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過労死労災認定基準の見直しに関する意見書(2001年9月11日 日本労働弁護団)

過労死労災認定基準の見直しに関する意見書

2001年9月12日

厚生労働大臣 坂口力 殿

日本労働弁護団
会長 山 本  博

 貴省は、2000年10月12日、過労死(脳血管疾患及び虚血性心疾患等。負傷に起因するものを除く。)労災認定基準につき、「本年7月17日、最高裁判所は、労働基準監督署長が業務外と判断した自動車運転手に係る2件の脳血管疾患の業務上外の判断について、国側敗訴の判決を行った」ことを受け、「この判決を踏まえた業務上外の判断がなされるよう認定基準の見直しを行うこととした」(貴省記者発表資料)と発表した。

 貴省は、過労死労災「認定基準については、平成7年2月及び平成8年1月に改正を行い、的確な運用を図ってきたところであ」り、2000年7月17日の最高裁「判決は、個別事案に関する判断を判示したものであり、認定基準の是非を判示したものではない」(貴省記者発表資料)としている。

 しかし、最高裁一小2000年7月17日判決・横浜南労基署長(東京火災海上保険横浜支店)/支店長付運転手くも膜下出血事件(以下[最判]という。労働判例785号6頁)及び最高裁一小2000年7月17日判決・西宮労基署長(大阪淡路交通)/大型観光バス運転手高血圧性脳出血事件(以下[最判]という。労働判例786号14頁)は、現行認定基準を部分的に見直すだけでは足りず、根本的かつ全面的に見直すべきことを提起しているものである。

 また、脳血管疾患及び虚血性心疾患等の発症後に業務のため治療機会を喪失した事案について現行認定基準は「業務上」と認定する途を閉ざしているが、最高裁三小1996年1月23日判決・地公災基金東京都支部長(町田高校)/高校教諭心筋梗塞死事件(労働判例687号16頁)は、このような事案についても「業務上」と認定しており、現行認定基準の見直しに当たってはこのような事案をも「業務上」とすることを提起しているものである。

 日本労働弁護団は、貴省に対し、1995年1月25日付「過労死労災認定基準の見直しに関する意見書」を提出し、1987年10月26日付基発第620号の認定基準の全面改正を行うよう要望したものであるが、今度上記3つの最高裁判決を踏まえ、以下のとおり、現行認定基準を根本的かつ全面的に見直すことを再度要望するものである。

 なお、現行認定基準は、医学専門家だけの専門家会議により制定されたが、業務上外認定は、医学判定ではなく、労災補償制度を適用するのが相当か否かの法律判断であり、上記3つの最高裁判決を踏まえて現行認定基準を見直すに当たっては、法律専門家を加えた検討会により検討することを強く要望する次第である。

第1 認定要件の変更の必要性

1 現行認定基準は、「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(前駆症状を含む。以下「脳・心臓疾患」という。)の発症の基礎となる動脈硬化等による血管病変又は動脈瘤、心筋変性等の基礎的病態(以下「血管病変等」という。)をその自然経過を超えて急激に著しく増悪させ得ることが医学経験則上認められる負荷」を「過重負荷」とし、「業務上」として取り扱う脳血管疾患及び虚血性心疾患等は、

  (1) イ 発生状態を時間的及び場所的に明確にし得る異常な出来事(業務に関連する出来事に限る。)に遭遇したこと、又は、

    ロ 日常業務に比較して、特に過重な業務に就労したこと、

    による明らかな過重負荷を発症前に受けたことが認められること、

  (2) 過重負荷を受けてから症状の出現までの時間的経過が、医学上妥当なものであること、

  の認定要件を満たしたものに限定されるとし、この取扱いは、「現在の医学的知見に照らし、業務上の諸種の要因によって発症した」と認められる場合に、「業務が相対的に有力な原因であると判断し、業務に起因することが明らかな疾病とするものである」としている。

