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旧安田病院系列病院のヘルパーの損害賠償請求事件 弁護士 大橋恭子(民主法律249号・2002年2月)

旧安田病院系列病院のヘルパーの損害賠償請求事件
──過重労働で脳梗塞を発症したヘルパーの損害賠償請求事件で、
高度の高血圧症の基礎疾患につき素因減額を二割にして和解が成立した事例──

弁護士 大橋恭子

一 事件の概要
(1) Nさん(発症当時53歳)は、平成9年ごろ不正診療報酬請求等で大きな社会問題となったいわゆる安田病院の系列病院である大阪円生会病院で、昭和62年ころから付添婦として勤務していた。
  Nさんの勤務は、1日目の午前八時頃から2日目の午前10時まで、2日間で26時間連続して働くという、それ自体相当過酷なものであった。しかも、ヘルパーの予備人員が極めて不足していたため、ほとんど休みなしに上記勤務を連続して行っていた。倒れる直前3カ月に限ってみても、完全に休みをとれたのはわずか3日間だけで、中には2日目の夜から再び上記の勤務に入ることさえあった。
  このような超長時間労働に加えて、看護婦の適正人数の配置がなされておらず看護婦が著しく不足していたことから、点滴、消毒、検温、床ずれの処置といった本来看護婦がすべき業務もこなさなければならず、また、収容された患者の中には痴呆症の老人も多数いたことから、夜中に徘徊する、大声を出すなどの問題行動を起こすために、仮眠することはほとんど出来ず、労働の質的な負荷も相当であった。
  平成9年2月17日、同病院で夜勤の勤務中に脳梗塞を発症し、一命をとりとめたものの、言語障害、右半身麻痺という深刻な後遺症が残った。
(2) 97年8月、大阪南労基署に労災申請を行い、労基署は平成11年9月24日、業務上の認定を行った。その後Nさんの後遺障害等級は3級として固定した。
(3) 2000年2月17日、Nさんは大阪地方裁判所に、病院の運営主体である医療法人北錦会と、その実質的運営者であった安田基隆(平成11年6月27日死亡)の相続人三名に対し、合計1億2000万円余の損害賠償請求を求めて提訴した。

二 被告らの主張
  被告らは本件訴訟の中で、要旨次のとおり主張していた。
 ①脳・心疾患は業務がなくとも基礎疾患の進行により発症するものであって、元来使用者側が設定をした危険ではなく、労働が労働者にとって必要である以上、自己管理により基礎疾患の増悪の危険を回避すべき義務は、基本的には労働者自身にある。
 ②特に、原告は、平成7年9月ころ体調不良を理由に仕事を休んでいる期間があるところ、その直前に通院していた近医のカルテによれば、血圧の上の値が180台で、高い時には200を超えるという高値を示していた上に、上記カルテ等の医療記録からは原告が十分な治療を受けていなかったことが窺えたことから、被告からは、本件発症は、原告の基礎疾患及び自己保健義務を怠ったことによるものである。

三 裁判所の見解
  本件について裁判所は当事者双方に和解を勧告したが、その中で裁判所は、正式な合議は経ていないという前提付きであるが、要旨以下のような見解を示した。
(1) 使用者である被告の負う安全配慮義務は、原告ら労働者の申し出により初めて生じる義務ではなく、労働者の使用という事実により当然発生するものであって、労働者が健康状態を悪化させない等の配慮を行う第一次的な義務は被告にあると言わざるを得ない(大阪高裁平成8年11月28日判決・判例タ958号197頁以下参照)。
  そして、その安全配慮義務の具体的内容としては、労働時間、休憩時間、仮眠時間、休日、休息・仮眠場所等について適正な労働条件を確保し、さらに、健康診断を実施した上で、労働者の健康には配慮し、年齢、健康状態等に応じて、労働者の従事する業務の内容の軽減、就業場所の変更等の適切な措置を執るべき義務を負うと考えられる。」
(2) 「原告の勤務していた病院においては、労働基準法及び就業規則に定められる労働時間、休日の保障を全く行っていなかったと考えられる上に、労働安全衛生規則43条以下の健康診断を行っていたかについても疑問を抱かざるを得ない。また、法定の健康診断には、①既往歴及び業務歴の調査、②自覚症状及び他覚症状の有無の調査、③血圧の測定、④血中脂質検査、⑤血糖検査、⑥尿検査、⑦心電図検査等が含まれているのであるから、それらを行っていれば、原告の基礎疾患は詳細を知ることは出来なくとも、その端緒を把握することは可能であったと考えられ、その端緒を把握していれば、さらなる精密検査等を行わせることにより、その詳細を知ることも可能であったと考えられる。
  以上のことを怠り、原告の勤務内容などについて、原告の年齢、健康状態等に応じた作業内容の軽減等の適切な措置を全くとらなかった被告との関係に置いて、医学的見地からすれば原告の基礎疾患に寄与度が大きいことをもって、大幅な素因減額はすることは困難である。
(3) しかも、原告が一端、仕事を休んでいる期間があるとはいえ、昭和62年以降、継続的に被告の元で勤務していたことからすれば、そもそも基礎疾患自体も、それが本件脳梗塞に至る程度にまでひどい状態となっていたのは、被告の元での長期に渡る労働が一つの原因となっていたとも考えられる
(4) 以上により、素因減額の具体的な程度としては、裁判所は一割程度が相当と考えるが、素因減額をしないという考え方もあり得る。

四 和解の成立と評価
  この裁判所の和解案につき、当事者双方で協議を重ねた結果、2001年12月11日、最終的には素因減額を2割として、3500万円で和解が成立した(請求額より大幅に少なくなったのは、訴状では中間利息の控除率を1%としていたこと、労災保険や健康保険の受給を損益相殺したことによる)。
  これまで、過労死事案において、基礎疾患や生活習慣等を理由に大幅な素因減額がなされてきた流れの中で、判例そのものではないものの、安全配慮義務は第一時的に使用者が負うものであって、使用者が法定の義務を怠った場合には、原告に相当程度の高血圧があっても、医学的な寄与度の問題とは別に、大きな減額をすべきでないとしたことは特筆に値するものである。
  今後、同種の事案においても、活用いただけければと思う。(なお、弁護団は、蒲田豊彦、岩城穣、片山文雄、大橋の四名であった。)

(民主法律249号)

2002/02/01