過労死問題について知る

HOME > 過労死問題について知る > 勝利事例・取り組み等の紹介 > 武富士強制捜査の意義と今後の課題  弁護士 河村 学(民主法律時報368号・20...

武富士強制捜査の意義と今後の課題  弁護士 河村 学(民主法律時報368号・2003年1月)

弁護士 河 村 学

一、武富士本社等への捜索・差押
 二○○三年一月九日、大阪府労働局は、労働基準法三二条及び三七条違反の被疑事実で、武富士本社、同大阪支社を含む七カ所の捜索・差押を行った。
 労働局が、大企業に対して、強制捜査を行うことは極めて異例であり、労働時間管理の適正に対する労働局の強い姿勢の表れと評価できる。

二、武富士の残業代不払いの実態
 本強制捜査は、二○○一年七月一○日付の告発を受けて行われたものである。
 告発人は二人であるが、そのうち一人の告発内容は、退職前二年間の間に、約二六○○時間の時間外・休日手当うち合計約四二○万円が支払われていないというものであり、もう一人は、約一一○○時間の時間外・休日手当のうち合計約一七○万円が未払になっているというものである。
 武富士では、例えば、男子従業員の場合、常態として平日午前八時から午後九時までは働かせており、休日出勤等も併せてその時間外労働は月一○○時間を超えるような状態であった。しかし、武富士は、二五時間を超える残業時間を出勤表に記載することを許さず、業績が悪いときには、本社からの指示で、「男子は一五時間です。女子はなしです」などと通達し、その通りに出勤表に記入させていたのである。もちろんタイムカード等により時間管理を適正に行う措置は講じられていなかった。

三、告発から強制捜査まで
 告発後、さまざまな紆余曲折があったが、一年半を経過してようやく強制捜査の実現に漕ぎつけた。
 労働局が強制捜査に動いたのは、サービス残業に対する厳しい世論と、その根絶をめざす運動の高まりに後押しされたからである。
 また、その強制捜査が本件について行われたのは、被害の大きさに加えて、武富士が度重なる是正指導にも応じようとしなかったこと、労働時間を特定できる内部資料が存在したこと、大阪労働局の担当者に恵まれたことなどが大きかったと思われる。
 さらに、告発後強制捜査までに一年半の期間を要したのは、違反の程度、企業規模、社会的影響等が大きい事件であったこと、東京労働局との連携が必要であったこと、大阪労働局の対応がかなり慎重であったこと等のためであると思われる。労働局としては、調べられることを調べ尽くして強制捜査に臨んだという感じであった。

四、本件強制捜査の意義
 本件強制捜査は、武富士の法律を無視する企業体質が露わになったという点に意義があるが、労働者の生活・権利の面からは、サービス残業をさせ、残業代を支払わないことは犯罪であり、現実に処罰される可能性があるということを世間に知らしめた点に大きな意義がある。
 サービス残業は、大企業を含め、平然と行われてきたが、従来の労基署の対応は、労基法違反が明らかとなっても、将来に向けた是正指導を行うのみであった。しかし、この対処では、使用者は本来契約上ないし法律上支払うべき賃金のほんの一部を支払うだけで他を不問に付す結果となり、違反をした方が結果的に得をするという形となっていたのである(武富士の場合でも従業員に対する過去の残業代未払の総額は単純に計算して数億円から数十億円に達する可能性がある)。
 今回の強制捜査は、単に義務を履行させるというに止まらず、義務の不履行に対して刑罰というペナルティが科されることを意味するのであって、犯罪行為に対する社会的非難の大きさも考え合わせると、企業にとっては大きな足かせとなるはずである。

五、今後の課題
 残業代不払いについて、将来に向かっては是正指導がなされ、犯罪としては処罰されるとしても、それだけでは個々の労働者に支払われるべき過去の賃金は支払われないままである。そこで労働者は未払賃金請求の裁判をおこす必要がある。
 しかし、裁判所の立場は、時間外労働を行ったことの立証責任は労働者にあるというものであり、時効にならない過去二年間の未払賃金の請求について、毎日毎日の始業時間と終業時間とを個々に立証しなければ請求を認めないという態度である。しかしながら、これは実際上労働者に不可能を強いるものであるし、労働時間管理をいい加減にしている使用者がかえって支払を免れる結果になるという点で極めて不合理な態度というべきである。
 将来的には、適切な立法がなされる必要があると思われるが、現在の法制下においても、少なくとも、労働者において、使用者の主張する残業時間を超えて残業が行われており、その残業時間が常態的であるという事実を主張・立証し得た場合には、労働者が残業を行っていないという反証を使用者が個々に挙げない限りは労働者の主張する常態的な残業時間が推認されるというくらいの立場を裁判所はとるべきであると思う。使用者が時間管理を適正に行うことは可能かつ容易なのであるから、そのように解して何ら不都合はない。  現在、告発人の件について大阪地裁第五民事部で未払賃金請求の訴訟が係属中であるが、是非とも先駆的な判決をとりたいと考えている。 (弁護団は、松本七哉、杉島幸生、河村学)
(民主法律時報)

2003/01/01