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過労死遺家族の救済の後退を許してはならない 弁護士 松丸 正(民主法律219号・1994年2月)

弁護士 松丸 正

 過労死問題を考えるとき、その運動は過労死遺家族の救済(労災・公務上認定)を原点として始まり、その到達点を考えるときにも、その救済の現状がその基点にすえられなくてはならない。
 過労死遺家族の救済は進んでいるのか。この問いに対する答えは率直に言ってNOと言わざるを得ない。確かに個別の事件については労働組合の支援なども得るなか成果をあげることができたケースもある。また、不支給処分取消訴訟の判決での前進面もある(原告・遺家族勝訴率二三%)。
 しかし、過労死の認定を得ることができた件数は、別表一、二、三、四にあるとおり平成三年度において民間労働者三四件、地方公務員二六件、国家公務員一五件の計七五件にとどまっている(なお、一〇万人当り認定件数は民間労働者○・○八件に対し、地方公務員○・八○、国家公務員一・三八件となっている)。
 民間労働者即ち労災保険における年度別の認定数は別紙一のとおりである。この間の過労死の認定請求数は六〇〇~七〇〇件前後、認定数は三〇件前後に終始している。認定率は五%以下という、極めて狭いものとなっている。更に平成四年度の資料によれば、請求件数は四五八件と減少し、認定数は一八件と従来の半分近くにも減少しているのである。

 過労死問題が大きな社会問題として注目されているにも拘らず、なぜ、このような状況となっているのか。
 請求件数の減少の原因の一つは、余りにも狭い認定の門戸並びに長期間に亘る審査手続、訴訟を知った遺家族がたじろぎ、請求に至らずして断念していることである。当然労災認定されて然るべき過重な仕事をしていた夫をなくしたある奥さんは、労災認定の門戸の狭さそして認定をとるための道のりの遠さを知り、労災請求を諦め、精神的な世界での救済を見出そうとしている。

 平成六年一月、経済企画庁経済研究所の前総括主任研究官が「働き過ぎと健康障害」という研究論文を発表し、そのながで、過労死の認定基準を緩和する必要を主張し、「疲労の蓄積は一日あるいは一週間の期間だけでなく、数カ月あるいは数年の期間にわたる場合が多いことを認める必要があろう」と述べている。
 そのうえで、年間の過労死の認定件数(民間・公務労働者を含んで)を一〇〇〇件程度に拡大しても、財政上は負担増を図ることなく対応できることを試算している(別表四)。加えて、「『過労死」についての認定基準を緩和するという公的政策が打ち出されると、業務上外の認定を巡る紛争は目立って減少するであろう。同時に、『過労死』問題に対する経営者の意識が改革されて、企業側で積極的な防災努力が行われると期待される。労働基準監督署という公的機関によって『過労死』が積極的に認定されるようになると、従来は企業組織の下部段階で、極めて特殊なケース、あるいは個人的な問題として処理されて潜在化していた問題が、経営責任者の重要な関心事項となるからである。その結果、補償を必要とするような事故の』発生件数自体が次第に減少していくと考えられる。」と提言している。

 このまま過労死の認定請求件数、認定件数が減少すれば、遺家族の救済は困難となり、過労死とそれを生み出す労働条件、労働環境は隠蔽される事態を生み出すことになろう。 しかし、この研究論文にもあるように、過労死の認定件数を飛躍的に増加させることは、財政的に何ら問題なく、またそうすることが、過労死をなくすために不可欠である。
 過労死の遺家族の救済は大きな分岐点を迎えている。
 全国過労死家族の会等は、労災認定の基準の緩和等を求める署名に取り組んでいるが、未だ労働組合等の充分な支援もなく、細々としたものに止まっている。過労死認定の件数を飛躍的に増加させる運動を今すぐ強めることが急務である。
(民主法律219号・1994年2月)

1994/02/01