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マインドコントロールセミナー研修帰宅後の脳梗塞発症事件(I事件)報告 弁護士 村田浩治(民主法律233号・1998年2月)

弁護士 村田 浩治

一 事件の概要
 大手製薬会社の支店管理課で事務を担当していたIさん(女性)は会社が幹部社員候補に義務づけていた自己啓発発セミナーに参加して約1週間の研修を終えて帰宅し週明けの月曜日の昼過ぎに突然、目が回り倒れた。診察の結果、脳梗塞の診断を受けた。左片麻痺の障害が残った。
 彼女が参加したセミナーは多数の企業か社員を派遣し5泊6日で実施したセミナーだったが、それは恫喝や体罰をない混ぜにして参加者を異常な心理状態において自己を「チェンジ」するという研修であり、いわばマインドコントロールによって社員の高揚感をあおり、やる気を出させるという研修であった。1日の睡眠時間4時間、理不尽なしごきのためIさんの血管病変が悪化し脳梗塞を発症したとして労災申請したのが本件である。
 事件を受けた茨木労働基準監督署はこれまで健康診断でも指摘されたことのない基礎疾病があったとして、本件発症が病変の自然な悪化であるとして業務起因性を否定した。
 審査請求を受けた労働保険審査官は、1997年3月31日、これを取消し、Iさんの発症が1週間にわたって行われた研修が原因であると業務起因性を認めた。

二 本件の争点
  本件は
 1 研修の異常性(質的にみて異常な研修による心理的ストレス)
 2 研修の肉体的負荷(短い睡眠時間と深夜に及ぶレポート作成など)
  さらに監督署段階での指摘を受けて
 3 Iさんの基礎疾病の程度(自然的な経過で発症するほど重かったか)
  が主な争点となった。

三 業務の過重性
1 講師の心理的支配のもとでの異常な研修
 Iさんの通常の業務は経理事務である。本件研修は、幹部社員向けに義務づけられIさんが女性としては初めての参加であった。
 研修はいきなり講師の猛烈な叱責から始まった。部屋にスリッパで入室しただけで激しい叱責を行い、研修参加者が自己紹介を初め、それが一通り終わった段階で、「今はそのような時間ではない自分を見つめろ」と叱責をうけ、一人一人が過去の自己の情報に基づいて欠点であるとか弱点等を一方的になじられた上で「自分を見つめろ」と迫られ罵倒を浴びる。講師が良しというまで床に頭をおしつけた格好を取らされつづけるといったものであった。
 参加者は、中小企業の経営者から若い社員まで幅広い層に別れていたが、この講師の心理的支配の下におかれ講師の一方的な指摘を次第に正しいものとして受け入れていく心理状態のもとにおかれていった。例えば、講師が昼食を取る参加者に対し「良く食事を取る気になれるな」と指摘されると参加者は全員食事を取らなくなったのである。
 また、2日めの朝に提出したレポートはその内容をひとつひとつ指摘して欠点をあげつらい、徐々に、さらに入れる素地作りを行った。
 Iさんも、独身であることを罪の様に指摘され、自分を見つめて変われという指摘に反発を覚えて過ごしていた。参加者によると「Iさんは、終始研修を受け入れることに対し騙されたと述べていて、講師との問の信頼関係がなかった」 と述べているように、最も「チェンジ」が遅かったようである。しかし、そのIさんでも研修終了時には、結婚宣言をし、講師に「おとうさん」と叫んで抱きつくような心理状態となっていた。

2 肉体的負荷とその影響
 参加者は、初日から3日めまでは講師が恐くて昼食をとらない、レポートの出来を気にして明け方まで寝ずにレポート書くという日課を過ごしていた。
 Iさんも、明け方まではならないにしても毎日睡眠時間が4時間程度、昼食は3日目まで取らないという過ごし方であった。
 当時はIさんも講師の心理的支配を受けていたのだ。
 睡眠時問が少ないという肉体的負荷のみならず食事の自制などによる水分摂取の不足などは血液の粘度を高め、脳梗塞などを発症しやすい状態を直接形成したと思われる。

