過労死に関する資料室

HOME > 過労死に関する資料室 > その他重要資料 > 過労性の脳・心疾患、精神障害及び自殺の労災認定に関する意見書(1996年10月1...

過労性の脳・心疾患、精神障害及び自殺の労災認定に関する意見書(1996年10月13日 過労死弁護団全国連絡会議)(民主法律233号、1998年2月)

1996年10月13日

過労性の脳・心疾患、精神障害及び自殺の労災認定に関する意見書

労働大臣伊吹文明殿
東京都文京区本郷2-27-17 MRKビル4階
川人法律事務所内    TEL O3-3813-6999
過労死弁護団全国連絡会議
             代表幹事  岡村親宜
             同     水野幹男
             同     松丸 正

 私たちは、1988年以来、社会問題となっている「過労死」問題の解決のため、全国各地に弁護団を組織して、労災申請事件、不支給処分取消請求不服申立事件、不支給処分取消請求行政裁判事件、法定外補償請求事件、損害賠償事件、団体定期保険金請求事件等の事件を担当してきました。
 つきましては、貴省が、過労性の脳・心疾患、精神障害、及び自殺の労災認定に関し、私達の下記意見を考慮され、速やかに上記にかかる現行行政を改善されるよう要望する次第です。
              記

第1 過労性の脳・心疾患の労災認定につき、相対的有力原因説を採用して「業務外」と認定した控訴審判決を「法令の解釈適用の誤り」として破棄・自判して「業務上」と認定した最高3小97・5・25判決の結論に従い、相対的有力原因説採用の行政解釈を改め、同解釈に基づく認定基準を改訂し、「業務上」認定足の枠組みを拡大した新たな認定基準を制定すること。

 過労性の脳・心疾患は、複数の原因が共働(競合)して発症することの多い疾病であるが、貴省は、この場合、「業務上」と認定されるためには、被災労働者の発症前に従事していた業務とともに基礎疾患等が共働(競合)して発症したと認められれば足りるとする共働原因説は採用でき得ず、業務が基礎疾患等に比べて相対的に有力な原因と認められなければならないとする行政解釈(相対的有力原因説)を採用し、同行政解釈に基づき現行認定基準を制定して労災認定を行ってきた。このため、過労性の脳・心臓疾患の多くは、「業務外」と認定され、労災補償の適用は例外としてきた。
 しかし、①基礎疾患ないし素因、②発症2日前の電柱落下事故による顔面負傷による精神的・肉体的ストレス及び③上記ストレス下での発症前2日間の厳冬期柱上作業への従事の3つの原因が共働(競合)して脳血管疾患を発症した事件につき、最高三小97・4・26判決は、発症2日前の電柱落下事故による顔面負傷による精神的・肉体的ストレス及び上記ストレス下での発症前2日間の厳冬期柱上作業への従事の原因が、基礎疾患ないし素因の原因に比べて相対的に有力な因子であったとは認められないとして相当因果関係を否認した控訴審判決を「法令の解釈適用を誤った違法」があるとして破棄し、①「基礎疾患等が確たる発症因子がなくてもその自然経過により血管が破綻する寸前にまで進行していたとみることは困難である」と認められること、②発症2日前の電柱落下事故による顔両負傷による梢神的・肉体的ストレスは、被災者の「基礎疾患等をその自然経過を超えて急激に悪化させる要因となり得るもの」と認められること、⑨発症前2日間の厳冬期柱上作業は「相当の緊張と体力を要する作業」と認められることを認定し、上記事実を総合して、被災者は「同人の有していた基礎疾患等が業務上遭遇した本件事故及びその後の業務の遂行によってその自然の経過を超えて急激に悪化したことによって発症したとみるのが相当」として相当因果関係の存在を肯定し、「業務上」の死亡に該当すると判示した。
 したがって、上記最高裁判決により貴省が採用している相対的有力原因説は、形式的にも実質的にも明確に排斥されたものというべきである。
 よって、貴省としては、当然上記司法の結論に従うべきものであり、相対的有力原因説採用の行政解釈を改め、同解釈に基づくほ定基準を改訂し、「業務上」認定の枠組みを拡大し、基礎疾患等のある過労性の脳・心疾患につき、総合判断において次の要件が組められれば、「業務上」の死亡もしくは疾病と認定するよう現行認定基準を廃止し、早急に新認定基準を制定すべきである。
 ① 被災者に基礎疾患等があっても、基礎疾患等が確たる発症因子がなくてもその自然経過により血管が破綻等する寸前にまで進行していたと認められないこと。
 ② 被災者が発症前に従事した業務による精神的、肉体的負担によるストレスが発症の誘因となり得るものと認められること。
 ③ 業務による精神的、肉体的負担によるストレス 以外に他に確たる当該脳・心疾患の発症因子が認められないこと。

