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使用者が従業員に付保した保険についての大阪地裁の2つの判決 弁護士 松丸 正(民主法律時報324号・1999年5月)

弁護士 松丸 正

一、大阪地裁の今年3月に下された二つの判例
 大阪地方裁判所で本年3月に使用者が従業員に付保した生命保険についての2つの判決が下された。
1つは個人保険としての事業保険のケースであり、1つは団体定期保険のケースである。
 全国で数多くの事件が争われ、判決も積み重ねられてきているが、この2つの判例は現在のこの保険をめぐる状況をクリアーに反映している。

二、個人保険の判決〔平成10年(ワ)第2621号退職金請求事件、大阪地裁第5民事部谷口裁判官、平成11年3月19日判決・確定〕
 個人保険については契約締結時、使用者から生保に対し「生命保険契約付保に関する規定」が提出される。これには「この生命保険契約に基づき支払われる保険金の全部またはその相当部分は退職金または弔慰金の支払いに充当するものとする」と記載され、使用者が署名押印するとともに、被保険者である従業員も契約締結に同意する旨の署名押印をしている。
 これに基づき、多くの判例は使用者と従業員との間に保険金の全部または相当部分は遺族に支払うとの合意の成立を認めている。
 この判決も使用者と従業員との間の右合意を認めている。更につぎの各点において従前の個人保険の判例を大きく前進させている点で注目される。
Ⅰ 退職後も保険契約が解約されない以上合意が継続するとした点
この従業員が退職したのちも会社は保険を解約せず、従業員は退職後6カ月を経て死亡している。被告は退職したのちは従業員でないのだから、死亡したとしても退職金等として支払う義務はないと主張したが、判決は解約しない限り合意の効力は生まれないとした。
Ⅱ 遺族への支払額につき原則として保険金額から被告が支出した費用の額を控除した金額とした点
 遺族への支払額につき従前の個人保険の判例は保険金の半分前後とするものが多い。この判決は従業員の死亡によって使用者が大きな利得を得る結果となることは相当でないとしている。そのうえで会社の支払った保険料、保険金受領にともなう法人税等の額を考慮して5000万円の保険金のうちつぎに述べる既払の500万円のほか2000万円の支払いを命じている。
Ⅲ また死亡時、死亡診断書を求めてきた会社との間に500万円を受領するとともに「本件保険金に関連しての退職金等の間邁については一切異議ない」と記載された念書を遺族は会社に差し入れている。これについて保険契約の内容を明らかにしないまま虚偽の事実を述べて作成させたものであり、請求権を放棄したと主張することは信義則に反し許されないとしている。
 更に本件請求権は労働契約とは別個独立した合意に基づく退職金または弔慰金請求権であり、かつ付属的商行為にも該当しないとして10年の消滅時効(死亡時より7年を経て提訴)とした点も注目される。

三、団体定期保険の判決〔平成9年(ワ)第6421号不当利得金返還請求事件、大阪地裁第17民事部合議、平成11年3月30日判決・原告控訴〕
 被告が竹中土木で保険金は5生保、計5000万円の事案である。
 この判決は文化シャッター事件と同様、被保険者である従業員の同意がないから保険契約そのものが無効であると判示している。
 原告は保険契約の会社を受取人と指定する部分についての一部無効を主張するとともに、会社作成の保険契約申込書や会社と生保間に交わされた協定書に弔慰金目的が記載されていること、並びに団体定期保険の趣旨・目的等から会社と従業員との間に、保険金を遺族に支払う合意あるいは弔慰金規定が存在することを主張した。
 しかしこれら主張は全て認められず、原告敗訴となっている。
 個人保険と較べて団体定期保険の事件の難しさは会社と従業員との合意を認定させるための事実が乏しいためである。会社と生保との間の秘め事として従業員には全く隠れて契約が締結されているケースがその多くである。
 しかし保険の趣旨・目的は団体定期の個人保険としての事業保険とで何ら異なるものではない。付保規定(これは大蔵省の指導により作成されるようになっている。)があるかどうかのちがいで、遺族への請求権の有無が決せられるのは不合理である。
 またこの事件では保険契約申込書には従業員の同意確認方法として「掲示場への掲示」「労働組合等への通告」をした旨記載されているにも拘らず、会社は従業員への同意確認はしていないと主張することによって従業員との合意を否定している。
 自ら申込書に記載した従業員への周知義務を怠った被告がかえってそのために遺族への保険金の支払義務を免責されてしまう判示となっている。また被告の右主張は信義則(禁反言)にも反さないとしている。
 団体定期保険をめぐる状況は予断を許さない。
 この事件については控訴審において、団体定期保険契約は会社が諾約者、従業員遺族を受益者とする第三者の為にする契約との新たな主張の追加も含めて道を切り拓きたい。
(民主法律時報324号・1999年5月)

1999/05/01