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研修医の過労死に初の司法判断  弁護士 岡崎守延(民主法律時報358号・2002年3月)

弁護士 岡 崎 守 延

一、本年2月25日に、大阪地方裁判所第15民事部において、研修医の過労死に付き、使用者である関西医科大学に対して損害賠償を命じる、初の司法判断が下された。

二、本件は、1998年6月1日より関西医科大学に研修医として勤務を始 めた森大仁(ひろひと)さんが、同年8月16日の午前0時頃、過労を原因とする急性心筋梗塞症にて亡くなったことに基づき、遺族であるご両親から使用者である関西医科大学に対して、過労死の損害賠償を求めた事件である。
 本件に先立って、同じ事案に関し、最低賃金法に定める賃金に満たない差額賃金の支払、並びに私立学校共済保険への未加入による遺族補償受給権の侵害に対する損害賠償を求めた2つの事件について、昨年8月29日に大阪地方裁判所堺支部にて判決がなされている。
 この2つの事件では、研修医の労働者性が最大の争点とされたが、同裁判所において、研修医を労働者と認める画期的な初の司法判断がなされている。

三、森大仁さんは、1998年6月1日より関西医科大学にて勤務を始めて から、午前7時30分~午後10時という1日14時間半にも及ぶ長時間勤務を、連日余儀なくされた。  大仁さんは、平日のみならず、土日も休まず勤務を続け、上記堺支部判決の認定によっても、亡くなる8月15日までの約2カ月半の間に、実に計388時間30分もの時間外勤務に就いたことが認められている。
 この中には、深夜勤務54時間、休日勤務126時間も含まれるという過酷さである。  この中で大仁さんは、定期的に夜勤(副直)にも就いているが、驚くべきことに、夜勤明けでも休暇はなく、そのまま午前7時30分からの通常勤務に従事する実態であった。これによって大仁さんは、実に38時間半もの連続勤務に、再三従事していたものである。

四、大仁さんは、この様な異常な長時間勤務の結果、過労を原因とする急性 心筋梗塞症を発症して、勤務開始から僅か2カ月半でなくなった。医師としての希望と使命に燃えながら、僅か2カ月半で死という結果に至ったことは、ご本人は勿論、ご両親ご家族にとって、無念極まりないことであった。
 ご両親は、大仁さんの死亡の原因が、長時間勤務による過労以外に考えられず、関西医科大学にその確認と責任を求めたが、関西医科大学はこれに全く応じなかった。
 この為ご両親は、大仁さんの死亡の原因と責任を明らかにすべく、訴訟を提起した経過である。

五、訴訟の争点は、第1に、上記堺支部判決と同様に、研修医が労働者とい えるかどうかである。
 そして第2に、研修医の勤務が過労死を引き起こすほどの過酷さを有しているかどうかである。
 更に第3に、大仁さんの死亡に付き大仁さん自身にも責任があるかどうか、即ち過失相殺の問題である。

六、第1の争点である研修医の労働者性につき、関西医科大学は「研修は教育だから研修医は労働者ではない」と述べたが、判決は「研修医と被告病院の間には、教育的側面があることを加味しても、労働契約と同様な指揮命令関係を認めることができる」と判示した。
 第2に、勤務の加重性であるが、関西医科大学は「研修は教育であって研修医は学生に準じる立場であるから、過酷な要素はない」と主張した。
 しかし判決は、上記長時間勤務に加えて、勤務の内容も甚だ過酷なものであるとして、関西医科大学に対し大仁さんに対する安全配慮義務違反を認めた。

七、本件にあっては、やはり何といっても勤務時間の長さが際立っている。  昨年末に厚生労働省より新たな労災認定基準が発表されたが、そこでは「発症1か月前に100時間を超える残業のあるときは、業務と発症との関連性が強い」とされている。
 本件では、前記のとおり、「発症1か月前」をとっても時間外勤務は150時間に達しており、しかもこの状態が2か月半も続いている。
 本件は、この新基準の定める残業時間を遥かに超えており、判決も、この点を業務起因性の最大の要素と見たところである。
八、第三の争点である過失相殺について、判決はこれを全く認めなかった。
 関西医科大学は、「研修医は医師なのだから、自分の体は自分で管理すべき」と主張した。
 しかし判決は、業務の過重さからして「研修医が研修を休んで診察を受けることを期待することは、被告(関西医科大学)が負う安全配慮義務に照らすと、酷にすぎる」として、関西医科大学の主張を退けた。

九、最後に、本判決の意義であるが、本件は、ひとり森大仁さんに関する権利の救済という、個別的意義に全く止まらない。
 研修医は、程度の差こそあれ、どこの医療機関でも、充分な労働条件が保証されているとは到底言い難い。よって本件は、研修医全体の労働条件の向上に大きく資するものである。  現在、2004年4月からの研修医制度の改正に向けて、関係機関で議論が続いているが、本件の判断は、その新制度の内容にも大きく影響せざるを得ない。
 また、この労働条件の問題は、研修医のみに止まらず、医師全体にも共通する問題である。圧倒的多数の医師もまた、研修医と同様に、長時間勤務を始めとする、甚だ過酷な労働条件のもとでの勤務を強いられている。
 「無給医」などという、一般の社会では凡そ考えられないようなことが、疑問なく実行されている。本件は、かかる医師全体の労働条件についても、その改善を迫るものである。
 そして、より一層大きい点は、我々医療を受ける国民にとっての意義である。昨今、医師或いは研修医の医療過誤事件の報告が後を絶たないが、この大きな要因の1つとして、医師及び研修医の劣悪な労働条件が指摘される。
 本件でも認められるように、研修医は、1日15時間半にも及ぶ長時間勤務を強いられる一方で、給料も健康保険も保障されないという、過酷な実態に置かれている。この長時間労働は、医師も全く同様である。
 この様に、医師、研修医が医療に専念できない状態にあっては、その結果として、不十分な医療技術の中での事故、並びに疲労した勤務の中での事故という事態は必然である。
 我々国民が、安心して良好な医療を受けうる為にも、研修医制度の改善、及び医師の勤務条件の改善は不可欠と言える。  本判決は、この様な国民医療の改善にとっても、重要な問題提起を行っていると評価できる。

2002/03/01