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「脳・心臓疾患の認定基準に関する専門家検討会」の検討結果の発表に関する談話(2001年11月15日 日本労働弁護団)

「脳・心臓疾患の認定基準に関する専門家検討会」の検討結果の発表に関する談話

2001(平成13)年11月15日

報道機関各位

東京都千代田区神田駿河台3-2-11総評会館4F
                 日本労働弁護団
                 幹事長井上幸夫
     担当事務局次長:佐久間(TEL03-3813-6503)

 日本労働弁護団は、本年9月12日、厚生労働大臣に対し、「過労死労災認定基準の見直しに関する意見書」を提出し、同意見書に則した見直しを行うよう申し入れた。
 厚生労働省は、本日、「脳・心臓疾患の認定基準に関する専門家検討会」の報告書(以下、検討会報告書」という。)を公表し、この検討結果を踏まえて過労死労災認定基準の改正をすると発表した。報告書が1か月を超える長期間の業務を対象としその業務による蓄積疲労による過労死を業務上と認める道を開いたことは評価できる。
 しかし、検討会報告書は、全体的に見ると、2000年7月17日に言い渡された2件の最高裁判決、1996年1月23日に言い渡された最高裁判決が現行の過労死労災認定基準を根本的かつ全面的に見直すべきことを提起した点を十分に考慮したものとはいえず、被災労働者及びその遺家族の救済を抜本的に拡大することを拒否したものと評価でき、批判されるべきである。
 日本労働弁護団は、厚生労働省に対し、3件の最高裁判決の到達点を踏まえ、現行認定基準の見直しを根本的かつ全面的に見直すことをあらためて要望するものである。

1 認定要件について
(1) 過重負荷の定義について
 検討会報告書は、「過重負荷」を「医学経験則に照らして、脳・心臓疾患の発症の基礎となる血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させ得ることが客観的に認められる負荷」と定義している。これは、現行認定基準の定義から、「急激に」基礎疾患を増悪させるとの文言を削除したものにすぎない。
 しかし、最高裁2000年7月17日判決は、医学経験則に限定されない一般経験則上の因果関係があれば足りるとしており、また、業務による過重負荷が基礎疾患等を自然経過を超えて増悪させれば因果関係が認められるとし、自然経過を「急激に著しく」超える必要はないと判示しているものである。
 また、近時、脳・心臓疾患発症のリスクファクターを有する高齢者の雇用拡大が期待されているが、業務による過重負荷が基礎疾患等を自然経過を超えて著しく増悪させなければ救済されないとすると、特に基礎疾患を有する高齢者の救済が厳しく限定される恐れがある。
 したがって、検討会報告書は、上記最高裁判決に違反するものであり、かつ、近時の雇用状況を無視したものというべきである。
(2) 治療機会喪失の事案の救済について
 脳・心疾患等の発症後に業務のため治療機会を喪失した事案について現行認定基準は「業務上」と認定する途を閉ざしているが、最高裁判所は、1996年1月23日、このような事案についても「業務上」と認定する判決を言い渡し、現行認定基準の見直しに当たってはこのような事案をも「業務上」とすることを提起した。
 しかし、検討会報告書は、このような事案の救済の必要性について全く検討しておらず、救済範囲を狭くするものであり、批判されるべきである。

2 過重負荷の評価の基準となる労働者について
 検討会報告書は、過重負荷の評価基準を、「発症した労働者のみならず、当該労働者と同程度の年齢、経験等を有する健康な状態にある者のほか、基礎疾患を有するものの、日常業務を支障なく遂行できる労働者」とするのが妥当であるとしている。これは、現行認定基準に「基礎疾患を有するものの」という文言を追加したものにすぎない。
 しかし、最高裁2000年7月17日判決(東京火災海上保険横浜支店長付運転手事件)は、検討会報告書が基準とする労働者にとっても特に過重な精神的・身体的負荷を生じさせたと認められるか否かを全く検討することなく、被災労働者自身の業務の過重性を認めたものである。
 脳・心臓疾患等の発症には個体差を無視することはできず、また、高齢者や身体に障害を有する者の雇用拡大が期待される近時の雇用状況に照らすと、検討会報告書は、このような状況を全く無視したものであり、救済範囲を狭くするもので、批判されるべきである。

