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異常な長時間労働に慰謝料請求─建設技術研究所・浅野事件 弁護士 岩城 穣(民主法律272号・2008年2月)

弁護士 岩城 穣

入社1~2年目で4000時間を超える長時間労働
 原告の浅野啓さんは、国立大学の大学院工学研究科(土木工学専攻)を卒業し、2001年4月、株式会社建設技術研究所(以下「被告会社」という。)に入社、大阪支社の河川を担当する部に配属された。
 被告会社は、土木建設関係の調査、計画、設計、工事監理等を行なう建設コンサルタントの最大手で、1963年創立、2006年7月現在資本金約30億円、従業員約1100名で、東証一部に上場している。
 浅野さんの仕事は、主に国土交通省や自治体が発注する河川整備計画策定業務の治水部分を担当し、とくに、激務であった2002年から2003年3月までの間は、当時計画中であったダムの検討やハザードマップ(浸水想定図)作成を行なうための氾濫シミュレーションや資料作成を主に行なっていた。
 被告会社では、厳しい経費削減により仕事に必要なOA機器や人材が不足し、協力会社への業務依頼も厳しく制限される一方、新入社員を含む社員に対して厳しいノルマが課せられた。
 このような状況のもと、浅野さんの2002年の一年間の労働時間は、会社側の資料によっても3565.5時間、また、メールの送受信記録や電子ファイル保存時刻の記録もふまえると3869時間、実際にはそれを大幅に上回り4000時間を超えていた。ピーク時には、一ヵ月間に488時間(これは土日なしで1日16時間以上になる。)、残業だけでも340時間に及んだ。
 この間、48時間不眠で働いてシャワー、着替え、3時間程度の仮眠が1回という生活が続いた。また、入院中の祖父の容態が悪化したが、会社側からは「仕事を終えてから帰省しろ」と命じられ、結局会えないまま祖父は息を引き取った。
 納期当日には、上司は出社できなくなり、苛立った発注者が浅野さんの机に詰め寄る事態に発展した。完成したのは納期10分前であったとのことである。
 このような残業のほとんど(1年間でおよそ1700時間)がサービス残業であり、賃金未払いである。
 浅野さんは、睡眠時間の確保とタクシー代を浮かせるため、会社から歩いて通勤できるところへ引っ越すことまでした。

「身体表現性障害」・「抑うつ状態」による休職と復職の繰り返し、そして懲戒解雇
 2002年12月頃から浅野さんは、朝、出社前に度々嘔吐しするようになり、出社が遅れたりするようにことも多くなった。そのため上司から怒鳴り散らされ、さらに体調が悪化するという悪循環に陥った。
 2003年に入ると体調はさらに悪化し、2月下旬には医師から「身体表現性障害」と診断された。その後は休職と復職を繰り返し、その年の12月には「抑うつ状態」との診断がなされた。
 そんな浅野さんに対して、会社は支援をするどころか、配置転換を拒否したり「窓際族」のような単純作業をさせるなどしたため、浅野さんの病状はいっそう悪化した。
 そして、2005年12月、会社は浅野さんを「重責解雇」(懲戒解雇)したのである。

証拠保全と提訴
 その間、浅野さんは被告会社の組合や東京の労政事務所、大阪の労働相談センターなどいくつもの団体や窓口に相談したりしていたが、解雇通知の直前、私に相談した。私の紹介で、一人でも入れる地域労組に加入し、数回にわたり団交を行ないましたが、会社は責任を認めようとしなかった。
 2006年3月証拠保全を行なったところ、多くの重要な資料を入手することができた。
 そこで同月、浅野さんは本件訴訟を起こした。

