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過労死の救済そして刑事告発・労働基準オンブズマンへ 弁護士 松丸正

弁護士 松丸  正

一 過労自殺救済元年
  昨年二〇〇〇年は、過労死とりわけ過労自殺について被災者救済の方向での目ざましい前進があった年であった。電通、オタフクソース、川崎製鉄、更に日立造船と、過労自殺の企業責任追及の訴訟で、いずれの事件についても基本的に過失相殺を許さず、全面的に企業の責任を認めさせる判決、和解が相次いだ。その解決のレベルは脳・心臓疾患の過労死の企業責任追及を上回っている。

二 過労自殺救済の前進をもたらした背景
  このような前進の背景には、労働組合も含めた企業内の「自発性」「裁量性」の下における労働時間の放任によっては労働者の心身の健康を守ることができないことへの裁判所の危機感さえみることができないであろうか。
  電通最高裁判決は、「労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして疲労や心理的負荷が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは周知の事実である」としたうえ、「使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負う」と企業の健康配慮義務を明らかにしている。

三 脳・心臓疾患についての最高裁判決と認定基準改正の動き
  脳・心臓疾患の過労死についても昨年六月に下された最高裁東京海上支店長付運転手くも膜下出血死事件は、過重な心身への負荷が高血圧、動脈硬化を生じ、右疾患が発症に至らしめるとして、蓄積された過労による高血圧、動脈硬化の増悪の過程に発症の要因があることを明言した。蓄積疲労を正面から発症の要因としたこの判決等により、従前発症前一週間主義を基本としていた労働省は認定基準の見直しを迫られることになり、今夏を目指して蓄積疲労を重視した方向での基準改正が期待される。
  このように、脳・心臓疾患の労災認定からはじまった過労死問題は、その企業賠償、自殺・精神障害の認定、更に自殺の企業賠償と、被災者、遺族の救済の方向で確実に道を広げ、確かなものにしつつあることは明らかである。

四 救済から告発へ
  被災者、遺族の救済の方向での前進の一方で、企業内での過労死・過労自殺を生み出す長時間過密労働の改善は立ち遅れている。リストラ・不況や裁量労働制の下で過労死を生み出す過重労働の土壌は新たに生まれてきている。
  被災者・遺族にとっても、過労死のあとも企業が反省することなく、職場の状況が何ら変わることがないことは耐えがたい。
  過労死の予防のためには、労働者の心身の健康を守るために定められたと最高裁電通判決も明言している労働基準法、労働安全衛生法を企業に遵守させることが不可欠である。過労死一一〇番には、長時間労働の下で働く夫や息子の健康を心配して、何か家族としてすることができないのかとの多くの相談も寄せられているが、それを聞くだけに終始しているにすぎない。
  過労死問題を更に前進させるためには、いま職場の片隅に追いやられている労基法、安衛法を職場の護民官として復活させることが大切である。
  昨年、二〇代の編集デザイナーであった故土川由子さんの過労死に関連して天満労基署は⑭ジ・アースとその代表者を労基法違反(残業手当不払い)、安衛法違反(健康診断義務違反)で送検し、大阪地方裁判所は両者それぞれに四〇万円の罰金刑を科している。
  労基法、安衛法違反が放置されている職場の実態が過労死の温床となっている。個々の過労死事件の分析のなかで右違反を明らかにして、告訴、告発していく取り組みを強めなければならない。労基署の労災保険給付の窓口である「労災課」のみでなく、「監督課」への取り組みである。

五 労働基準オンブズマンを展望して
  更に個々の過労死事件のみでなく、職場の法違反を監視、告発する「オンブズマン組織」を展望できないだろうか。法で定められた最低限度の労働条件を守る運動であり、市民運動として位置づけられるのではないだろうか。過労死一一〇番への夫や息子を心配しての予防相談から始めてみてはどうだろうか。労基署も、ジ・アースの送検にも見られるように、この問題の取り組みを積極的に考えており、かえって我々が一歩立ち遅れているとも言えよう。

六 過労死の業務上過失致死としての告発
  更に昨年一一月、茨木高槻交通のタクシー運転手が一乗務二六時間前後の乗務を休日も殆どないままに継続するなかで心筋梗塞を発症し死亡した件について、遺族が大阪地方検察庁に、社長個人を業務上過失致死として告訴した。過労死させたことについて「会社」という抽象的な回答でなく、だれの責任か明らかにするとともに、常軌を逸した長時間労働で労働者を殺したことの責任の重大性を明らかにすることは大切である。労基法、安衛法違反とともにその刑事責任の追及を全国的規模の運動とすることを呼びかけたい。

七 その他取り組み
  昨年、松原市内のプラスチック成型工場の営業担当者の過労死につき、不払いだったサービス残業分も含めて遺族補償年金の支給の基礎額にするという成果を得ている。これも他の過労死事件に波及させる必要がある。
  また、住宅サービス会社の社員が健康診断で特発性拡張型心筋症の所見があったにも拘らず、安衛法に基づき医師の意見を聴取することなく過重な業務に従事させた結果心臓死した件では、健康診断後の事後措置についての健康配慮義務が争われている。   また、過労死責任の明確化という点では、株主代表訴訟で社長と労務担当取締役らを被告として提訴することも有効である。椿本精工の平岡事件のときは、それも考えて私は同社の株主となったが、今後、上場企業の過労死事件では「会社」の責任でなく「誰」の責任ということを明らかにし、その労務管理を是正させるため活用してはどうだろうか。

八 おわりに
  大阪では、過労死一一〇番、自殺一一〇番、団体定期一一〇番を全国に呼びかけ、大きな運動にしてきた。今後は、過労死刑事告発で労働基準についての「オンブズマン」運動を大阪から取り組みをはじめ全国に波及させたいものである。(と思っているのですが、誰かこれを「ヤルッ」という人いませんかね。)

2000/01/01