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過労死の認定についての裁判所の判断基準

 夫の急性心不全による死は過労死だと確信して、労基署に労災申請しましたが、私病によるものと判断されたので審査請求を出しました。しかし、労災保険審査官、労働保険審査会のいずれでも業務外と判断されてしまいました。残された手段は行政訴訟しかないのですが、裁判では行政の考え方と違う結論が出る可能性はあるのでしょうか。裁判所の基本的な考え方について説明してください。

◆行政の通達と裁判所の判断基準──行政の通達は裁判所を拘束しない

 労基署など行政機関の判断は、基本的にはQ9・Q10・Q11に説明した厚生労働省や人事院の通達に拘束されます。
 しかし裁判所は右行政の基準を「業務起因性について医学的、専門的知見の集約されたものとして、高度の経験則を示したもの」(京都地判平成8年9月11日〔ローム株式会社事件〕判例タイムズ939号130頁、労働判例709号59頁)として因果関係の有無の判断において考慮はしますが、それに拘束されるという立場は取っていません。
 むしろ、「認定基準は、あくまでも下部行政機関に対する運用のための通達であって、行政の事務促進と全国斉一な明確かつ妥当な認定を図り、労災補償保険給付申請者の立証責任を軽減するための簡易な基準」にすぎないとして、「医学的に未解明な部分の多い虚血性心疾患等について、右基準に拘泥することなく、被災労働者の疾病の発症と業務との間の相当因果関係が認定されることは十分あり得る」としています。

◆相当因果関係

 では、裁判所にいう相当因果関係とはいったいどういう意味なのでしょうか。
 まず、因果関係があるというためには、「仕事をしていなければ倒れなかった」という意味での条件関係(あれなければこれなし)があることが必要です。しかし、裁判所は、単に条件関係があるだけでは足りないとします。過労死の発症の場合には、労働者にたとえば高血圧などの基礎疾病がある場合には、倒れた原因が、仕事をしていなくても持病が悪化した結果なのか、それとも業務が持病を悪化させたのか、判断は微妙です。この点、判例は労災というためには、「当該業務が加齢その他の原因に比べて相対的に有力な原因と認められることが必要」とするものが多いのです(相対的有力原因説)。要するに、仕事が倒れた原因の一つでは足りない、私的な要因の方が大きい場合には、相当因果関係はないとする考え方です。
 この点、行政の基準では、Q9で解説したように、仕事が原因となって、「医学経験則に照らして、脳・心臓疾患の発症の基礎となる血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させ得ることが客観的に認められる」ことを要求していますが、近時の最高裁の判例では、この点を、「自然の経過を超えて増悪させ」る場合であるとして(最判平成12年7月17日〔東京海上横浜支店事件〕)、著しく増悪することは要件としていません。
 したがって、因果関係についての裁判所の確立した考え方として、行政の基準よりも、救済の幅が広いということが言えます。
 他方、これに対して、業務がその他の原因とともに発症をもたらしたと判断できる場合には相当因果関係を認める判例もあります(共働原因説)。業務が発症の一つの原因であれば因果関係があるとするため、相対的有力原因説より救済の幅が広がる考え方です。また、業務に通常内在あるいは随伴する危険が現実化したといえる場合に、相当因果関係を認めるとする判例もあります(内在危険説。最判平成8年1月23日〔町田高校事件〕判例時報1577号58頁など。Q51参照)。

◆業務そのものが強度の負荷を有する仕事の場合の過重性についての考え方

 また、Q10で解説したように、行政の基準では、過重性の判断において、「同僚労働者又は同種労働者にとっても」過重性があったかどうかが基準になります。しかし、それでは、たとえば、仕事そのものが他の仕事と比較して強度の負荷を有する場合に、同僚は同じ仕事をしていて倒れていないのだから過重ではなかったと判断されることになりかねません。
 この点、看護師の方がくも膜下出血を発症して亡くなられ、行政の基準では公務災害とは認定されなかった事案について、裁判所は、「他の業務と比較して、当該公務自体に強度の負荷が存在すると認められる場合において、同僚と比較すればこれがないとすることは公平を欠く」「当該傷病が、職務に内在ないし随伴する危険性の発現と認められれば補償の対象とすべきであるから、同僚との比較を過大視することは相当ではない」として、当該労働者の行っていた仕事そのものについて具体的な検討をして、過重性があると判断しました(津地判平成12年8月17日〔伊勢病院事件〕)。
 また、警察官が急性虚血性心疾患で死亡した事案についても、因果関係について同様の考え方を示して、過労死であることを認めた判例もあります(大阪地判平成12年6月26日〔枚岡警察署事件〕)。その他、消防士の事案でも、同種の判断が示されています。

◆何を立証するのか

 基礎疾病がある場合には、どこまでがもともとの持病の自然な悪化で、どこまでが業務による悪化かという判断は大変微妙です。実際のケースでは、病歴や本人の直前の状態から、基礎疾病は十分コントロールされて、重い発症に至る状態ではなかったことを立証する一方で、業務が本人にとってはもちろん、一般人にとっても過重なものだったことを資料を用いて証明していく作業が必要となります。
 ケースによっては、基礎疾病があったのかどうかがわからない場合もあります。前述の京都地裁判決は「虚血性心疾患等の発症について、当該業務が発症の原因になったことが否定できない場合において、他に虚血性心疾患等を発症させる有力な原因があったという事実が確定されない場合には、虚血性心疾患等の発症と業務との相当因果関係の存在を肯定することができるものと解するのが相当」とし、原告側が業務の過重性を立証すれば、重い基礎疾病の存在などの反証が出されないかぎり、因果関係が推定される立場を取っています。

◆裁判所での救済の可能性

 以上のように、裁判所では、行政の基準に拘束されることなく、個別の事案ごとの判断を示しますので、その点は、行政の判断と比較して柔軟な考え方が可能です。
 したがって、行政の基準では過労死と認定されない事案についても、裁判で救済される場合もありますので、あきらめることなく弁護士に相談をしてください。

2011/10/01