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【アメリカ】過労死・過労自殺をめぐる日米比較(森岡孝二・関西大学)

森岡 孝二

  2002年1月、オックスフォード英語辞典のオンライン版は、1万語を超す新しい単語の一つとして日本発のkaroshiを加えた。このことはCNNやBBCなどのマスメディアによって伝えられ、世界の労働時間と健康問題をめぐる論議に一石を投じた。
“karoshi”を世界に最も早く発信した海外メディアの一つは「シカゴ・トリビューン」である。同紙は、1988年11月13日、“Japanese live……and die……for their work”(「日本人は仕事に……生き、仕事に……死ぬ」という見出しのもとに、過労死110番を通して最初に労災認定を勝ち取った椿本精工(現ツバキ・ナカシマ)の平岡事件を詳しく報じた。
それから13年余り経ってkaroshiが英語辞典に入ったことは、少なくとも二つの意味をもっている。一つは、過労死が日本人のライフスタイルを象徴する言葉として世界に広く認知されるようになったことである。いま一つは、過労死が世界に広がっている働きすぎに起因する健康破壊を端的に表す言葉になってきたことである。
そこで本稿では、国際比較、わけても日米比較の視点から、今日の世界の労働と健康をめぐる動きを概観してみよう。

21世紀の世界に広がる職業病は  過労死・過労自殺

アメリカの労働専門誌『ニュー・レイバー・フォーラム』に依頼されて、筆者は、2004年春季号に“Anti-Karoshi Movement: A Report from Japan”という小論を寄稿した。それではインパクトが弱いと考えたのか、編集者がつけた表題は“WORK TILL YOU DROP”となっていた。dropという単語には、「ばったり倒れる」、「くたばる」、「倒れて死ぬ」といった含みがあるので、これは「過労死するまで働け」という意味になる。
イギリスの労災職業病専門誌の『ハザーズ』(Hazards、災害)は、2003年の夏季号で、“Drop dead”というタイトルのもとにkaroshi特集を組んでいる。この特集は、21世紀の主要な職業病は心臓麻痺、自殺、脳梗塞などの過労死と過労自殺であるとして、次のような事例を紹介している。
「医師のシッド・ワトキンスは、『クレージー』な労働時間に体がもたなくなって死亡した。ストレスで疲れ切った教師のパメラ・レルフは自殺した。メンタル・ヘルス看護士のリチャード・ポコックや、郵便労働者のジャーメイン・リーも同様である。これらの人びとは全員、仕事があまりに耐え難かったために死んだのである」。
この特集はまた“Karoshi in the UK”という小見出しのもとに、近年のイギリスにおける労働時間の増大について次のように述べている。
「昨年(2002年)出版されたイギリス政府の調査によれば、労働時間が極端に長い人びとの数が急激に増加し、数百万人のイギリス労働者が過労死ライン(英語はkaroshi zone)に入りつつある」。「通商産業省の調査によれば、対象となった労働者の16%(6人に1人)は週に60時間以上働いていた」。「通商産業省の調査が明らかにしているところでは、男性の5人に1人(19%)はストレスのために医者に通っている」。
日本の『労働力調査』によれば、2002年には、日本の全労働者の12%、週35時間以上の労働者の16%が週60時間以上働いていた。先の数字は、イギリスの労働者が日本の労働者と同等か、それ以上に長時間働いていることを示している。ここにあるのは過労死・過労自殺の社会問題化であり、イギリス社会の日本化である。
労働時間の増大はイギリスだけでなく、アメリカでも生じている。というより、現在では、世界の労働時間延長競争の先頭に立っているのはアメリカである。

アメリカのホワイトカラーの 過酷な労働実態

ジュリエット・ショア『働きすぎのアメリカ人』(窓社、1993年)によれば、アメリカの労働時間は、1970年代からの過去20年間に年間163時間、約4週、つまり1か月長くなった。この本には日本でkaroshiが大きな問題になっていることも紹介されているが、90年代初めのアメリカでは過労死はまだ問題になっていなかった。しかし、その後も労働の長時間化と過密化が進み、今ではkaroshiが希有のことではなくなっている。
『ニュー・インターナショナリスト』誌の2002年3月号には、ニューヨークを拠点にするジャーナリストのマシュウ・ライスが“American karoshi”というタイトルで寄稿している。そのなかには2001年9月11日に、ワールドトレードセンターのツインタワーの北棟から命からがら抜け出した投資会社の女性の話が出ている。彼女は最初の旅客機が激突した後、そのビルの88階から駆け下りている間に、場内放送で従業員は仕事に戻るようにというアナウンスを聞いたというのである。
『仕事に縛られて』の著者のブライアン・E・ロビンソンは、「仕事に対するアメリカの強迫観念は伝染病の域に達している」と語っている。度はずれたワークストレスや労働時間で過労死する人は多いが、猛烈に働くことは、しばしば昇進や昇級やボーナスで報われるので、働き中毒の傾向を自覚するのは難しい。しかも、日本と違って、「この国の法律は、企業や雇用主が人的資源を競走馬のように扱うことに事実上の免責特権を与えている」、とライスは言う。
今日、アメリカのホワイトカラーにとって、オフィスはまるで途上国にある多国籍企業のスウェットショップ(搾取工場)のようになっている。そのことを明らかにしたのが、ジル・A・フレイザー『窒息するオフィス 仕事に強迫されるアメリカ人』(岩波書店、2003年、原題はWhite-Collar Sweatshop)である。この本によれば、アメリカの全労働者の12%、約1,500万人は週に49時間から59時間働いている。全労働者の8.8%、約1,100万人は週60時間以上働いている。
インテルに勤める2人の小学生の父親であるシングルの男性は、子どもに朝食を食べさせて7時頃には出勤し、いったん5時に帰り、夕食後子どもたちを寝かせるとオフィスに戻って夜中の1時頃まで働く。金融業界では新入社員に家に帰って寝ることができない場合にそなえて、着替え一式と歯ブラシを職場に置いておくよう指導している企業もある。
問題は労働時間の長さだけではない。レイオフで人員削減が絶えず行われるなかで、仕事量が増え、ジョブストレスが強まって、肉体的、精神的な健康障害が深刻になり、心臓発作、ストレス死、自殺などが広がってきている。  (もりおかこうじ 関西大学)

 

※これは、労働科学研究所の雑誌『労働の科学』2004年6月号に掲載された論文を、半分程度に要約したものを同誌からいただいたものです。
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2004/06/01