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労基法活用のポイント 弁護士 財前昌和(民主法律212号・1992年4月)

民法協労働法講座
「時短闘争をどう進めるか─かけ声だけで終わらせないために─」
(1991年12月4日)より

弁護士 財前昌和

  弁護士の財前です。西谷先生、本多先生の前で労働法の話をするというのは非常に気がひけることで、嘘を言って、後でいじめられると困るんですが……。
  時間が限られていますので、重要なところだけ説明させていただき、あとは後日レジュメを読んでいただいて活用してもらうというつもりで、詳細なレジュメを用意しました(巻末に掲載)。実践例を6つと、その他いろいろなデータや法律についての資料もつけておきましたので説明いたしますが、私が到底全部理解しているわけではありませんので、余り詳しい質問はしないで下さい(笑)。
1 はじめに
  労基法がこうなっているからとか、判例がこうなっていうから絶対守られるというわけでもないし、逆に法律や判例でだめだからもう何もできないというわけでもありません。結局、職場でどう闘うかによって権利が広がったり狭まったりするということは皆さんもご理解されていると思いますが、そのことは頭に置いてください。

2 労働時間の規制はどうなっているか
  労働基準法32条で、一週間の労働時間は40時間だと決めています。その2項で、一日について8時間となっています。ただし、これには暫定措置として猶予規定が置かれていまして、法律では40時間となっているけれども、一遍には実現できないので、当面は44時間だと政令で定めています。ですから、現状は44時間です。ただし、一部の事業場、事務所によっては46時間というところもあるのです。
  職種や従業員の数によって、それぞれ詳しく定められています。(資料1)。
  その他、休憩時間(労働基準法34条)、法定休日(労働基準法35条)の規定もあります。
  以上の規制に対して、実際はいろいろな抜け道かつくられています。
  抜け道の一つ目は、先ほどの暫定措置です。
  二つ目に、一番大きいのが36協定で、時間外労勘が自由であるということになっています。
  三つ目に、管理監督者──部長や課長といういろいろな役職を与えることによって、そういう規制から外していきます。また、機密の事務を取り扱う者ということで、一定の仕事についてはこの規制が適用きれないのだという抜け穴をつくっています。
  四つ目が変形労働時間制です。法律上は一日8時間と規制しているのですが、それを緩めて、一カ月で何十時間というふうに総量規制をする。その中でどう配分するかば自由である。忙しいときに重点的に時間を使って、暇なときには短くするというふうな裁量権を使用者側に与える制度だと思ってもらえばいいと思います。そういう変形労働時間制は、一カ月単位、三カ月単位、一週間、フレックスタイムという4種類が規定されています。
  五つ目に、公務員については36協定がなくても時間外労働させることができるという規定が置かれています。

3 時間外・休日労働をどう規制するか
  先ほど言ったように、36協定があれば時間外労働させられるのですが、逆に言え.ば、36協定を結ばなければさせられないということです。結ばずにやらせれば、罰則があります。これは礎い方によっては活用できるし、白紙委任してしまえば幾らでも時間外労働をさせられるという、両面を持っている規定です。
  所定外労働の中でも法内残業の場合と法定外残業というものがありますが、これについての説明は省略します(レジュメ3、資料4)。

  次に、36協定は、誰が結ぶ権限があるのかということです。法律上は、過半数の労働者を組織する労働組合です。ですから、多数派の組合であれば、当然締結権があります。少数派の場合には締結権がなくて、会社の言いなりの組合が協定を結んでいるという職場では、それをどう活用するかという問題が残ると思います。
  この点で問題なのが、過半数を組織する労働組合がない場合は、労働者の代表者というものを決めて、その人が結ぶわけです。その実態はどうなっているかといえば、使用者が指名するというのが結構あります(資料5)。使用者は、自分の都合のいい人間を選ぶでしょう。また、親睦会の推薦というのも多い。親睦会というのはインフォーマルであったり、会社側の意向に沿った組織であったりするわけです。きちんと組合員の選挙によって選ばれるのは思ったほど多くはないというのが実態です。
  たとえ少数派の組合であっても、代表者を選任する手続自身をきちっと運営させるとか、不明朗な手続でやられている場合はそれを問題にしていくということもできるのではないかという気がします。