第2 過労性の精神障害の労災認定につき、貴省は、心因性精神障害に限定し、しかも特別に厳格な粟件が「十分な資料によって組められることが必要」とし、その業務上認定を厳格にしているが、内因性精神障害についても労災認定の枠組みを拡大し、かつ、精神障害の「業務上」外認定についても、総合判断において、業務による精神的、肉体的負担が発病の誘因と認められれば、相当因果関係を肯定して「業務上」の疾病と認定するよう行政を改善すること。

 貴省は、精神障害は、外因性(器質性)精神障害と心因性精神障害及び内因性(機能性)精神障害に分類されるところ、前二者の精神障害だけが「業務上の疾病として取り扱われ得るもの」とし、内因性精神障害は、業務上の疾病として取り扱われ得ないものとしている(労働省労働基準局編著『業務災害及び通勤災害の理論と実際下巻』労働法令協会、1985年刊、260頁)。
 しかし、現在では精神医学上、定説として心因性精神障害のみならず内因性精神障害についても労働条件、生活環境等の誘因が加わっで発病するとされており、内因性精神障害を業務上の疾病として取り扱われ得ないものとすることは、不当に労災認定の機会を奪うものであって、速やかに内因性精神障害についても業務上の疾病として取り扱われ得るよう行政改善措置を講ずべきである。
 また貴省は、「心因性精神障害が業務上の疾病として認定されるためには、次のような事項が十分な資料によって認められることが必要」とし、精神障害の労災認定について、特別に厳格な取り扱いをしている(前掲書261)。
 ①「発病させるに足る十分な強度の精神的負担が業務と関連して存在することが認められること」
 ②「当該疾病の有力な発病原因となるような業務以外の精神的負担がないこと」
 ③「精神障害の既往歴がないこと等当該疾病の有力な発病原因となもなるような個体的要因がないこと」
 しかし心因性精神障害及び内因性精神障害についても、本来、被災者の従事した業務と当該精神障害の間に相当因果関係が肯定されれば「業務上」の疾病と認定されるべきであり、精神障害につき特別に厳格に取り扱いをすることほ不当かつ適法というべきである。
 したがって、心因性精神障害及び内因性精神障害につき、総合判断において次の要件が低められれば、「業務上」の疾病と認定するよう、早急に行政改善措置を構ずべきである。
 ① 当該精神障害が、確たる発病要因がなくても、 被災者の個体的要因だけで発病したと認められないこと。
 ② 被災者が発病前に従事した業務による精神的、肉体的負担によるストレスが発病の誘因となりなり得るものと認められること。
 ③ 業務による精神的、内体的負担によるストレス以外に他に当該精神障害の発病原因となるの確たる発病要因が認められないこと。

第3 労基署に対する自殺労災申請事件についての全事件局・本省協議制度を廃止し、労基署が本省、局との協議を経ることなく単独で迅速かつ公正に結論をくだせる体制を確立し、自殺の労災認定につき、労働者の自殺時に精神障害に罹患しており精神異常により心神喪失状態にあった場合に限定して「業務上」と認定するとの行政を改善し、労働省の自殺時に捕神障害に罹患しており精神異常により心神喪失状態にあったか否かかにかかわりなく、労働者が自殺以前に従事していた業務と自殺との何に相当因果叫係が認められれば「業務上」と認定するようす今やかに行政改善措置を講ずること。

