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過労疾病事件で企業責任を認める初の大阪地裁判決 弁護士 財前昌和(民主法律時報300号・1997年3月)

一、裁判の経緯
 私が弁護士1年目に受任し、1992年2月4日西野田労働基準監督署長から労災として認定されていたK事件(本人救命の過労疾病事件)について、同年10月30日、大阪地方裁判所に使用者の安全配慮義務違反を問う損害賠償請求事件を提訴した。この事件について、1996年10月24日、4800万円余りの損害賠償義務を認める判決が下された。右判決は無事確定したのでご報告する。

二、発症状況
 被災者は昭和12年生まれの男性。業務内容は照明制御装置(ディスコのミラーボールをコントロールするもの)の設計・施工することを業務内容としていた。1988年月6日、軽い脳血栓を発症したが、その後も仕事を休むことができず、結局同月19日、脳梗塞を発症し倒れたという事案である。

三、労働者性(争点その1)
 労災認定が出た時点で既に民主法律時報(250号)や民主法律(211号)で報告済みなのでこの点は簡単に説明すると、労災申請段階での主な争点は、①Kさんの労働者性、②業務の過重性の2点だった。
 まず労働者性だが、Kさんは会社に就職する以前自宅で請負のような形で仕事をしていたという経過があったため、両者の間に、源泉徴収をしない、社会保険に入れないなどの以前の関係の残操が残っており、この点が争点となった。
 しかし、Kさんは他の従業員と同じ様に毎朝午前九時に州社してタイムカードを記入し、また、会社内の作業場で作業を行うことが義務付けられていた(時間的・場所的拘束性)。またKさんに対する報酬は、タイムカードに記載された労働時間に基づいて計算されていた(経済的対価の決定方法)。
 その他、Kさんは他の会社から仕事を受ける自由はなく会社の仕事のみを行う立場にあったこと、作業のための資材・消耗材・道具のほとんどを会社から提供ないし貸与されていたこと、会社の肩書で外部の業者に発注を行っており対外的にも会社の労働者と見られていたこと、などから労基署は労働者と認めた。
 判決も、明確な雇用契約は存在しないけれども、会社に出勤して作業をするようになりタイムカードを押すようになった以降は、会社の管理のもとにおかれ、もっぱら会社の仕事をしていたと認められるとして、単なる請負関係ではなく、雇用契約に準ずる実質的使用従属関係があったと認定した。なお、労災申請事件の場合には労働者か請負人かが決定的争点となるが、安全配慮義務違反による損害賠償請求事件の場合には、請負であっても注文者が安全配慮義務を負う場合があるのでややこの争点の重みが違う。

四、業務過重性(争点その2)
 この点に関してはKさんのタイムカードがあったことが大きい。実際にはタイムカードより長いが、それによっても、1987年9月(約278時間)、10月 (約329時間)、11月(約390時間)、12月(約385時間)となっており、業務過重性は明らかだった。ただ、労災申請事件の場合には客観的に業務が過重であることが明らかになればいいのに対して、損害賠償請求事件の場合には、その点につき使用者に安全配慮義務違反があると言えなければならない。この点が訴訟における一つの大きな争点だった。
 訴訟では、業務過重性については、Kさんの詳しい陳述書と本人尋問の他、既に退職した社員の方に証人として出てもらい、また、その方の当時の日誌を書証として出し、念を押した。安全配慮義務違反については、Kさんの過重な業務実態について会社側が認識していたこと、それにもかかわらず会社内には技術者がKさんしかおらず改善措置を取らなかったこと、健康管理をまったくしていなかったことなどを被告社長への反対尋問で立証した。この点を判決はそのまま認定している。

五、旧会社と新会社との法人格否認(争点その3)
 ところが訴訟となって思わぬ争点が出てきた。Kさん発症後会社の社長が会社の財産を商号の全く同じ別の会社に移転していることが判明した。明らかに債務免脱目的の濫用事例であったが、そんなことなど全く予想せずに提訴したため、訴訟の前半はその立証で苦労した。この点について、新会社に対して、①法人格否認、②商法26条1項による商号を続用した営業譲受人の責任の2点を主張した。社長や会社側証人への反対尋問で両者の同一性はかなり立証できたと考えたが、裁判所は勝たせやすい商法26条1項によって新会社の責任を認めた。同条項の解釈として目新しいのは、「安全配慮義務違反に基づく損害賠償義務は、営業活動から生じる債務であり、同条項にいう営業に関する債務といいうる」という判示部分だろう。こんなことが問題となった裁判例はないのではないか。

六、取締役の第三者に対する責任(争点その4)
 この争点に関連するもう一つの大きな問題は社長個人の責任追及である。当初は新会社しか被告にしていなかったが、その後の訴訟の経過をて社長個人の責任も追及すべきであると考え、追加で訴えを起こした。請求の根拠は、①法人格否認、つまり、旧会杵も新会社も結局社長個人に支配きれており、三者は同一人格であるとの主張、②商法266条の3による取締役の第三者に対する責任の2つを立てた。
 この点については残念ながら判決では認められなかった。法人格む認については両者が「同一視できるほど法人格が形骸化していたとは認められない」と判示された。右判断についても反論したい点はあるが、それよりも興味深いのは取締役の第三者に対する責任に関する判示である。判決は、従業員も同条の「第三者」に含め、会社の安全配慮義務違反によって従業員が労働災害を被った場合、事案によっては取締役の責任が発生することを認めた。その上で、本件の場合に社長に「その職務を行うに付き悪意又は重大なる過失」があったと言えるかどうかを検討し、軽過失はあるかのような口ぶりながら最終的には重過失を否定している。
 安全配慮義務違反について商法266条の3による取締役の責任を主張したケースは珍しいのではないだろうか。今から考えると、軽過失でも責任を問える別の法律構成、例えば、民法44条2項による責任を追及する、端的に社長個人を不法行為者と構成して民法709条による責任を追及する、会社の安全配慮義務の履行補助者と構成して債務不履行責任を追及するなどいろいろ考えられる。ただ、Kさんが控訴を望まなかったので確定Lてしまったので残念である。今後の課題としたい。

七 過失相殺(争点その5)
 判決は、「原告は、自分で健康管理をし、仕事の調整を行わなくてはならなかった面もあったこと」を根拠に3割の過失相殺をした。不満も残るが、通常の労災事件と比べると比較的相殺の割合は低いと思うがいかがでしょう。なお、本事件は弁護団は組んでいません。
(民主法律時報298号・1997年1月)

1997/03/01