  それでは、36協定の締結権限を持っている組合ではどうするか。
  第一に、残業を命じ得る場合を限定しなければならないと思います。法律では、どういう場合に残業させるのかという具体的な事由、業務の種類、労働者の・数、延長できる時間をきちっと書きなさいということになっています。実際はどうなっているかというと、具体的な事由は 「業務繁忙のため」とか、全くのフリーハンドを与えています。その辺を今後きちっとしていかなければなりません。具休的にどういう時期に残業が必要なのか。月末が忙しい職種もあるだろうし、こういう場合に忙しいという残業の必要な時期や細かい業務内容、そのときに何人残業させるのか、そういうことを具体的に規制させることが必要ではないかと思います。
  この前の最高裁判例のケースで36協定がどうなっているかを見ますと、いろいろ書いてある最後のほうに、例えば「生産目標を達するときに必要のある場合」とあります。結局会社の目標が達成しない場合は残業させることができるということで、これはほとんど白紙委任です。あるいは、業務の内容でやむを得ない場合、その他準ずる場合というふうに36協定をやっているものだから、義務として残業をきせられたわけです。
  36協定の事由をどう限定させていくかというのは、非常に大事なことではないかと思います。
  また、残業を命令する場合の手続をどうするか。先はど西谷先生の話にもありましたが、個々の労働者の同意が必要だという規定を設けさせるとか、突然「きょう残業しなさい」というのは困るから、最低何日前に申し入れるとか、一定の手続をとらせて、労働者側の事情をきちっと考慮できるようにしておくことも必要だと思います。
  労働者というのは、本来所定内労働、一日8時間なら8時間働きますという約束で働いているわけです。ですから、それ以上に残業がなぜ強制されるのかということで、判例でもいろいろ分かれていましたし、学者の問でも議論になっています。やはり同意が必要ではないかという考え方もあるし、36協定を結んで就業規則に書いてあれば使用者側の自由なんだという判例もありました。今回の最高裁判例は、36協定に決めてあって、その範囲内で就業規則で書いてあれば、そしてそれが合理的であれば自由であるという結論を導いたわけです。ただ、「生産目標達成のために必要ある場合」というのは、いささか概括的、網羅的であることは否定できないと言っています。これで十分だとは言えない、これでは若干まずいなと思ってでしょうけれども、概括的、網羅的であることは否定できないが、と言って、「企業が需給関係即応した生産計画を適正かつ円滑に」云々と続けているわけです。世の中の需給が変わるので、その必要に応じて生産計画を変えていく必要がある、だからこれでいいのだという結論を導いているわけです。ですから、このように変な三六協定を結ぶと、逆に使われてしまうということです。協定を結んでいるから残業をしなさいよということになってしまう可能性が出てきますから、これは慎重に考えていかなければならない問題です。
  第二に、残業時間の上限を規定するということが大切です。一日何時間、一週間、一カ月というふうにきめ細かく決めていく必要があると思います。先ほどの西谷先生の話でも、実際にはほとんどフリーハンドを与えていますから、それをどうしていくか。全労連では、当面一日2時間、月30時間ぐらいを目標にやろうではないかと提案しています(資料6)。また、労働省が時間外労働の上限の目安をつくっています(資料7)。これ自身、非常に長いのですが、実際はこれより長い36協定が結構あると思います。ですから、これから闘う場合も、労働省の目安以上に認めているという職場では、まずこれを下回ることが一つの目標でしょうし、将来的にはもっと下げていく。
  第三に、割増賃金のアップです。労基法上は25%になっています。ただし、時間外労働や休日労働が深夜になる場合は50%というふうに2段階になっています。今後36協定を結ぶ場合に、これを引き上げる。詳しい説明は省略しますが、ごまかさないようにきちんと時間を計算するとか、1時間以内でも請求することも大切なことです。

