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【イギリス】英国の長時間労働問題~EU労働時間指令の適用除外をめぐって~:現代英国労働の現在(1)(石井 まこと・大分大学経済学部助教授・ウォーリック大学比較労働研究センター客員研究員・労働科学研究所客員研究員)

石井 まこと

ヨーロッパで最も長い労働時間の国

英国の労働時間はヨーロッパで最も長い。社会政策や労使関係史を学んだことがある方には少し意外だろう。工場法の国,労働運動の長い歴史を考えると,少しばかり混乱してしまう。しかし,工場法はもともと,年少者や女性保護であったことや,英国労働運動が英国製造業の衰退や労働組合運動に対する敵対的な政策によって影響力が衰えていることを考えると,少しは理解できるかもしれない。
確かに,労働組合運動の発展とともに協約上の労働時間は確実に減少してきた。第一次大戦期に週48時間へ,第二次大戦期に週44時間へ,その後も着実に減少し,1960年代半ばには週40時間を達成した。その後,英国製造業の衰退化が進み,サッチャー保守党政権に変わる1979年には週39時間を達成するも,労働強化と削減時間分の賃金カットを伴ったために「英国労働運動史のなかで最も厳しい結果の一つ」と評されている。この後も,時間削減運動は続く。10年後の1989-90年には機械工の組合が週37時間への削減運動で,時間削減は達成されたが,他産業には波及しなくなってしまった。
このように,労働時間削減に対しての労働組合の規制力は急速に衰退している。その背景には労働組合員の減少がある。製造業や公共部門を基盤にしていた労働組合が,保守党政権下で窮地に追い込まれたのが一つの原因である。労働組合が労働条件向上のための最大の戦術,ストライキや組合員の組織化に対して規制を受け,組合員に目に見える形で生活向上を提供することが難しくなってきたのである。この他にも国際競争の激化は労働組合の労働条件向上と激しくぶつかりあったことは言うまでもない。

労働組合の衰退化とEU労働時間規制

英国の労働運動は,組織率の面からみて,日本と同じ衰退化が続いている。ところが,一部の組合ではストを行わないことを前提とした企業内でのパートナーシップ戦略を通して組合員数を増やしたり,インフレ・好景気を背景に2002年以降,賃上げストが増加していることから,やや活性化の兆しが見えている。しかし,賃上げストは民間との格差が大きく開いた公的部門に集中していることや,パートナーシップ路線は労働組合の影響力の拡大とみるよりも衰退化とも見られることから,労働組合の勢力が復元してきたと考えるには難しい。
こうした労働組合の労働条件に対する規制力が弱まっている中で,EU指令が労働条件規制に一定の役割をもたらそうとしている。労働党政権に変わってからの1998年に英国は労働時間規制(Working Time Regulations 1998)を作り,EU労働時間指令(Working Time Directive)を受け入れている。この指令は,労働時間を週平均48時間以下にする規制で,先進国にとっては低水準の基準だが,経済水準に格差のあるEU内では,すべての国が守れる水準としてここからスタートした。
上記指令によって,英国初の全雇用者に対する一般的な労働時間規制ができたことになる。1998年以前は,労働組合との協約がなければ,無制限で働く(働かす)ことができたのである。前述した労働時間削減の歴史はあくまでも協約とそれが波及する範囲での話である。
ただし,指令の適用にあたり,英国はこれまで法的労働時間規制を持たず,労使交渉による労働時間設定をする国として,例外的にEU加盟国中,唯一の適用除外(opt-out)を受けている。これは労働者の判断で48時間以上働くことを選択すれば,いくらでも働けるというものである。そのことも反映して,週48時間以上働く労働者の比率は旧EU15ヵ国中最も高く,EU平均の2倍以上で,フルタイム労働者の20%強を示す。

適用除外をめぐる労使の攻防

opt-out条項は2003年に見直しをされることになっている。これにあわせて,英国のナショナルセンターTUCは2003年9月の総会で労働時間削減の一大キャンペーンを行うことを決めた。TUCの電話とインターネットによる世論調査によれば,雇用者の4人に1人は労働時間規制があることを知らない。さらに,週48時間働いている労働者のうち,63%が48時間以上労働への個人的意思確認が行われていないとし,それら労働者が推計280万人(労働力人口の約10%)はいるとしている。また,政府の労働力調査では48時間以上働いている約7割が,今より労働時間を減らすことを望んでいるとし,opt-outの解除を訴えている。
対して経営側の代表である英国産業連盟(CBI)でも,この条項の見直しにあわせて,opt-outの維持を求める小レポートを出し,その維持を訴えた。2003年9月に発行されたCBIの雇用レポートでは同年5月に551の民間企業で行った労働時間規制についての調査結果から,回答企業の約3分の1でopt-outの契約を労働者と行っているが,opt-outをしている労働者のうち2割程度だけが恒常的であり,全体からみてあまり多くはないとしている。また,回答企業の約4割が,もしopt-outがなくなれば,企業は大きく影響を受けると考えており,特に顧客サービスの低下に影響するとしている。
(いしい・まこと=大分大学経済学部助教授・ウォーリック大学比較労働研究センター客員研究員・労働科学研究所客員研究員)

※これは、労働科学研究所の雑誌『労働の科学』2004年6月号に掲載された論文を、半分程度に要約したものを同誌からいただいたものです。
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2004/06/01