 法は、すべての労災申請事件について、第一線行政機関である労基者が、労働者保護の立場から、柔軟に法を運用して迅速に業務上外認定を行い、被災者とその遺家族を救済すべきものとしている。
 しかるに貴省は、自殺労災申請事件については、労基署は、その全事件につき局・本省と協議し、局・本省の結論に従って業務外認定を行なわなければならないとしており、事件数の増大にともない、署段階の調査の遅れのみならず、局・本省段階の検村の遅れにより、署が結論を出すのに申請から4年以上もの長年月を要している事案もあり、その遅れは放置でさない事態となっている。
 しかし、自殺労災申請事件が年数件の時代ならともかく、とりわけ東京地判98・3・29電通事件以降事件が急増している現在においてけ、金事件につき局・本省と協議しなければ署が結論を出せない体制は、法の趣旨に全く反し、不当かつ達法というべきものである。
 したがって、この現在の体制を即時廃止し、暑が局・本省と協議することなく単独で業務上外認定を行い、迅速公正に結論を下せる体制をとるよう行政改善措置を構ずべきである。
 また、貴省は、1985年の労災保険法の保険給付制限規定の改正以降、現行12粂の2の2第1項(旧19条)が「労働者が、故意に負傷、疾病、障害若しくは死亡又はその直接の原因となった事故を生じさせたときは、政府は保険給付を行わない」と定めたのを境に、同規定は、「業務上とならない事故(注 業務と相当因果関係が認められない事故)について確認的に定めたものであって、労働基準法第78条の規定で、結果の発生を意図した故意によって事故を発生させたときは当然業務外とし、重大な過失による事故についてのみ定めているのと対応するものである」とし(65年7月31日基収901号)、同規定を根拠に「自殺が業務上の死亡として取り扱われるのはそれが業務上の負傷または疾病により発した精神異常のために、かつ、心神喪失の扶態において行われ、しかもその扶た善が当該負傷又は疾病に原因している と認められる場合に限られている」と して、自殺の労災認定を極端に厳格に取り扱ってきた(1068年12月31日付基発901号)。このため自殺の「業務上」認定事件は、極端に少ない現状にある。
 しかし、法定補償の基本法である労基法78条は、労働者が「重過失」によって負傷し又は疾病にかかった場合であっても「業務上」の傷病と認められる(業務との相当因果関係が肯定さされる)ことを前提として、行政官庁の認定を条件に、使用者の休業補償及び障害補償に限定して補償責任を免責するものであり、したがって、労働者が「重過失」によって負傷して療養し、死亡した場合には、その療養補償、遺族補償及び葬祭料の補償責任は免責されるものではないから、同規定は、「業務上とならない事故(業務と相当因果関係が認められない事故)について確認的に定めたもの」ではないことは明らかである。労働基準法上、故意または重過失の有無にかかわりなく、その補償対象は「業務上」の(業務と相当因果関係が肯定される)傷病死であり、労働者が自殺した場合についても、当該自殺が被災労働者の業務と相当因果関係が肯定されれば、使用者には当然遺族補償及び葬祭料支払の補償責任が発生するのである。この場合、被災労働者に結果の発生を認容するという意味での「故意」は存在するが、上記意味の「故意」により因果関係が中断され、「業務上とならない事故」(業務と相当因果関係が認められない事故)と認められることにはならないのである。
 したがって、労働基準法78条が、被災労働者に「故意」又は重過失があった場合について「業務上とならない事故」(業務と相当因果関係が認められない事故)を「確認的に定めた」ものとし、労災保険法の現行12条の2の2(旧19条)が被災労働者に結果の発生を認容するという意味での「故意」又ほ重過失があった場合について「業務上とならない事故」(業務と相当因果関係が認められない事故)を「確認的に定めた」ものとする解釈が誤った解釈であることは明らかというべきである。