3 心理的ストレスとその影響
  研修中は講師の権限が絶対であり、意思支配のために 理不尽な叱責や罵倒を浴びあるいは、正座をさせられるといった体罰を受ける。研修後も翌朝提出期限のレポートのため3時間から4時間の睡眠時間しかとらない。研修中は食事もゆっくり取れない。部屋に戻ってもゆっくりできない。こうした異常な状態によって精神的にも肉体的にもストレスを受けていた。
  講師の叱責などによる恐怖心を利用した心理的支配は研修中、その後、講師の理不尽な叱責がなくなった後も心理的には継続していた。
  また生いたちのプライバシー面まで指摘をされ時には涙を流して告白するという状況もあったようでありこうした経験は、通常の業務では絶対経験する事のない異常なストレスを受ける出来事であり血圧の上昇をともなう負荷であった。

四 調査活動の内容
  Iさんの研修か過酷なものであったことを明らかにする為に、当時の参加者名簿から判明した西日本に散らばっている参加者へのアンケート調査や大阪在住の方にほ聞き取りも実施して資料化し提出した。
 Iさんと同様多くの参加者りは皆一様に、研修がいかに苦しかったかということや、睡眠時間を削ってレポート作成した事などをアンケートに記してくれた。Iさんが未婚であることを相当言われて気の毒であったと指摘した声もあった。(中には研修かいい経験であったと述懐しその後、自宅近くにある「研修と同様の」いい事を言っている新興宗教の信者となった人もいたが…。)

五 医学的意見書
  本件は極めて異常な研修直後に脳梗塞を発症させているものであり、その異常性等から精神的ストレスがあったことは容易に主張出来そうであった。しかし、こうした精神的ストレスと脳梗塞については十分な医学的知見がない。
  そこで心理的拘束性の強い研修のため、いかに肉体を酷使する研修を行わざるをえなかったかを合わせて指摘してもらう意見書を職場のメンタルヘルス等を手掛けておられる倉沢医師に書いていただいた。
  そして審査請求になってから、さらに監督署段階で指摘された糖尿病も軽症であり、直ちに脳梗塞を発症するような重いものでない事を数値も指摘していただく「意見書(2) 」を書いていただき提出した。

六 監督署段階の判断と審査官の判断の差
  監督署は本件研修か厳しいものであったことは認めたが、拘束性が強いものではなく、もともとあった糖尿病のもとでの血管病変か悪化したものとして業務外の判断を下した。
 心理的に支配を受け自ら過重な課題を貸すという心理的側面を軽視したうえ、それまで健康診断でも指摘のなかった糖尿病や高脂血症などの診断を下し、これらの疾病が悪化しただけであるとして業務との関連を否定した。
  審査官段階では新たな資料の出しようもなかった医師意見書を追加した以外はいかに研修以外には自然的な増悪とはとうてい考えられないという指摘をしつづけた。
  監督署段階での医師が「脳血栓との診断したうえで、それがアテローム(長年に渡って生じた血液の粥状の血管壁にできた腫)が遊離して生じた血栓によって生じたものであると考えた(つまり長年できた血栓がたまたま飛んで血管に栓をした)のに対し、幸い、審査官が依頼した鑑定医は我々が依頼した倉沢医師と同様にIさんの発症を「脳塞栓」つまり徐々に血管壁中の血液凝固能かかなり亢進したことを示すと見たうえで、脳血管撮影所見では、明らかなアテローム硬化を疑わせる狭窄性病巣か認められないことやCT所見でも、それ以前に能の血流障害か存在したことは認められないとして、発症時にかなり血液凝固能か特異的に亢進していたと見るべきであるとして、研修中の行為か原因として業務起因性を認めた。
 審査官は独自にこうした研修の問題点などを文献で調べ、また女性が1名だけの参加であった点なども重視した、「独身であることか罪悪であるかのように言われ」あるいは「裸にして大井からつり下げる」といった叱責を受けた点などからもIさんに対する精神的負担が特に大きかったと指摘している。局鑑定医の意見が業務起因性があるとの判断も受けて、監督署段階での評価をかえ監督署の決定を取消して業務上の認定を行った。

七 会社の対応
  会社は比較的協力的であり、業務外後も障害者雇用枠でIさんの給与を保障するなど便宜もはかっており、労災認定を受けた現在補償を交渉中である。
  (弁護団は、他に日高、船岡、雪田である。)(民主法律233号・1998年2月)

1998/02/01