2 しかし、[最判]及び[最判]は、長期間の業務による精神的・身体的負担と被災労働者の素因、基礎疾患又は既存疾病(以下「基礎疾患等」という。)の増悪が競合(共働)して脳血管疾患及び虚血性心疾患等(前駆症状を含む。負傷に起因するものを除く。以下「脳・心臓疾患等」という。)が発症、増悪又は死亡(以下「発症等」という。)した場合の相当因果関係の存否につき、医学的知見も一つの有力な資料とし、発症等に関連する一切の事情を考慮して、被災労働者が発症等の前に従事した質的に又は量的に過重な業務による過重な精神的・身体的負担が同人の基礎疾患等を自然経過(加齢、一般生活等で生体が受ける通常の要因による基礎疾病の経過)を超えて(自然経過を超えていれば、それが「急激に著しく」超える必要はない。)増悪させ脳・心臓疾患等を発症等させたと認められれば、被災労働者の業務と脳・心臓疾患等の発症等との間の相当因果関係を認めるのが相当であるとし、現行認定基準の認定要件を満たしたものに限定して「業務上」の疾病と取り扱うことを不相当とした。

3 そして、[最判]は、一般経験則上(医学経験則に限定されない。)、

  (1) 被災労働者が従事した業務が同人の基礎疾患等を自然経過を超えて増悪させる要因となり得るものと認められるか否か、

  (2) 被災労働者の基礎疾患等が増悪して脳・心臓疾患等を発症等した場合には、被災労働者の基礎疾患等が同人の従事した業務と関わりなく、確たる発症因子がなくてもその自然経過により発症する寸前にまで進行していたとは認められるか否か、

  (3) 被災労働者の従事した業務以外に同人の基礎疾患等をその自然経過を超えて増悪させる要因となり得る確たる因子が認められるか否か、

  の3つの事実を総合して相当因果関係が肯定されるか否かを判断し、被災労働者の脳・心臓疾患等の発症等が「業務上」の疾病、障害又は死亡として補償の対象とされるか否かを判断するのが相当であるとしたものである。

   したがって、現行認定基準の認定要件は、[最判]の判断に従って変更されるべきである。

4 さらに、[最判]の判断に従った、東京地裁2001年5月30日判決・中央労基署長(電通アメリカ子会社)/副社長くも膜下出血死事件から明らかなとおり、飲酒や喫煙という危険因子があるというだけでは脳・心臓疾患等の発症にどの程度寄与したかを判定することは困難であるから、脳・心臓疾患等発症の危険因子として飲酒や喫煙があってもその存在だけで被災労働者の基礎疾患等が同人の従事した業務と関わりなく、確たる発症因子がなくてもその自然経過により発症する寸前にまで進行していたと評価するのは相当でないというべきである。

5 また、業務上外認定は、人体の疾病発症等の機序を医学的に解明する医学判定を目的とするものではなく、労災補償制度を適用して対象疾病を補償対象と認定して救済すべきかどうかを決定することを目的とするものであるから、あくまでも法律判断であり、業務と脳・心臓疾患等の発症等との因果関係は医学的因果関係ではなく法的因果関係が存在すれば足りるというべきである。したがって、業務と脳・心臓疾患等の発症等との医学経験則上の因果関係の存在が証明された場合に限定して「業務上」認定をする現行認定基準は、被災労働者及びその遺家族に過重な証明を強いるものであり、法的に許されないというべきである。

 よって、医学経験則上の因果関係を必要とする現行認定基準は変更されるべきである。

   

第2 過重負荷評価期間の変更の必要性

1 現行認定基準は、「発症に影響を及ぼす期間については、医学経験則上、発症前1週間程度をみれば、評価する期間として十分である」としている。

2 しかし、[最判]は、発症前約1年6か月間の業務が被災労働者にとって精神的・身体的にかなりの負担となり慢性的な疲労をもたらし、また、発症前日から当日にかけての業務は、それまでの長期間にわたる過重な業務の継続と相まって、被災労働者にかなりの精神的・身体的負荷を与えたことが認められるとし、発症前約1年6か月間の業務による過重な精神的・身体的負荷が被災労働者の脳動脈瘤の血管病変を自然経過を超えて増悪させ、くも膜下出血発症に至ったと判示した。

