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待機時間につき「帰りたくても帰れない状況は疲労を蓄積する」と認定された事案 弁護士 中森俊久(民主法律272号・2008年2月)

弁護士 中森俊久

1 事案の概要
  福岡市博多区の産業用ロボット製作会社に勤めていた男性(当時43)=佐賀県鳥栖市=がくも膜下出血を発症して死亡したのは、長時間労働を放置した同社に原因があるとして、男性の妻子が同社を相手取り計約1億5000万円の損害賠償を求めた民事訴訟事案である。平成19年10月24日、木村元昭裁判長は「男性の労働条件を改善する努力を怠った」と同社の安全配慮義務違反を認め、計約6500万円の支払いを命じた(なお、遺族は05年2月、福岡中央労働基準監督署に労災認定を申請し、同年11月に労災認定を受けている。)

2 争点とその判断
(1) 被告の安全配慮義務違反
ア 量的過重性
  証拠保全を行ったところ、被告会社には被災者のタイムカードが存在した。しかも、作業日報も残っており、そこには被災者が従事した作業毎に要した時間も書き入れられていた。作業日報で報告されている勤務合計時間は、労働時間とされるべき手待時間や移動時間が含まれておらず、実際にも、当該労働日の作業日報による勤務合計時間は、タイムカードをもとに算出した実動労時間よりも数十分から1時間半程度過小となっていた(平均50分程度)。そこで、タイムカードの打刻抜けの部分については、作業日報から把握できる勤務合計時間に50分を加えた時間を当該日の被災者の労働時間として、労働時間を算出する主張を行った。すると、被災者は、月80時間のいわゆる過労死ラインを大幅に上回る残業を常に強いられていたことが判明した(最高で月188時間)。
  これに対し、被告は、タイムカードから算出される時間は、被災者が実際に会社にいた時間に過ぎず、管理者である被災者は、社内に残って趣味に興じたり、眠っていたことが多かったなど、被災者の社内における業務以外の行動を事細かに主張し、タイムカードから算出される時間を労働時間の前提にすることを非難した。
一体何のためのタイムカードであろうか。我々は、タイムカードによる労働時間管理が通達でも要請されており、会社の労務管理上、労働時間の管理がいかに重要であるかということを繰り返し主張した。また、作業日報は各受注品ごとに原価や利益を計算する、つまり、原価計算を行うために作成するものであるから、その正確性は自ずと明らかであり、作業日報の勤務合計時間に手待時間や移動時間が加えたタイムカードを根拠とした時間が実際上も労働時間として正確であると念押しした。
  裁判所は、「従業員を待っている間、自由な時間を過ごしていたことを考慮しても、帰りたくても帰れない状況というのは精神的肉体的な疲労を蓄積するものと考えられる。更に、○○(被災者)が、他の従業員が残業をしていない場合に趣味のために会社に残っていたことがあったとしても、証人○○は、基本的に遅くまで残っているのは仕事があるからかの問いに対して、我々は管理職なので現場の作業があるときは残らざるをえない気持ちで残っているなどと答えていることからすれば、○○(被災者)が遅くまで会社に残っていたのは、基本的には他の従業員の仕事が終わるのを待っている場合であって、完全に趣味のために残っていることがあったとしても極めて少ないとみるべきである。」として、タイムカードを前提とした時間を被災者の労働時間であるとした。

イ 質的過重性
  被告の利潤追求のためのコスト削減、それによる人員不足のために、製造部長として製造部全体を指揮監督する業務に従事していた被災者には、多くのストレスがのし掛かった。その上、平成15年11月に竣工したばかりの別工場の指揮監督も任され、被災者の精神的負荷はより増した。
  これに対し、被告は、「製造部部長の職については、被災者が進んでその職に就いたものであり、本人にとっては、製造部長の業務は、やりがいを感じることはあっても、ストレスを感じるような業務ではない」などとの独自の一般論を展開した。進んで職に就いたことと、その後の精神的負荷の度合いは全く別の話であり、被告の主張は、実際の被災者の業務における精神的負荷に目を向けるものですらなかった。裁判所も、「納期までに予算内に製造できるよう常に気を配らなければならないため、精神的に負荷のかかる業務であった」と認定した。

(2) 相当因果関係
  原告らは、くも膜下出血は過労死の典型であること、判例の集積と厚生労働省の過労死についての認定基準、さらには脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会報告書をもとに、被災者の常軌を逸した長時間労働による蓄積疲労とくも膜下出血の発症との間の相当因果関係は明らかであることを主張し、裁判所もそれに沿った認定を行った。

(3) 寄与度減殺
  タバコの本数などについて争いがあり、原告らの記憶などから被災者の1日に吸うタバコの本数は10本程度であったと主張したが、裁判所は、会社での健康診断にて高血圧の数値が出るなか(なお、通院していた病院での血圧の測定結果は正常であった。)1日あたり20ないし30本のたばこを吸っていたと認定して、20%の寄与度減殺を行った。

(4) 損害
  被災者は、製造部長という肩書きはあるものの、使用者と一体的な地位にあるといえるほどの権限はなく、出退勤についても自由裁量はなかった。従って、被災者が労働基準法41条2項の管理監督者には該当しないことから、原告らは、未払いの残業代(被告会社の社員45名中、被災者を含む40名は固定給で、残業代は一切支払われていなかった。)を含めたうえで基礎収入を算出すべきであると主張した。しかしながら、判決は、被災者の地位や賃金などから、被災者を労働基準法41条2項の「監督若しくは管理の地位にある者」に該当するとした。

3 高裁での主張について
  寄与度減殺及び管理監督者性の判断を不服として、原告らは控訴を行った。一方、被告は、そもそも安全配慮義務違反の事実はないとして、同じく控訴を行った。
  現在、控訴審に係属中である。タイムカード上に常軌を逸するほどの残業時間が刻字されているのにもかかわらず、それを実際の労働時間として認めない会社側の主張は当然に排斥されるべきである。深夜にわたる残業の折、少し手を休めてネットサーフィンをすることがあったとして、それを非難される言われはない(これは一般論である。)タイムカードが形だけのものになっては意味がない。労働時間管理の重要性を改めて感じた事案である。控訴審での早期の解決を願うばかりである。
(弁護団は松丸正弁護士と私)

(民主法律272号・2008年2月)

2008/02/01