過労死の労災認定基準と認定動向、見直しの動き 弁護士 西 晃(民主法律216号・1993年2月)
弁護士 西 晃
一、現在、いわゆる過労死の認定に関し、労基署等が適用している基準は、労働省が昭和62年に出した通達(昭和62年10月26日付基発第620号、脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準について)である。
右の基準は、それまでの旧認定基準がとっていた厳格な災害主義的要素をある程度緩和したものであったが、なお不十分な点が多いことが各方面から指摘されている。その主な点を挙げてみると、
1、認定の対象となる疾病を限定してしまった結果、本来認定されるべき事案が排除される危険のあること。またそれ自休は疾患名ではない脳卒中および急性心不全(急性心臓死)等の診断がなされた場合、その原因疾病を医学的に厳密に特定せんがために無用な医学論争に陥り、認定に困難をもたらす危険性のあること。
2、業務の過重性を判断する上で、判断の対象となる業務を発症前一週間前までのそれとし、それ以前の業務内容は、発症前一週間の業務の過重性の判断に当たっての付加的要素として考慮されるにとどまるものとした結果、旧認定基準の災害主義的要素を払しょくしきれなかったこと。したがって、長期間にわたる長時間・不規則労働に基づく蓄積疲労等を十分考慮に入れることが困難になってしまったこと。
3、基礎疾患・既存疾病等いわゆる私病を有する労働者について、過労死が認定されるためには、その業務により右基礎疾患等が、本来の自然的経過を超えて「急激かつ著しく増悪」した場合に限定されるとして、基礎疾患等と業務が共に作用しあって発症したと考えられる一場合の大部分を排除してしまったこと。
4、今後も増加が予想される業務による継続的な心理的負荷により発症したと考えられる事案については、この認定基準によっては判断しがたいとして、個々の事案ごとに専門的判断を行うことにとどめたこと。Lたかって、瀬印的負担が問題となっているケースにおいては、被災者別に不利な判断がなされやすいこと。
5、基準の内容そのものの問題ではないが、一般に労災申請を出してから、結論がでるまでに相当長期間(1年2~3ヶ月ないしそれ以上)を要し、この傾向は、審査請求(再審査請求も)段階において著しいこと。
等である。
二、右は要するに、現行の認定基準は、未だ十分に労働者を保護するものとはなっておらず、被災労働者ならびにその家族に過大な負担を強いるものと言わざるを得ないのである。実際に、最近の過労死事案における業務外決定の判断要旨(但し口頭により告知されたもの)をいくつか挙げると左記のとおりとなる。
1、「直前一週間で言えば所定業務の1.8倍近く働いているが、従前の業務と変化はなく、特に過重な業務とほ言えない。夜勤・交替制勤務もそれ自体をもって過重な業務とは評価できない。」(泉大津労働基準監督署長、91・8・19)
2、「長時間労働であることば認めるが、発症前一週間、特に通常と異なる過重な業務は行っていない。雨の中の徹夜作業も過重業務とまでは言いがたい。昼夜の連続勤務は仮眠等で疲労回復できた。」(大阪中央労働基準監督署長、89・5・9)
3、「発症直前の2度にわたる業務上のミスは、多額の損害につながるものであるとしても、被災者が直接費任を負うべき性質のモノではなく、過重な精神的負荷あるいは災害には該等しない。」(大阪西労働基準監督署長、92・3・24)
等である。
三、以上のように、現行の認定基準には問題点が多く、早くから弁護士、学者、労働組合、政党等より基準見直しの提言がなされてきた。これに対し過労死の認定基準や労災認定の手続などについて検討してきた「労働者災害補償審議会」は昨年(92年)12月、業務上の疾病に関する医学的文献や、情報を積極的に集め、必要に応じて認定基準を見直す必要があることを柱とする報告を労働省に提出した(同時に同報告では、現行の認定基準手続きについても、労働時間のみならず、作業内容や作業環境にも配慮すべきことや、判断までに長時間を要している事案については申請人に処理状況を通知すべきこと等も盛り込まれている)。
これは、現行の認定基準制定後の労働省サイドにおける基準見直しの動きとして積極的に評価することができる。
ただ同審議会の報告では他方で「今の医学の研究結果などから判断してすぐに(現行の認定基準を)見直す必要はない」とされている。
しかしながら、被災労働者や、その道族の代理人として労災認定に関与し、その認定基準の厳しさを痛感している者の立場としては、直ちに抜本的な認定基準の見直しが必要であると言わざるを得ない。労働省の本腰を入れた見直し作業を切に希望する次第である。
なお、過労死弁護団全国連絡会議および全国過労死を考える家族の会では一昨年、認定基準改正要綱を発表している。(詳しくは民主法律第212号、92・春闘と権利討論集会特集号211頁参照)
(民主法律216号・1993年2月)
1993/02/01