3 また、発症前1週間の業務による過重負荷を評価するのを原則とする現行認定基準に医学的な合理的根拠はなく、[最判]の原審大阪高裁1997年12月25日判決(労働判例743号72頁)は「医学的根拠に基づくものというよりは、行政通達としての基準の明確化の要請によるところが大きい」と判示し、[最判]はこれを是認したものである。

4 したがって、現行認定基準の「過重負荷を受けてから症状の出現までの時間的経過が、医学上妥当なものであること」の認定要件は、長期間にわたる過重負荷による脳・心臓疾患等の発症等の事案を業務外とする不相当な要件であるから、これを削除し、発症等に影響を及ぼす期間については、当該事案ごとに判断されるべきであるが、医学的知見も一つの有力な資料とし、発症に関連する一切の事情を考慮して、過重負荷を受ける業務が発症の直前、当日、前日、1週間前でなく、長期間にわたって過重な業務が継続した場合であっても、精神的・身体的負担の程度及び長期間にわたる疲労の蓄積を総合的に考慮して業務の過重性を判断する必要がある。

 

第3 過重負荷評価基準の変更の必要性

1 現行認定基準は、「業務の過重性の評価に当たっては、業務量(労働時間、労働密度)、業務内容(作業形態、業務の難易度、責任の軽重など)、作業環境(暑熱、寒冷など)、発症前の身体の状況等を十分調査の上総合的に判断する必要がある」としている。

 しかし、上記事情を総合判断するとの現行認定基準では実際の処分を行う労働基準監督署が迅速かつ適正・公平に業務上外の認定を行うことはできない。

 ところで、[最判]は、精神的緊張を伴う業務、不規則な業務、早朝から深夜に及ぶ拘束時間が極めて長い業務、労働密度が低くない業務、非常に長い時間外労働及び長い走行距離を伴う業務の各事実を総合考慮し、くも膜下出血発症前約1年6か月間の業務の過重性を認定した。また、[最判]は、精神的緊張を伴う業務、早朝から深夜に及ぶ拘束時間が極めて長い業務、非常に長い時間外労働及び長い走行距離を伴う業務、十分な休憩が取れない作業環境下における業務、寒冷など曝露業務の各事実を総合考慮し、高血圧性脳出血発症前17日間の業務の過重性を認定した原審大阪高裁判決を是認した。

 したがって、[最判]及び[最判]を踏まえ、発症等の前に次に掲げる業務に従事した場合には、当該業務は、被災労働者にとって精神的・身体的負担を生じさせ得る質的に又は量的に過重な業務であり、同人の基礎疾患等をその自然経過を超えて増悪させる要因となり得る業務と推定し、同人に発症した脳・心臓疾患等を「業務上」の疾病として取り扱うのが相当というべきである。

  (1) 「労働基準法第36条第2項の規定に基づき労働基準法第36条第1項の協定で定める労働時間の延長の限度等に関する基準を定める告示」(平成10年12月28日付労働省告示154号)に定める延長時間の限度を超える時間外労働に従事した業務

  (2) 労働基準法施行規則第18条に定める有害業務の労働時間延長制限を越える業務

  (3) 「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」(平成11年4月1日改正労働省告示29号)に定める拘束時間ないし延長時間の制限を越える業務

  (4) 上記(1)ないし(3)のほか、早朝から深夜に及ぶ拘束時間が極めて長い業務

  (5) 代休のない休日労働が2日以上連続した業務

  (6) 長期間に及ぶ夜勤交代制の業務

  (7) 夜勤帯8時間勤務において2時間以上の仮眠時間が確保されない業務

  (8) 徹夜勤務を常態とする就労形態における勤務明け日に従事した業務

  (9) 連続3夜の深夜時間帯に従事した業務

  (10) 精神的緊張を伴う業務、勤務形態が不規則な業務、労働密度が相当程度高い業務、長い走行距離を伴う業務、十分な休憩が取れない作業環境下における業務に従事したため、疲労が蓄積し若しくはストレスが持続した業務