  次に、36協定の締結権がない組合はどうするか。あるいは36協定を結んだけれども守られていない職場ではどうするかという問題について触れたいと思います。
  一つは、どれだけ残業させられているのか、その中で「サービス残業」はどれだけあるのかという実態を、まずつかまなければなりません。
残業するのは当たり前という発想になっているから、なかなか実態はわからないだろうと思いますが、まずそれをきちっとつかむということが、今後の運動の第一歩だという気がします。例えば「残業時間個人カード」をみんなに配り、毎日の残業時間をこれでチェックして、自分自身の労働のやり方を確認するということをやっている組合もあります(資料8)。
  二つ目に、協約締結代表者を、実際は使用者が好きな人を指名していたり、懇談会というわけのわからん組織で推薦されていたりするわけですが、そういう手続自身を問題にしていく。これは少数派でもできることです。
  三つ目に、「ノー残業デー」運動。これは「アフター5の会」なんかがやられて有名になっていますが、今政府もノー残業デーをつくろうと言っています。一種のブームになっているとさえ言えます。後からもいろいろな実践が紹介されると思います。私は余り知らなかったのですが、結構いろいろなところでノー残業デーをやっています。
  文献で見つかった例をご紹介しますと、生協労連(資料・実践1)や、出版労連、全損保(資料・実践2)でもノー残業デーが設定されて、運動が進められています。生協労連の例ではどういう運動を進めたかというと、ノー残業デーがまず第一歩ですが、それに終わらず、年間労働時間を何時間にしていこうという組合自身の目標をつくりました。年間総労働時間1800時間といっても、とかくその言葉だけが一人歩きしていて、そのためには一日の残業時間をどれだけ減らさなければならないか、月間でどうしなければならないかという詰めた論議はされていないと思います。ここでは、すぐに1800時間は無理だから、まず2000時間にしようではないかということで、組合自身でいろいろ議論をして、計画的な運動を進めています。そのために1月は何時問に抑えようとか、2月は何時間に抑えようという具体的な運動に結びつくのだと思いますが、そういう組合としてのプログラムをつくっていくことが必要ではないかと思います。

4 サービス残業をどうやってなくすか
  まず第一に、事実を把握して、こういうサービス残業があるではないかといって会社に追及する。二つ目に、労基署に申告し、労基署から会社を指導させる。三つ目に、場合によっては裁判所を通じて払わせる。問題は、そういう実態をつかめるかどうかだと思います。そうでなければ、労基署に言ってみても、そんなものはよくわからないということで、指導をしない労基署もたくさんあるようですから、まず実態をどうつかむかということがポイントだと思います。
  シャープの奈良工場でサービス残業を是正させた取り組みは、すごいなと思いました(資料・実践3)。 どういうことをLたかというと、工場の門前でアンケート用紙を配りました。アンケートを書いても、職場で返すのはなかなかできないだろうと考え、返信用封筒をつけて配ったわけです。それがかなり回収できたので、職場新聞で宣伝し、会社と交渉し、労基署に申告しました。結扁それで1760人分、3000万円を払わせました。これはたしかそんなに大きな組合ではなくて、少数の方でこれだけできたということだったと思います。
  また、銀行関係の例でも、いろいろ事実を調査されて、労基署に申告し、それを通じて時間外手当を支払わせました。
  このように、まず実態をつかんで、それを突き付けるという活動が成果を上げています。事実に基づいてやれば、労基署も動かぎるを得ないわけですから、そういう取り組みを考えていただきたいなと思います。

5 管理職の名の下に割増賃金をだまし取られていないか
  時間がないので、結論だけ言いますが、一つは管理職にさせられて、そのために時間外手当が出ないということがたくさんあると思います。これがどこまで労働基準法41条2号に当たるのかという問題があります。これについては通達があって、「一般的には局長、部長、工場長等の労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者の意」で、名称にはとらわれないということです。名称として係長になっているからといって、残業手当を払わなくてもいいというわけではありません。実態として、出社、退社等に厳格な制限を受けない者を監督もしくは管理の地位にある者としているわけです。何時に出勤しなければならない、何時間働けと、そういったきちっとした規制を受けている人が残業すれば、きちっと払わなければならないという通達です。ですから、わずかな手当を出して名目だけ係長にしておいて、あとは好き放題働かせるという実態もあると思いますが、それは本来法律の立場からいえばおかしいわけです。それを問題にしていくことが大切です。
  二つ目に、人事関係の人や中枢に入る人などは「機密の事務を取り扱う者」に当たるからということで、残業手当を払わないことがあります。そういうことも、先はどの通達から言えばおかしな場合もたくさんあると思います。それを問題にしていく。

6 外勤労働者・裁量労働者の割増賃金をだまし取られていないか
  営業業などで外回りをしている人は、何時に仕事を始め何時に終わったかわかりません。法律には、そういう人は所定労働しか働いていないとみなすという不当な規定がありますが、これについても、本当にこれが実態に合っているのかどうか。本当は払わなければならないケースではないかということを問題にしていく。こういうことも営業の職場で考えていただきたいと思います。