3 過重負荷の評価期間について
 検討会報告書は、過重負荷の評価期間につき、「1~6か月の就労状況を調査すれば発症と関連する疲労の蓄積が判断され得ることから、疲労の蓄積に係る業務の過重性を評価する期間を発症前6か月とすることは現在の医学的知見に照らし、無理なく、妥当であると考える」としている。
 現行認定基準は、「発症に影響を及ぼす期間については、医学経験則上、発症前1週間程度をみれば、評価する期間として十分である」として、疲労の蓄積を認めていないのに対し、検討会報告書が疲労の蓄積を認めて、過重負荷の評価期間を6か月まで拡大したことは評価できる。
 しかし、最高裁2000年7月17日判決(東京火災海上保険横浜支店長付運転手事件)は、発症前約1年6か月間の業務による過重な精神的・身体的負荷が被災労働者の脳動脈瘤の血管病変を自然経過を超えて増悪させ、くも膜下出血発症に至ったと判示したものであり、6か月を超えて長期間にわたって過重な業務が継続した場合もあるから、発症等に影響を及ぼす期間については当該事案ごとに判断するのが相当というべきである。

4 過重負荷の評価事情について
 検討会報告書は、過重負荷の評価事情につき、①長時間労働、②不規則な勤務、③拘束時間の長い勤務、④出張の多い業務、⑤交替制勤務、深夜勤務、⑥作業環境(温度環境、騒音、時差)、⑦精神的緊張(心理的緊張)を伴う業務を挙げ、これらの事情を総合的に評価するのが妥当であり、特に労働時間については、
(1)イ 発症前1か月間に特に著しいと認められる長時間労働(おおむね100時間を超える時間外労働)に継続して従事した場合、
ロ 発症前2か月間ないし6か月間にわたって、著しいと認められる長時間労働(1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働)に継続して従事した場合、
には、業務と発症との関連性が強いと判断され、
(2) 発症1か月間ないし6か月間にわたって、
イ 1か月当たりおおむね45時間を超える時間外労働が認められない場合には、業務と発症との関連性が弱く、
ロ 1か月当たりおおむね45時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど、業務と発症との関連性が徐々に強まる、
と判断されるとしている。
 検討会報告書が最高裁2000年7月17日判決を踏まえ、現行認定基準よりも過重負荷の評価事情を明確にしたことは評価できる。
 しかし、上記①ないし⑦の業務に従事した労働者の過労死につき上記事情を総合判断するというのでは、被災労働者やその遺家族に過重な証明を強いることになり、実際の処分、を行う労働基準監督署が迅速かつ適正・公平に業務上外の認定を行うことはできないから単に過重負荷の評価事情を挙げるだけでなく、もっと踏み込んで日本労働弁護団の意見書に掲げる推定規定を創設すべきである。
 そして、特に労働時間については、過労死社会の日本といえども、1か月100時間を超えて残業している労働者は数えるほどしか存在せず、また、1か月80時間を超えて残業している労働者も数少なく、1か月45~80時間の労働者は相当数おり、この程度でも過労死しているのが現実であり、報告書の判断は机上の空論というべきである。そして交替制労働や不規則労働に従事している労働者は、1か月の残業時間が45時間以下でも過労死しているのが現実である。報告書の上記の考え方を認定基準に定めれば、多数の労働者の脳・心臓疾患は、救済が閉ざされる恐れが高い。検討会報告書は、高いハードルを設定して、かえって改正認定基準が業務外とする基準となる危険が高く、厚生労働省はそのような危険のある基準を設定すべきではない。
                                      
    以上

2001/11/15