  (11) 事業主が、労働基準法規に違反していたり、健康診断を実施せずに当該労働者の健康状態を把握していなかったり、健康診断を実施していたとしても、当該労働者の実情を考慮して、その健康を保持する必要上、就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、作業環境測定の実施、施設・設備の設置・整備等適切な措置を講ずべき義務があるにこれを怠ったりした場合には、業務に内在する危険が高くなるものであるから、このような状況下で引き続き従事した業務

  (12) その他上記(1)ないし(11)に準ずる業務

2 現行認定基準は、「『特に過重な業務』とは、日常業務に比較して特に過重な精神的、身体的負荷を生じさせたと客観的に認められる業務」をいい、「客観的とは、当該労働者のみならず、同僚労働者又は同種労働者(以下「同僚等」という。)にとっても、特に過重な精神的、身体的負荷と判断されることをいうものであり、この場合の同僚等とは、当該労働者と同程度の年齢、経験等を有し、日常業務を支障なく遂行できる健康状態にある者をいう」としている。

 しかし、[最判]は、被災労働者と同程度の年齢、経験等を有し、日常業務を支障なく遂行できる健康状態にある同僚又は同種労働者にとっても特に過重な精神的・身体的負荷を生じさせたと認められるか否かを全く検討することなく、被災労働者の業務は「支店長の乗車する自動車の運転という業務の性質からして精神的緊張を伴」い、「支店長の業務の都合に合わせて行われる不規則なものであり」、「早朝から深夜に及ぶ場合があって拘束時間が極めて長く」、「労働密度は決して低くはな」く、被災労働者は「遅くとも昭和58年1月以降本件くも膜下出血の発症に至るまで相当長期間にわたり右のような業務に従事してきたのであり、とりわけ、右発症の約半年前の同年12月以降は、1日平均の時間外労働時間が7時間を上回る非常に長いもので、1日平均の走行距離も長く」、「発症の前月である昭和59年4月は、1日平均の時間外労働時間が7時間を上回っていたことに加えて、1日の走行距離が昭和58年12月以降の各月の1日平均の走行距離の中で最高であり」、また、同59年5「月1日以降右発症の前日までには、勤務の終了が午後12時を過ぎた日が2日、走行距離が260キロメートルを超えた日が2日あったことに加えて、特に右発症の前日から当日にかけての上告人の勤務は、前日の午前5時50分に出庫し、午後7時30分ころ車庫に帰った後、午後11時ころまで掛かってオイル漏れの修理をして(右修理も上告人の業務とみるべきである。)午前1時ころ就寝し、わずか3時間30分程度の睡眠の後、午前4時30分ころ起床し、午前5時の少し前に当日の業務を開始したというものであ」り、くも膜下出血発症「前日から当日にかけての業務は、・・・それ自体上告人の従前の業務と比較して決して負担の軽いものであったとはいえず、それまでの長期間にわたる右のような過重な業務の継続と相まって、上告人にかなりの精神的、身体的負荷を与えた」と判示して、被災労働者の従事した業務が、同人にとって、過重な精神的・身体的負担を生じさせ得る質的に又は量的に過重な業務であり、同人の動脈瘤の血管病変を自然経過を超えて増悪させ、くも膜下出血発症に至る原因となったことを認めたものである。

 [最判]ほか裁判例の多くが当該労働者を基準として業務による過重負荷を判断しているのは、脳・心臓疾患等の発症には個体差を無視することはできず、また、現行認定基準を形式的に貫徹すると日常業務(現行認定基準では「通常の所定労働時間内の所定業務内容」をいう。)が過重である場合には実質において不合理な結果をもたらすことになるからである。

