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団体定期保険問題の到達点 弁護士 池田直樹(民主法律233号・1998年2月)

弁護士 池田直樹

一、団休定期保険問題とは
 団体定期保険問題とは、企業か保険契約者となり、従業員グループを一括して被保険者として締結する一年契約(更新可能)の生命保険の保険金の帰属(またはその使途)および右保険契約をめぐる情報開示の在り方の問題である。
 従来、会社が従業員に保険をかけてそれを受け取ることに対する疑問は時折提起されてはいたが、会社が掛け金を支払い、契約している以上、法的にはどうしようもないというのが弁護士の一般的な受け止め方だった。しかし、過労死問題の視点から、団体生命保険に新たな光があてられ、その歴史的なゆがみや諸外国との比較研究がなされる中で、日本での運用の歪みが裁判所で争われるようになったのである。

二、保険金は誰のものか その理論
 しかし、会社が掛け金を支払って契約しているのに、どうして、遺族が請求をできるというのだろうか。
 この保険金帰属の問題をめぐっては、死亡した従業員の家族に請求権かあるというためには2つの考え方がある。
第1は無効説であり、そもそも保険契約において受取人を会社とすること自体が公序良俗に反して、あるいは本人の真意に基づく同意を欠き無効であるとするものである。しかし、文化シャッター事件第1審判決のように、本人の個別同意を欠く保険契約は商法674条第1項に反して無効という立場を貫徹してしまうと、保険金請求の根拠自体が失われて、遺族救済とならない。団体生命保険弁護団で主張している無効説は、やや技術的ではあるが、「一部相対的無効説」というもので、まず、本人の同意を欠いて無効という主張は、保険契約を締結した会社や事情を知っていた保険会社側からは信義則上主張できないという意味で、「相対的」無効である。また、保険契約そのものではなく、受取人を会社と指定した部分だけが「無効」という意味で「一部」無効となる。その場合は、受取人の指定を欠くことになり、保険約款にもとづいて通常書か受取人となる。
 それに対して、判例の流れとなりつつあるのか、「合意説」である。これは、保険金の帰属については、保険契約上、会社にあることを前提としたうえで、保険契約締結時に、「遺族補償」等に充当するという付保目的を告けて、これを従業員が承諾した行為をもって、死亡保険金については 「全部ないしは相当額」を遺族に支払う旨の黙示の合意があったと事実認定する構成である。

三 判例の到達点
  青森地裁弘前支部判決(平成8年4月26日) ほ、約944万円の保険金(団体生命保険は300万)に対し、300万円の退職金以外の残額を請求した遺族の請求を全額認容したが、裁判所は、従業員と会社との間で、死亡保険金から社会通念上相当な金額の退職金および弔慰金を支払う旨の合意があったとしている。
  同じく、山口地裁宇部支部判決(市T成九年二月二五日)は 会社受領額から会社負担の保険料等を差し引いた金7082万円の支払を命じた。名古屋地裁平成9年5月12日判決も1500万円の保険金に対して約1200万円の支払を命じている。
  これに対して前述した文化シャッター事件判決(静岡地裁浜松支部平成9年3月24日)は、約4900円の保険金について、保険加入についての従業員の個別的同意がなかったため保険契約そのものか無効として、原告の請求を棄却した。

四 保険契約内容を知る権利について
  さて、保険金を請求しようにも、会社か本人に保険をかけていたのか、その場合、いくら会社が保険金を受け取ったのかなどの情報がわからなければ請求のしようかない。
 また、請求するかどうかは別として、自分の夫や父や子が死亡したことにより、保険金という形にせよ多額の利得をした者がいるのかどうかについては、遺族として当然知りたいはずである。
  ところが、遺族が会社に情報開示を請求しても会社は答えないし、保険会社は「契約者である会社に対する守秘義務」を盾に、弁護士会の照会に対しても最近は回答を拒否するようになってきている。
  団体定期生命保険問題が保有金額300兆円、被保険者数的4500万人、支払金額3400億もの巨大な保険市場の問題でありながら、市民の間で大きな運動にならない一因は、この保険か家族の知らないところで処理されてしまうことにもあるのではないか。
  そこで、大阪を中心に、保険契約内容を開示させる裁判が各地に広かりつつある。自らの命と引き換えの生命保険に関する情報は、死亡者の個人情報であるが、近親者についても死者の保険加入の有無や内容については、当然に開示請求権があると.主張しているのである。
 もし遺族に開示請求権かあることが司法的に認められれば、今後、遺族の照会に対して会社および保険会社は回答する義務を負うことになるため、きわめて重要な裁判である。

五 この間の大阪での紛争事例
1 裁判
 (1) タカラスタンダード事件 大阪地裁平成8年6月27日提訴
    団体定期1億2140万円が判明。5000万円の内金請求。弁論の続行中。(松丸・西)
 (2) 竹中土木 大阪地裁平成9年6月提訴
    団体定期5000万円加入。相手方の提示は100万で不調。(松丸・船岡)
 (3) 浅沼組 大阪地裁平成9年10月提訴。
    会社と保険会社に対し情報開示請求と慰謝料各10万。団体定期2300万円の請求(松丸・池田・下川)
 (4) T建設 大阪地裁平成9年10月
    7社3695万円の保険金請求。(松丸・村田)
    保険契約から1年以内の・目殺で支払わなかった保険
 会社に対して保険金請求権確認の別訴
 (5) 有限会社S 大阪地裁岸和用支部平成9年9月提訴。
  個人探険3000万の請求(脇山・池内)
 (6) F杜 大阪地裁平成9年8月提訴
  役員保険(経理担当の取締役)と団体定期保険
  合計5778方円の請求(岩城・村田)
 (7) 日本商事 大阪地裁平成9年11月提訴
  団体生命保検1500万円 (岩城・西)

2 調停
 (1) S事件
  団体生命保険。内容開示(回答拒否)と相当額支払請求
 (2) N事件
  役員保険。代表取締役で1億3000万円。

3 交渉解決事案
 (1)  学校法人が入っている特約付損害保険 通勤途上の死亡事案
  保険金200万円のうち180万円を支払って解決。
 (2) 個人保険(養老保険) 500万円全額支払
 (3) 個人保険 (養老保険と入院給付金)
  570万円から退職金分を引いて支払。
 (4) ゼネコンの団体生命保険 多額を支払って示談。
(民主法律233号・1998年2月)

1998/02/01