異常な長時間労働の責任を問う
 電通事件最高裁判決(平成12年3月24日)は、「労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは、周知のところであ」り、「使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であ」るとしている。
 すなわち,「心身の健康を損なう」ような長時間労働をさせることは、使用者の労働者に対する安全配慮義務違反、注意義務違反であるとしているのである。
 私に相談に来られた当時、浅野さんの病状は相当重い印象を受けた。しかし、地域労組に加入して主体的に団交をしたり、証拠保全手続きで自ら会社に乗り込んだりするなかで、自信を回復し、元気を取り戻してきた。
 一般に、訴訟になるのは過労死や過労自殺したりにいたるなど、重い精神疾患の後遺障害が残ったケースが多いが、浅野さんの場合、相談に来られた当時は病状が相当重い印象を受けましたが、地域労組に加入して主体的に団交をしたり、証拠保全手続きで自ら会社に乗り込んだりするなかで、自信を回復し、元気を取り戻してきた。本件では、幸いにして等級がつく程度の後遺障害は残っていない。しかし、たまたま後遺障害が残らなかったからといって、会社が異常な長時間労働をさせたことの違法性がなくなるわけではない。また、会社が行なった解雇が正当化されるわけでもない。
 そこで、①4000時間を超える身体表現性障害や抑うつ状態を発症させるほどの長時間労働自体をさせたことが違法行為(安全配慮義務違反や不法行為)であるとして、身体表現性障害や抑うつ状態を発症させたことに対する慰謝料400万円を請求することにし、また②解雇の無効を理由とする地位確認と賃金支払い、さらに違法な解雇に対する慰謝料200万円と弁護士費用60万円を請求することにした。
 この事件の提訴には社会的関心が高く、NHKと朝日新聞が事前報道をし、また提訴当日は多くのテレビや新聞が報道した。
 年間3000時間から4000時間にも及ぶ長時間労働で倒れるギリギリのところで苦しんでいる人、体を壊して退職に追い込まれる人、そして過労死・過労自殺まで追い込まれる人が数多くいるなかで、この裁判は、長時間労働そのものが違法行為で許されない、企業は労働法規・コンプライアンスを守れ、ということを正面から問う裁判なのである。

会社全体としての異常な長時間労働
 浅野さんの異常なまでの長時間労働は、決して浅野さんの個人的な事情によるものではなく、被告会社全体、さらにはこの業界全体が陥っている深刻な問題である。
 被告会社では、「在社時間」と「労働時間」を分け、「在社時間」の「年間規制値」を2800時間と設定している。
 しかし、仕事以外の目的で長時間会社に好き好んで「在社」すしているはずはなく、この「在社時間」は実質的に「労働時間」であり、これについて賃金は支払われていないことから、会社のいう「労働時間」と「在社時間」の差のほとんどは「サービス残業」であると考えられる。そして、浅野さんの例でもわかるように、実際の労働時間はこれよりもさらに多いはずである。
 被告会社では労使で「残業問題監視委員会」を作り、「残業実態の把握と対策」に努めているが、その平成一六年の「報告書」によれば、「在社時間、労働時間、休暇取得日数の推移」はつぎのようになっている。

  H12年 H13年 H14年 H15年 H16年
在社時間 2375.6 2412.6 2490.6 2514.3 2552.8
労働時間 2081.4 2070.5 2085.9 2083.7 2101.1
休暇取得日数 15.2 15.2 14.4 14.1 14.9

 このうち「労働時間」についてみると、「毎月勤労統計調査」による平成14年の年間平均労働時間(賃金の支払いを受けている労働時間)は1825時間であるので、同年の被告会社における労働時間は全国平均よりも260時間も多いことになる。
 しかも、「在社時間」は、「労働時間」よりも300~450時間も多く、その差は毎年拡大していっていることがわかる。
 平成14年度で、年間2800時間の「規制値」を超過する社員は75人に及び、このうち3000時間を超える者が、浅野さんを含め30名もいる。浅野さん(3565.5時間)を超える人も2人(3896.5時間、3571.5時間)いる。
 一年間のなかでは、とくに年度末の2月、3月の「在社時間」は飛び抜けて多く、平均で月250時間を大きく上回っている。
 「年次別在社時間分布(基幹職)」を見ると、3年次(入社3年目)~22年次までの者で年間3000時間を超えている者が相当数いる。年間3000時間は月250時間であり、いわゆる過労死の労災認定基準である月80時間の法定外時間外労働時間のラインにほぼ相当する。
 被告会社のような業界をリードすべき大企業において、このような異常な長時間労働・サービス残業が会社ぐるみで行なわれていることは許されない。
 この訴訟では、このような会社全体、業界全体の長時間・過密労働の実態を明らかにしていきたいと考えている。
   (弁護団は中森俊久と私である。)

(民主法律272号・2008年2月)

2008/02/01