 したがって、現行認定基準は、業務による過重負荷を当該労働者を基準として評価するよう変更する必要がある。

   

第4 対象疾病の拡大の必要性

1 現行認定基準は、対象疾病として、脳血管疾患については脳出血、くも膜下出血、脳梗塞及び高血圧性脳症を、虚血性心疾患等については一次性心停止、狭心症、心筋梗塞症、解離性大動脈瘤及び不整脈による突然死等を掲げ、「本認定基準で掲げた疾病以外の疾病が過重負荷に関連して発症した」場合、「原因が不明な場合及び医学的な判断資料が不足しているため疾患名が確認できない場合」には、「本省にりん伺することと」している。

2 しかし、対象疾病を限定することに合理的根拠はなく、脳・心臓疾患等の業務上認定を厳しく限定したもので不相当というべきである。

3 また、法は、第一線行政機関の労働基準監督署が、労働者保護の立場から、柔軟に運用して迅速に業務上外認定を行い、被災労働者及びその遺家族を救済すべきものとしているところであり、過労性の脳・心臓疾患等についても、労働基準監督署が各都道府県労働局や本省と協議するまでもなく、臨床所見、解剖所見、発症前の状況(自覚症状又は他覚所見)及び症状の出現時の状況(自覚症状又は他覚所見、発作の状態、発作による転倒状況等)等の事実を総合判断して、「業務上」認定を行い得るようにすべきである。

4 したがって、業務上認定の対象疾病は、現行認定基準に掲げる疾病に限定することなく、脳・心臓疾患等であればそれで必要かつ十分であり、臨床所見、解剖所見等によって疾病名が不明であっても、「脳卒中」、「急性心不全(急性心臓死等)」で十分であり、対象疾病を拡大する必要がある。

以 上

脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)業務上外認定基準

2001年日本労働弁護団改正案

1 取り扱う疾病

 本認定基準は、主として、次の(1)及び(2)の脳血管疾患及び虚血性心疾患等(前駆症状を含む。負傷に起因するものを除く。以下「脳・心臓疾患等」という。)について定めたものである。

(1) 脳血管疾患

  イ 脳出血

  ロ くも膜下出血

  ハ 脳梗塞

  ニ 高血圧性脳症

   「脳血管疾患」とは、主として、脳血管発作により何らかの脳障害を起こした疾患(イからニに掲げる疾患)をいう。

(2) 虚血性心疾患等

  イ 一次性心停止

  ロ 狭心症

  ハ 心筋梗塞症

  ニ 解離性大動脈瘤

  ホ 二次性循環不全

  ヘ 不整脈による心停止又は心不全

   「虚血性心疾患等」とは、主として、冠循環不全により心機能異常又は心筋の変性壊死を生じる虚血性心疾患(イからハに掲げる疾患)、解離性大動脈瘤、二次性循環不全、及び、不整脈による心停止又は心不全をいう。

   脳卒中及び急性心不全(急性心臓死等)は、疾患名ではないが、臨床医学上しばしば死亡原因として診断されており、臨床所見、解剖所見、発症前の状況(自覚症状又は他覚所見)及び症状の出現時の状況(自覚症状又は他覚所見、発作の状態、発作による転倒状況等)等の証拠によりできるだけ原因疾患名を推認し、業務上外認定を行って差し支えない。

   また、認定基準の対象となる脳・心臓疾患等は、上記疾患に限られるものではなく、上記以外の疾患も認定基準の対象疾病として差し支えない。

2 認定要件

 次の(1)又は(2)の要件を満たす脳・心臓疾患等は、労働基準法施行規則別表第1の2第9号に該当する疾病として取り扱うこと。

(1) 次のイ及びロのいずれの要件をも満たす脳・心臓疾患等。

  イ 当該労働者が、脳・心臓疾患等の発症、増悪又は死亡(以下「発症等」という。)前に、脳・心臓疾患等の発症の基礎となる動脈硬化等による血管病変又は動脈瘤・心筋変性等の基礎的病態(以下「基礎疾患等」という。)をその自然経過を超えて増悪させる要因となり得る過重負荷のある、次に掲げる(イ)又は(ロ)の業務に従事していたこと。