7 所定労働時間の延長を許さない
  ポイントだけ言います。今QCサー・クルなどが盛んですが、これについてはどうするか。そういう研修であっても、訓練であっても、仕事として命令されるとか強制される場合は払わなければならないというのが行政通達です。それを逃れるために、自主的にやっているんだと言いますが、実際QCに行かなければ、仕事の段取りがわからなくなってしまうとか、査定でマイナスにされるという実態がある場合には、黙示で指示していることになりますので、残業になれば残業手当を払わなければなりません。これもやはり実態をつかんで会社を詰めるなり、労基署に告発するということが必要かなと思います。
  東海銀行では、銀行の外で研修会があり、数百人参加しました。ところが、時間外手当も交通費も払っていないものですから、12人(総従業員1万3000人)の方がいろいろな調査をして、申告しました。そして、12人の人が頑張って、結局時間外手当を払わせたという実践もあります。ですから、事実さえつかめば、十分払わせることができると思います。

8 変形労働時間制の悪用を許さない
  時間がありませんので内容については省略して、これに対してどうやって闘うかということだけを言います。
  まず、一ヶ月単位の変形労働時間については、就業規則で決めれば実施できるとなっています。労働協約は要らないわけです。ですから、そういう就業規則をつくらせないという闘いが重要です。そのためには、変形労働時間制が導入されることによって、どういう不利益があるのかをきちんと把握する。普通会社は、これを週休二日制とセットにしてくるようです。特に若い人たちの中には、休みが増えるんだったら、少しぐらいそういうのがあってもいいという意見があったり、あるいは子育てをしておられる方は平日きちっと帰りたいとか、いろいろな要求があると思います。そういう制度が導入されることでどんなマイナスになるかということが一致できない、難しい職場もあります。会社側の狙いとか、自分たちにどうマイナスになるのかというところから、そのような就業規則はつくらせない取り組みをしていただきたいと思います。
  三ヶ月単位、一週間単位、フレックスタイムは労使で協定を結ばなければできませんから、納得いかなければ結ばなければいいということです。たとえ多数派が締結しても、少数派が結ばなければ、少数派は拘束されません。この点は、36協定と違うところですから、少数派でも十分闘えると思います。

9 どうやって有給休暇の取得率を向上させるか
  これについてもいろいろな取り組みがあります。本来は、有休は権利ですから、使用者側の承認は要りません。しかし実際には、承認を求めるような手続であったり、理由を聞かれたりする。具体的な取り組みをお話ししますと、福岡銀行の例では、12人の労働者の方が、年休の用紙に理由を書くようになっているのはおかしいではないかと声を上げました。こういう欄があると、理由を書かなければならなくなって、年休を取れないということで、福岡労働基準局に申告したそうです。結局労基局が銀行を指導して、用紙を変えさせまた。ここは5000人の従業員の中の12人の労働者が頑張ったわけです。一割にも満たない労働者でも十分聞えるという実践例だと思います。
  年休を全部消化するためには、列えば前半期に何日、一月に何日消化しなければならないという計画をつくってやったらどうかとか、定期的に、あと何日残っているということで、計画的に消化しましょうという取り組みをやるというような提言もされています。この辺は、組合でも考えられたらどうかと思います。

10 中小企業においてどう時短を進めるか
  今労働力不足の関係で、中小企業でも時短をしようという方向です。はっきり言って、それほ若者を引き付けるための手なんでしょうが…・
  一定改府も動いていて、いろいろな文書が出ています。労働省からは集団的基準設定がなされ、一定の職種、一定の地域でこういう規制をつくらせるように、貸用者側を行政指導しています。また、中小企業庁が時短マニュアルをつくっています。あるいは、中小企業は元請との関係で突然納期が来るなど親会社に振り回されることも多いので、親会社をきちっと規制するために、下請中小企業振興法でいろいろな基準をつくったり、そのほかいろいろな法律で親会社に対する規制をしています。あるいは公正取引委員会が下請代金支払遅延等防止法で親企業の発注の仕方を規制するなど、いろいろな文書が出ていますへ資料13~17)。
  私もこれらの資料は最近入手したところです。もう一回検討してみて、使えるものはどんどん使っていく。そして、役所に申告するなりして、是正させるという取り組みが必要ではないかという気がしています。

11 公務員においてどう時短を進めるか
  現在、大坂市役所の職員が賃金差別の裁判をやっています。その中で入手した資料に勤務評定表があって、それを見ると、その中に「体力」という項目があります。何と書かれているかというと、出勤状況極めて良好で、時間外勤務等激務にも健康状態を考える必要はないと。つまり激務させても、こいつは過労死しそうにないということが一番いい評価になっているわけです。あとは「時間外労働等に耐えられない」。残業できないやつはマイナスだということになっています。これは本来おかしな話で、こういうのはほかの職場でもあるでしょうし、そういうものを告発していくことも必要かなと思っています。
  はしょりましたが、以上で終わります。(拍手)

(民主法律212号・1992年4月)

1992/04/01