 そして、労災保険法は、労働基準法の定める使用者の災害補償の責任保険であり、その補償対象は両法同一と解するのが相当であり、貴省自身そのように行政解釈してきたものであるから、労災保険法の補償対象についても、それは労働基準法と同じく、故意または重過失の有無にかかわりなく、「業務上」の(業務と相当因果関係が肯定される)傷病死であり、労働者が自殺した場合についても、当該自殺が被災労働者の業務とし相当因果関係が肯定されれば、当然遺族補償及び葬祭料支払の補償費任が発生すると解するのが相当である。この場合、被災労働者に結果の発生を認容するという意味での「故意」は存在するが、上記意味の「故意」により因果関係が中断され、「業務上とならない事故」(業務と相当因果関係が揉められない事故)と組められることにはならないと解するのが相当というべきである。
 1965年改正以前の労災保険法19条1項は、制定当初より「故意又は重大な過失によって‥‥労働者が、業務上負傷し、若しくは疾病に罹ったときは、政府は保険給付の全部又は一部を支給しないことができる」と定めていたが、これは、同法上も被災労働者に結果の発生を認容するという意味での「故意」または重過失の有無にかかわりなく、補償対象は「業務上」の(業務と相当因果関係が肯定される)傷病死であり、しかし「故意または重過失」が認められる場合には保険給付の支給制限を行うことが可能であることを定めていたものと解するのが相当というべきである。
 そして、1965年改正の現行12条の2の2第1項(旧19条)は、同条2項の「故意の犯罪又は重大な過失」による傷病死の裁量的支給制限と異なり、全ての保険給付をしないとする絶対的支給制限規定であるから、同条の定める「故意」は、単なる結果の発生を容認するという意味での「故意」と解するのは相当でなく、裁量的支給制限の根拠とされている「故意の犯罪行為よりも高度のものであり、それは「偽りその他不正の手段により保険給付を受けようとする意思」と解するのが相当というべきである。
 したがって、1965年改正の現行12条の2の2第1項(旧19条)は、「業務上とならない事故(注 業務と相当因果関係が認められない事故)について確認的に定めたものであって、労働基準法第78条の規定で、結果の発生を意図した故意によって事故を発生させたときは当然業務外とし、重大な過失による事故についてのみ定めてているのと対応するものである」とする65年7月31日付基収901号は.誤った解釈というべきであり、同規定を根拠に 「自殺が業務上の死亡として取り扱われるのはそれが業務上の負傷または疾病により発した精神異常のために、かつ、心神喪失の状態において行われ、しかもその状態が当該負傷又ほ疾病に原因していると認められる場合に限られている」として、自殺の労災認定を極端に厳格に取扱う1968年12月31付基発901号の解釈も誤った解釈というべきであって早急に改善措置を構ずべきものというべきである。
 過労性の自殺についても、本来、被災者の従事した業務と当該自殺との間に相当因果関係が肯定されれば「業務上」の疾病と認定されるべきであり、それが業務上の負傷またほ疾病により発症した精神異常のために心神喪失の状態において行われ、しかもその状態が当該負傷又は疾病に原因していると認められる場合に限定して特別に厳格な取り扱いをすることほ不当かつ違法というペきである。
 したがって、過労牲の自殺については、被災者が自殺時に、精神異常のため心神喪失にあったと認められるか否かにかかわりなく、精神異常のため心身喪失にあったと認められなくとも、総合判断において、次の要件が認められれば、「業務上」の死亡もしくは負傷(未遂の場合)とするよう、早急に行政改善措置を構ずべきである。
 ① 労働者が、自殺前に確たる自殺動機がなくても、自殺する状態にあったとは認められないこと。
 ② 被災者の自殺前に従事した業務による精神的、、肉体的負担によるストレスが自殺の動機となり得るものと認められること。
 ③ 業務による精神的、肉体的負担によるストレス以外に、他に確たる自殺の動機が認められないこと。

1996/10/13