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船長の過労死 認められる──東京地裁遺族年金不支給処分を取消す(1991.12.20)判決言渡 弁護士 小林保夫(民主法律時報252号・1992年2月)

弁護士 小林保夫

 (事実経過)
 亡・下勇さん(死亡当時55歳)は、極東・北米間の定期航路に就航した新鋭高速のコンテナ船タワーブリッヂ号(総トン数34,487トン)の船長として乗船し、勤務していました。
 1986年(昭和61年)7月9日、タワーブリッヂ号が東京港から名古屋港に向けて航行中、午前3時35分頃、下勇さんはブリッジで倒れ、間もなく死亡しました。死因は急性心不全とされました。
 遺族が、社会保険けに対して船員保険法による遺族年金の支給を求めたところ、同庁は、下勇さんの死亡が職務上の事由によるものと認められないとして不支給の裁定をし、審査請求、再審査請求も棄却されました。
 そのため、1989年(平成元年)4月、さきの処分の取消を求める裁判を東意地裁に提起Lていたものです。

 (主張の概要)
 下勇さんの死亡が、職務の遂行中に起こったことは明らかです。
 当然ながら職務に起因したものといえるかどうかが争点になり、社会保険庁は、死因も明らかでなく、死亡と職務の間に相当因果関係がないと主張しました。
 私は、概略以下のような主張をしました。
(1) 下勇さんの死亡をめぐる諸状況、経過に照らし、業務に起因するという強い推定がなされるべきこと
(2) 下勇さんの死亡の原因となった心筋梗塞は、業務上の過重な疲労とストレスによって発症を見たものであること
(3) 健康管理、医療体制の欠如する航海中の船上という特殊な職場環境であったことから、本作発症と死亡について適切な予防、死亡の回避などの医療措置を講ずることが出来なかったことに照らし、これらの事情の下での死亡については業務起因性を認めるべきこと

 (判決の概要)
 判決は、まず、急性心不全をもたらした原因となる疾病を急性心筋梗塞症と「推認」しました。
 ついで、心筋梗塞の発症の原因について、まずストレス、疲労、睡眠不足等が心筋梗塞の発症に影響すると認められると認定しました。
 そして、労働省労働基準局長の昭和62年第620号通達における認定基準の解釈について、「心筋梗塞症等の発症直前において業務に伴う著しい疲労、睡眠不足、ストレス等があるときは、これを業務上の負傷に起因する疾病とすることを前提とし、ただ、その判定に当たっての恣意性を排除するために判断基準を発症前1週間以内の客観的な業務の過重性に求めたものと考えられる」としたうえで、「心筋梗塞発症直前及びその前1週間以内に従事した業務の内容が、一般的かつ客観的にみれば、通常の所定の業務内容に比較して特に過重な内容であるとか程度であるとかいえない場合であっても、具体的な状況下において、右の業務内容に止まらないその他の業病に起因する事由が存在し、これが当該業務内容とあいまって、発症直前までに当該被保険者に著しい疲労、睡眠不足、ストレス等をもたらしたと認められ、かつ他に当該被保険者の心筋梗塞症の発症に寄与したと認められるような因子が見当たらない場合においては、なお、当該職務と心筋梗塞の発症との間には相当因果閲係があり、職務起因性が認められるものと解すべきである。」との解釈を示しました。
 そして、下勇さんの場合について、「(死亡前1週間内の)業務内容は、船長が通常一般に行う業務の範囲を出ないものと評価されるに止まるとしても、これによる.疲労の度合いそのものは決して無視できるものではない」とした上で、加えて「従前からの疲労が相当程度蓄積されていること」、本人の性格、職歴、精神状況などをふまえて、「本件航海に出てからの業務により下勇の疲労の度合いはさらに増していき、これに睡眠不足も加わって、…(本件死亡時における)下勇の疲労及び睡眠不足の度合いは著しいといい得る程度にまで達していたものと優に認めることが出来…」、「他に心筋梗塞の発症に寄与したと認められるような個別的な因子が特に見当たらない場合に該当する」として職務起因性を認定しました。

 (判決の意義)
 本件判決は、さしあたり私の理解では、以下の点で積極的な意義をもつ事例のひとつであると思います。
(1) 死因となった病気について、「急性心不全」とのみ診断され、解剖もされていない事案にもかかわらず、認定された事実経過のみから積極的に心筋梗塞と「推認」したこと
(1) 著しい疲労、睡眠不足、ストレスが心筋梗塞の発症をもたらすことがあると判断したこと
(2) 労働基準局長通達の趣旨を限定的にとらえず、一週間以内の業務の負担としては過大でないとしても、一週間以前に遡る長期にわたる業務に伴う疲労、ストレス等の蓄積をも業務⊥の原因として認めたこと
(3) 下勇さんの従事した業務内容が、一般に船長職としてほ過大でないとしても、当該個人たる下勇さんにとって過重であったかどうかを基準として判断したこと

 (おわりに)
 以下の点を付加えておきたいと思います。
(1) 本件の勝訴については、田尻俊一郎先生の継続的なご教示、「意見書」、法廷での証言が大いに寄与しています。
(2) 社会保険庁の担当審査官として本件について不該当・不支給の認定をした当該医師が、証人として法廷に出頭したため、徹底的な反対尋問にさらし、認定の貝体的状況──とくにその粗雑さを明らかにすることが出来、勝訴に寄与したと思います。
(3) 本件は、舞台が東京であったこと、遺族に資力がなかったこと、組合の協力を得られなかったこともあって孤独なたたかいとなり、大衆的にたたかうという観点には沿わないものでした。
(4) 社会保険庁は、本件判決に対して控訴しました。事実認定についての不満と判断基準として定着することをおそれる点にあるようです。
(民主法律時報252号・1992年2月)

1992/02/01