    (イ) 発生状態を時間的及び場所的に明確にし得る異常な出来事(業務に関連する出来事に限る。)に遭遇したこと。

    (ロ) 当該労働者にとって、過重な精神的・身体的負担を生じさせ得る質的に又は量的に過重な業務に就労したこと。

  ロ 当該労働者の基礎疾患等が同人の従事した業務と関わりなく、当該業務に就労する以前に確たる発症因子がなくてもその自然経過により発症する寸前にまで進行していたとは認められないこと、及び、同人の従事した業務以外に同人の基礎疾患等をその自然経過を超えて増悪させる要因となり得る確たる因子は認められないこと。

(2) 脳・心臓疾患等を発症又は増悪し、速やかに適切な治療等を受ける必要があったにもかかわらず、引き続き業務に従事せざるを得ない状況の下で業務に従事し、その結果、脳・心臓疾患等を増悪させ又はその増悪により死亡したこと。

3 認定基準の運用

(1) 認定の基本的な考え方について

   当該労働者が発症等の前に受けた業務による過重負荷が、脳・心臓疾患等の発症の基礎となる基礎疾患等を自然経過(加齢、一般生活等において生体が受ける通常の要因による基礎疾患等の経過)を超えて増悪させて脳・心臓疾患等を発症させ又はその発症により死亡した場合、及び、脳・心臓疾患等を発症又は増悪し、速やかに適切な治療等を受ける必要があったにもかかわらず、引き続き業務に従事せざるを得ない状況の下で業務に従事し、その結果、脳・心臓疾患等を増悪させ又はその増悪により死亡した場合は、労働基準法施行規則別表第1の2第9号に該当する疾病として取り扱うものである。

(2) 認定要件(1)イについて

   「過重負荷」とは、一般経験則上(医学経験則に限定されない。)、基礎疾患等を有する当該労働者にとって、その基礎疾患等を、自然経過(加齢、一般生活等において生体が受ける通常の要因による基礎疾患等の経過)を超えて増悪させ得る負荷をいい、業務による過重負荷として認められるものとして、「発生状態を時間的及び場所的に明確にし得る異常な出来事(業務に関連する出来事に限る。)に遭遇したこと」及び「当該労働者にとって、過重な精神的・身体的負担を生じさせ得る質的に又は量的に過重な業務に就労したこと」を認定要件としたものである。

(3) 認定要件(1)イ(イ)について

  「異常な出来事」とは、具体的には、次に掲げる出来事である。

  イ 極度の緊張、興奮、恐怖、驚がく等の強度の精神的負荷を引き起こす突発的又は予測困難な異常な事態

  ロ 緊急に強度の身体的負荷を強いられる突発的又は予測困難な異常な事態

  ハ 急激で著しい作業環境の変化

(4) 認定要件(1)イ(ロ)について

  イ 発症等の前に次に掲げる業務に従事した場合には、当該業務は、被災労働者にとって精神的・身体的負担を生じさせ得る質的に又は量的に過重な業務であり、同人の基礎疾患等をその自然経過を超えて増悪させる要因となり得る業務と推定し、同人に発症した脳・心臓疾患等を「業務上」の疾病として取り扱う。

    (イ) 「労働基準法第36条第2項の規定に基づき労働基準法第36条第1項の協定で定める労働時間の延長の限度等に関する基準を定める告示」(平成10年12月28日付労働省告示154号)に定める延長時間の限度を超える時間外労働に従事した業務

    (ロ) 労働基準法施行規則第18条に定める有害業務の労働時間延長制限を越える業務

    (ハ) 「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」(平成11年4月1日改正労働省告示29号)に定める拘束時間ないし延長時間の制限を越える業務

