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過労死問題の現状と課題 弁護士 脇山 拓(民主法律219号・1994年2月)

弁護士 脇山 拓

一、はじめに
  「過労死」とは、「過労により入間の生体リズムか崩壊し、生命維持機能に致命的破綻をきたした状態(死亡に限らない)をいう(過労死弁護団全国連絡会議編「過労死」)。
  過労死弁護団を中心に}九八八年から取り組まれている「過労死一一〇番」全国連絡ネットに寄せられた相談件数は既に三〇〇〇件を越えた。その相談の多くは、「会社のために働いて死んだのに労災にはならないのか。会社に責任はないのか」という悲痛な叫びである(毎年大阪での過労死一一〇番に寄せられた事例については、民主法律時報や民主法律総会特集号に毎回載せられているので参考にされたい)。
  こうした過労死問題の現状と課題を、労災認定と企業責任との二つの面から述べる。
二、労災認定
  私たちの用いる過労死の定義からすれば、過労死は脳・心臓疾患に限られないが、その大部分がこれらの病名で占められることから、脳・心臓疾患に関しての動向について論じる。
1、新認定基準後の認定件数の推移
  脳・心臓疾患の労災認定に関しては、一九八七年にそれまでの災害主義に基づいた認定基準を、過重負荷主義の法理により労災認定の要件を一部緩和した新認定基準に改められた。
  しかし、この新認定基準は過労死した被災者と遺族・家族の社会的救済には全く役立っていない。すなわち、新認定基準制定後の脳・心臓疾患の労災認定件数は、過労死問題が社会問題化し、請求数が増加しているにもかかわらず、二1件(八七年度)、二九件(八八年度べ三〇件(八九年度)、三三件(九〇年度)、三四件(九一年度)と微増しているにすぎない。そして、とうとう昨九二年度の認定件数は一八件と大幅な落ち込みをみせた。

2、労働省側の認識
  この認定件数の落ち込みについて、我々過労死弁護団は、まだまだ認定へのハードルが商いという新認定基準の問題点が明らかになるとともに、政府・労働省の従前からの過労死切り捨て政策が堅持されていることを示すものと考えている(民主法律二一六号、一七五頁の西弁護士の論文など参照)。
  しかし、労働省側は、「申請も一時期は何年か前の分も含めてされていたのが少なくなってきた。(過労死が少ないという)実態を反映しているのでは」(新聞報道に対する労働省・近藤斉労災補償諜長のコメント)という態度であり、反省の欠けらもない。’
  更に、内部的には、各労基署の調査担当者に対して、過労死弁護団の弁護士が代理人となっている事件についは、弁護士名も含めて全て本省へ報告させることとし、また、行政訴訟となることを意識して詳細に(業務外とするための)資料を収集するよう命じているのである。

3、過労死認定基準改正へ向けて
  しかし、こうした労働省の姿勢にもかかわらず、過労死の救済を幅広くという声は根強い。
  連合は、九一年八月に中央執行委員会で「労災認定の改善に関する連合意見」を決定し、同年九月には右意見が労災保険審査会の認定小委員会労働者委員の意見として提出されている。
  また、過労死弁護団全国連絡会議と全国過労死を考える家族の会は、同年コー月に過労死の労災認定の改善を要求する改正案を労働大臣宛提出した(民主法律二一一号、二一一頁参照)。
  さらに、全労連も九二年三月に右の改正案と同趣旨の「過労死認定改善についての全労連要求」を行なっている。
  そして、裁判所では労基暑の業務外決定を覆す判決が相次いて出されている。
  こうした中で、今年の一月七日、経済企画庁は「働き過ぎと健康障害」という研究報告を発表した(詳細は原文を資料として掲載しているので参照のこと)。
  この中では、平成四年の日本人男性の年間総労働時間はサービス残業などを入れると二五〇〇時間に達し、政府が目標とする一八〇〇時間にはほど遠い水準にあること。また、六人に一人の男性が週六〇時間、年間三一二〇時間以上の超長時間労働をしており、過労死や壮年期の急死の原因になっていることが指摘されている。そして同報告は、長時間労働か健康障害や過労死を引き起こしているとして、労災認定基準の緩和や労災保険制度の改革などを通じて、長時間労働を是正していく必要かあると提言している。
  この提言はまさに我々が長年にわたって行なってきた日本の長時間労働、過労死をめぐる問題点への指摘を全面的に取り入れたものであり、大変貴重なものである。
  総選挙の際の公約に過労死労災認定基準の改善を掲げていた政党に所属する労働大臣を抱える細川内閣がこの問題にどう対処するのがが注目されるところである。

三、企業責任追及
  労働者を過労死するまで働かせた企業に対する責任追及の裁判は、大阪での平岡事件をはじめとして全国に広がっている。
  さらに損害賠償請求裁判だけでなく、交渉、調停という形や団体生命保険の支払を求める訴訟など、幅広い形での取り組みが行なわれている。
  まだ判決という形での結論がでた事件は少ないが、交渉で納得のいく解決をする例は少なくない(残念ながら具体的な内容を公表できないものが多いのではあるが)。
  こうした解決が可能なのも、過労死問題に対する世論の注目と厳しい批判の目があればこそである。多くの方々の今後の変わらぬ支援をお願いしたい。
(民主法律219号・1994年2月)

1994/02/01