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過労自殺・精神障害労災認定に前進 精神障害の労災認定に係る専門検討会報告について 弁護士 松丸 正(民主法律時報327号・1999年8月)

弁護士 松丸 正

 労働省は、7月30日、「精神障害等の労災認定に係わる専門検討会報告」を発表しました。
 これにより、過労自殺の認定が広がるとマスコミも報道しています。
 過労自殺問題に取り組んでおられる松丸 正弁護士にその内容やこれまでより進んでいる点、またこれからの課題についてQ&A方式で書いていただきました。


Q 仕事による過労・ストレスが原因で精神障害になったり、自殺した場合の労災認定について、労働省の専門検討会が本年7月29日報告をまとめたとのことです。この報告が行なわれた背景について説明して下さい。

A 業務による心理的負荷を原因とする精神障害、自殺についての労災請求は、「過労死110番」で過労自殺を重点的に取り上げ始めた97年度以降急速に増加し、毎年40件以上になっています。
 また98年度には自殺者が3万人を超し、そのなかでも不況・リストラのなかでの中高年労働者の勤務問題を原因とする自殺者が急増しました。
 このような背景のなかで、労働省は98年2月から精神医学、心理学、法律学の研究者に、過労自殺等の業務起因性についての認定基準づくりのための専門検討会をつくり、今回その報告が行なわれたものです。今秋には、この報告をふまえて、労働省の認定基準が発表される予定です。

Q 従来の労働省の考え方では、精神障害を心因性、内因性にわけて、心因性のみを業務上判断の対象としてきましたが、その点についてはどう述べていますか。

A 精神分裂症やそううつ病等、原因のよくわからない精神病は(素因、特に遺伝因が強いだろうという推定のもとに)内因性精神病として呼ばれていました。しかし、報告は精神障害は単一の病因でなく、素因、環境因(身体因、心因)の複数の病因が関与するものであるとしています。
 そのうえでWHO(世界保健機構)が提唱している、国際疾病分類(ICD-10)第Ⅴ章に示された「精神および行動の障害」を労災補償の対象としており、このなかには精神分裂症等の内因性と言われてきた疾病も含まれています。
 今まで除外されてきた内因性精神疾患も含め、業務に起因するすべての精神障害に対象を拡大したことは大きな前進です。

Q 報告のなかで「ストレス─脆弱性」理論に依拠することが適当と述べられていますが、どのような理論ですか。

A 環境からくるストレスと個体側の反応性・脆弱性との関係で精神的破綻が生じるかどうかが決まるとの考え方です。
 ストレスが非常に強ければ、個体側の脆弱性が小さくても精神障害が起こるし、逆に脆弱性が大きければ、ストレスが小さくても破綻が生ずるとしています。
 ただし、報告はストレスの強度は多くの人々が一般的にどう受け止めるかという客観的な評価に基づくものによって理解されるとしています。
 即ち、業務起因性を考えるにあたっては、ストレスを個人が主観的にどう受け止めたかによってではなく、同種労働者はどう受け止めるであろうかという基準で評価されたストレス強度によるべきとする立場なのです。
 脳・心の過労死についての認定基準と同様、当該労働者基準ではなく、同僚労働者基準に立つものです。
 この点は、仕事上のストレスで発症した場合でも、個人の脆弱性や主観等の個体的要因によるものとして業務外とされてしまうことになり、納得できるものではありません。

Q 従来、労働省は遺書があるケースについては「故意による死亡」(労災保険法第12条の2の2第1項)として、保険給付の対象外とし、うつ病等による心神喪失等高度の精神障害の状態で自殺した場合のみ労災の対象にしてきました。この点についてはどのように述べていますか。

A 報告は精神障害に係る自殺については「精神障害によって正常な認識、行為選択能力が著しく阻害され、あるいは、自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態」で行なわれた場合には、故意には該当しないと解するのが妥当としています。
 また、当該精神障害が一般的に強い自殺念慮を伴うことが知られている場合には、正常な認識等が著しく阻害されていたと推定するとの取扱いが妥当としています。
 遺書についてはその存在そのもののみで正常な認識、行為選択能力及び抑制力が著しく阻害されていなかったとすることは必ずしも妥当でないとしています。
 更に、むしろ精神障害発病の積極的証明と成り得るものとし、問題はその表現、内容、作成時の状況等であると述べています。
 この点は今後の過労自殺の認定の門戸を広げる大きな前進として評価されます。

Q 業務によるストレスの評価方法についてはどのように述べていますか。

A 職場と職場以外におけるストレス評価表(強度Ⅰ、Ⅱ、Ⅲに分類)をもって評価するとしています。
 評価表には事故や災害の体験、仕事の失敗・過重な責任の発生等、仕事の量、質等の変化、身分・地位・役割の変化等をあげられています。また従来の過労自殺では常態的な長時間労働が注目されてきましたが、精神障害の準備状態を形成する要因となっている可能性があり、出来事自体のストレス強度はより強く評価されるとしています。
 長時間労働がなくてもストレス強度の高い仕事上の出来事があれば業務上と認められることを前提にしていると考えられるでしょう。

Q 出来事によるストレスの評価期間についてはどうですか。

A 精神障害の発病から遡れば遡るほど出来事と発病との関連性を理解するのが困難なこと、ICD-10で外傷後ストレス障害の診断ガイドラインに「心的外傷後、数週から数カ月にわたる潜伏期間(しかし6カ月を超えることは稀)」とされていることも参考にしたうえ、発症前6カ月の出来事を評価の対象とするとしています。
 退職後発病した事案(退職強要に係る事案を除く)については、退職後概ね1カ月以内に発病したとする確定診断がまず必要としています。

Q この報告により今後の過労自殺の認定の門戸は広がるのでしょうか。

A 今回の報告は、基本的には従来の労働省の被災者、遺族の補償の切捨ての認定のあり方にメスを入れ、認定の門戸を広げるものです。
 今秋に予定される労働省の認定基準がこの報告の積極面を取り入れた合理的なものになるよう労働省に働きかけるとともに、自殺に対する偏見の強さにたじろいで労災請求手続をためらっている遺族(平成10年度の勤務問題を理由とすることが明らかな自殺者は警察庁の調査では1877件に達している。)を励まし、請求件数を増やす取り組みを「過労死110番」を中心に進めたいと思います。

※なお、報告書の全文(付録も含めて70頁)は私まで御一報頂けましたら送付します。
 (0722-32-5188)
(民主法律時報327号・1999年8月)

1999/08/01