過労死問題について知る

HOME > 過労死問題について知る > 勝利事例・取り組み等の紹介 > 金谷過労自殺行政訴訟、福岡高裁でも勝訴し確定 弁護士 松丸 正(民主法律時報41...

金谷過労自殺行政訴訟、福岡高裁でも勝訴し確定 弁護士 松丸 正(民主法律時報419号・2007年5月)

弁護士 松丸 正

1、高裁の勝訴判決と確定
 故金谷亮一さん(当時48才)は、鐘淵化学工業㈱の社員であったが、平成11年8月2日に九州カネライト㈱への出向を命じられ、設備メンテナンス業務等に従事していた。
 業務による過重な心理的負荷により同年10月下旬から11月にかけて適応障害あるいはうつ病を発症し12月15日に自殺した。八女労基署長は平成13年9月11日に業務外と判断し不支給処分を下したが、妻一美さんはこれを争って福岡地裁に提訴し、平成18年4月12日に業務上と判断のうえ不支給処分を取消す旨の判決が下った。これに対し国(八女労基署長)は控訴し、平成19年5月7日福岡高等裁判所は国の控訴を棄却する判決を下し、国は上告を断念し、判決は確定した。

2、高裁での早期結審
 トヨタ過労自殺名古屋高裁判決(平成15年7月8日判決)につづく全国で2件目の自殺について業務上と判断した高裁判決であり、今後の精神障害・自殺の労基署長の労災認定実務に大きな影響を及ぼす判決である。
 高裁では、国側は多数の精神科医の意見書とともに、既に地裁で証人として調べた者も含む勤務先の同僚や上司たちの多数の陳述書を提出し、地裁判決をくつがえそうとする並々ならぬ意思をもって対抗してきた。これに対し弁護団は、精神科医の意見書の弱点、同僚らの陳述書に計らずも明らかになっている有利な事実を明らかにすることによって、早期結審の方針をもって臨み、高裁の弁論は平成18年10月4日、同19年1月19日の2回のみで結審し判決を迎えている。

3、控訴審での国側の主張・立証の中心
 高裁では、国側の、ストレスの強度をどのような労働者を基準として評価するかという点を中心に反論、立証してきた。厚労省の精神障害・自殺の認定基準である「判断指針」では、「同種労働者」を基準としており、トヨタ名古屋高裁判決では、性格やストレス反応性について多様な状況にある労働者のうち日常業務を支障なく遂行できる同種労働者のなかで「最も脆弱な者」を基準とするとしていた。
 これに対し国側は、「判断指針」の立脚しているストレス-脆弱性理論の下では客観的に心理的負荷の強度を評価すべきであり、「平均的労働者」を基準とすべきであると主張した。
 「平均的労働者」においては発症しない程度の心理的負荷によって発症したときは、「隠れた脆弱性」による発症と考えられ、業務上は判断できないと言うのである。
 この点につき今回の福岡高裁判決は、福岡地裁判決同様、「業務内容等の心理的負荷の強度等の検討に当たっては、同種労働者を基準とすべきであり、その場合、通常想定される労働者の範囲に幅があることを前提として考慮すべきである」と判断している。

4、複数の出来事の評価
 また、複数の出来事が発症前に存在したとき、その心理的負荷についての相互・相乗作用をどう評価するかが多くの精神障害・自殺事案の争点となっているが、「心理的負荷の要因となる業務上の出来事が複数存在する場合には、各要因が相互に関連して一体となって精神障害の発症に寄与すると考えられるから、これらの出来事を総合的に判断し、精神障害を発症させるおそれのある強度のものであるかを具体的かつ総合的に判断するのが相当である。」と判断している点も重要である。

5、発症後、増悪過程の評価
 更に、「判断指針」は、精神障害発症後の出来事については評価しないとしているが、福岡高裁判決は、発症後自殺に至るまでの増悪過程での出来事もトヨタ名古屋高裁判決同様評価の対象にしており、この点も労災認定実務に大きな影響を及ぼすものと言えよう。

6、個体側脆弱性の否定
 この判決は、国側が控訴審で精神科医を動員して立証しようとした故亮一さんの個体側の脆弱性につき、「資格マニアと言われる程に真面目で、勉強家でもあり、鐘化工業及びカネカにおいて約29年間稼動してきたもので、この間、雇用関係で特段の問題を生じさせたこともなく、一方、酒は嗜まず、カネカ時代は禁煙に努め、剣道等も有段者であり、家庭的で、禁欲的とも評価できる程の嗜好や趣味、生活状況であったのであり、亮一の性格傾向の一面のみを捉えて隠れた脆弱性があると認めるのは相当ではないというべきである。」として、否定している。

7、業務上の判断
 そのうえで、総合評価として、「亮一には、出向に伴う遠距離の単身赴任と、従前はほとんど経験がなかったメンテナンス業務への従事という遠因があり、一人で24時間稼動の機器のメンテナンスをしなければならないという心理的な負担感があり、これが前任者の永井係長が退職する予定の中での短期間における引継ぎの不十分なままの終了が近くなったこと、これらをカバーするため、長時間労働を余儀なくされたことなどの要因が重なり、また、予定された設備係長ないし同課長としてのより上回る適応が期待されていたのに、これに見合う能力を身につけることが困難となり、自信を喪失し、看板塔の見積りミスもあり、相乗的に影響し合って発症し、自殺に及んだと推認される」として業務上と判断、国側の控訴を棄却した。
8、救済の道を踏み固めて
 故亮一さんの名誉が守られるとともに、各地で業務上認定に取り組んでいる被災者・遺族にとって励ましとなるとともに、救済の道を更に踏み固める高裁判決である。
(弁護団は福岡の梶原恒夫、井下顕、平田かおり(現在は広島)、大阪の岩城穣と私)

(民主法律時報419号・2007年5月)

2007/05/01