    (ニ) 上記(イ)ないし(ハ)のほか、早朝から深夜に及ぶ拘束時間が極めて長い業務

    (ホ) 代休のない休日労働が2日以上連続した業務

    (ヘ) 長期間に及ぶ夜勤交代制の業務

    (ト) 夜勤帯8時間勤務において2時間以上の仮眠時間が確保されない業務

    (チ) 徹夜勤務を常態とする就労形態における勤務明け日に従事した業務

    (リ) 連続3夜の深夜時間帯に従事した業務

    (ヌ) 精神的緊張を伴う業務、勤務形態が不規則な業務、労働密度が相当程度高い業務、長い走行距離を伴う業務、十分な休憩が取れない作業環境下における業務に従事したため、疲労が蓄積し若しくはストレスが持続した業務

    (ル) 事業主が、労働基準法規に違反していたり、健康診断を実施せずに当該労働者の健康状態を把握していなかったり、健康診断を実施していたとしても、当該労働者の実情を考慮して、その健康を保持する必要上、就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、作業環境測定の実施、施設・設備の設置・整備等適切な措置を講ずべき義務があるにこれを怠ったりした場合に、引き続き従事した業務

    (ヲ) その他上記(イ)ないし(ル)に準ずる業務

  ロ 発症に影響を及ぼす期間については、当該事案ごとに判断されるべきであるが、過重負荷を受ける業務が発症の直前、当日、前日、1週間前でなく、長期間にわたって過重な業務が継続した場合であっても、精神的・身体的負担の程度によっては基礎疾患等をその自然経過を超えて増悪させ得ることもあるので、長期間にわたる疲労の蓄積も含めた総合判断を行う必要がある。

(5) 認定要件(1)ロについて

   当該労働者に基礎疾患等を増悪させる危険因子として飲酒や喫煙があるというだけでは脳・心臓疾患等の発症にどの程度寄与したかを判定することは困難であるから、脳・心臓疾患等発症の危険因子として飲酒や喫煙があってもその存在だけで被災労働者の基礎疾患等が同人の従事した業務と関わりなく、確たる発症因子がなくてもその自然経過により発症する寸前にまで進行していたと評価するのは相当でない。

   そして、当該労働者に基礎疾患等を増悪させる危険因子が飲酒や喫煙以外に複数存在するとしても、その存在により基礎疾患等が短期間にその自然経過により増悪して脳・心臓疾患等を発症等させる寸前まで進行させるものではなく、治療等により当該複数の危険因子の危険度は上下するものであり、かつ、当該複数の危険因子が脳・心臓疾患等を発症等させる寸前まで進行させるには相当長期間の経過を要する。

   したがって、基礎疾患等を増悪させる危険因子が飲酒や喫煙以外に複数存在する場合、相当期間経過の中で当該複数の危険因子の危険度を検討し、基礎疾患等が確たる発症因子がなくても自然経過により発症寸前まで進行させていたか否かを判断する必要がある。

(6) 認定要件(2)について

   最高裁三小1996年1月23日判決(平成6年(行ツ)第24号)は、労作型の不安定狭心症を発症した当日及び翌日に公務に従事した高校体育教諭が、入院の上適切な治療と安静を必要とし、不用意な運動負荷をかけると心筋梗塞に進行する危険の高い状況であったにもかかわらず、直ちに安静を保つことが困難で、引き続き公務に従事せざるを得ず、その結果心筋梗塞を発症して死亡した事案につき、同教諭の死亡は「公務上」の死亡に該当すると判断した。

   このような事案を「業務上」と認定するため、「脳・心臓疾患等を発症又は増悪し、速やかに適切な治療等を受ける必要があったにもかかわらず、引き続き業務に従事せざるを得ない状況の下で業務に従事し、その結果、脳・心臓疾患等を増悪させ又はその増悪により死亡した」場合も「業務上」の疾病として取り扱うものとし、これを認定要件としたものである。

以 上

2001/09/11