状況を個別的に判断した。さらに判決では「・・警察官という被災者の勤務内容は、ひとつひとつ真面目におこなうとすればかなり厳しいものである上、現実の被災者の勤務はマニュアルどおりには行われておらず時間外勤務も恒常化していたこと、他方で必ずしも規定どおり勤務に従事していない巡査もいること(基金側申請にかかる証人の証言)などに照らせば、仮に他の交番勤務の巡査が発症しなかったとしても、これをもって、過重性や因果関係が否定されるとまではいえない」と締めくくった。原審と同様、良識ある判断であった。

5、本判決は上告なく確定した。尚弁護団は私と池田直樹弁護士(39期)の2人である。

2002/03/01