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Sさん過労自殺事件報告 弁護士 角野とく子(民主法律時報326号・1999年7月)

弁護士 角野 とく子

一、7月9日、大阪西労基署へSさんの過労自殺事件について労災申請をしました。本件は、過労死弁護団が取り組んでいる「過労死110番」への相談の中から事件となったものです。
 Sさんは、ある中小鋼管会社の営業部門において唯一のコンピューター専門家として、プログラミングや情報管理の仕事に従事していました。平成9年より、会社では、コンピューターの2000年間題(西暦の末尾2桁が00となることから、コンピューターが、これを1900年と誤認し、集積した情報の管理・運用ができなくなってしまうという問題)が浮上し、その対応に負われるなかで、Sさんはうつ病となり、平成10年2月28日、自宅のある高層マンションから投身自殺をされました。

二、Sさんの会社での労働時間そのものは、それほど長時間というわけではありませんでした。しかし、2000年間題に対応するため、会社の業務に精通したSさんは日常業務に加えて、それまで業務用に作成してきた独自のソフトの数々をコスト削減のため選別し切り捨てる作業も行わなければなりませんでした。こうした期限の迫るなかでの仕事はSさんにとって極めて強い精神的負荷のかかるものでした。また、会社がこの間題に対応するため、若いコンピューター技師を平成10年1月になって新たに雇い入れたことも、かえって、Sさんには相当なプレッシャーになったようです。本件は、業務の質的な過重性が問題となる点で特徴的な事案です。

三、Sさんは、亡くなる直前に精神科を受診していました。担当医師から私たち代理人が聞き取りをしたところ、Sさんは間違いなくうつ痛であったこと、仕事に対して強いストレスを感じていたこと、受診時点で既に自殺の危険性が伺えたことなどが確認されました。
 会社に赴き、Sさんの当時の上司や件のコンピューター技師から生前の仕事・人間関係等について聞き取りも行いました。
 この事件は、私が弁護士登録をして間もない頃、岩城先生よりご紹介を受け、松本七哉先生、杉島先生とともに弁護団に参加させてもらった事件です。
 あれから1年3か月、遺族や会社、精神科の先生からの聞き取りをもとに意見書を作成し、ようやく労災申請ができました。
 申請の前に朝日新聞より取材があり、この事件は2000年間題がきっかけとなっていることもあって、比較的大きく新聞で取り上げられました。記事になったとたん、他のマスコミ関係の人びとからも取材を受けることとなりました。
 Sさんは、家庭では優しい夫であり二人の幼子のお父さんでした。奥さんの話では、亡くなる数ヶ月前までは、夏の旅行の計画も立て、楽しみにしていたそうです。仕事の他にうつ病になるような原因は見当たらないといいます。
 今後は労基署の調査の動向に目を配りながら、適宜意見書を補充し、業務上認定を勝ち取りたいと思っています。
(民主法律時報326号・1999年7月)

1999/07/01