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過労死・過労自殺110番プレシンポ・110番報告 弁護士  生越照幸(民主法律時報409号・2006年7月)

弁護士 生越 照幸

第1 はじめに
  大阪過労死連絡会、大阪過労死を考える家族の会、及び労働基準オンブズマンが共催して、本年6月13日に過労死・過労自殺110番プレシンポが開催され、17日に過労死・過労自殺110番が実施されましたので、この場を借りてご報告させて頂きます。

第2 110番プレシンポ
1 110番プレシンポは、6月13日、北浜ビジネス会館において、『管理職の不払残業と過労死~死ぬまでサービス残業。死んでもサービス残業!?~』 というテーマで開催されました。

2 松丸正弁護士による開会のあいさつの後、岩城穣弁護士から、「ホワイトカラーエグゼンプションと過労死」について報告がなされました。報告の概要は、 ①現在、就業規則で自由に定めることができる「管理職」と、労基法41条2号における「管理監督者」が混同され、「管理監督者」の実体がない場合でも膨大な長時間労働とサービス残業が当然とされるため、過労死・過労自殺の温床となっていること、②ホワイトカラーエグゼンプションの導入を目論む財界の動き、 ③ホワイトカラーエグゼンプションが、現在の管理監督者制度の違法な運用を合法化し、その対象を拡大するにすぎないこと、④現在求められているのは、「管理職」が加重労働を強いられている実態を明らかにすること、労働基準法を守らせること、ホワイトカラーエグゼンプションの危険性を多くの人に知らせていくこと、といった内容でした。

3 次に、管理職の家族を過労死・過労自殺によって亡くされたご遺族の報告が行われました。ホワイトカラーエグゼンプションのいう「自立的」、「自主的」、「主体的」な労働が、大切な家族をいかに長時間労働に駆りだし、過労死・過労自殺に追い込んで行ったかという実態が浮き彫りになる報告ばかりでした。

4 また、下川和男弁護士からは、過労死・過労自殺が労災認定された場合において、給付基礎日額に時間外割増賃金分が反映されないという問題に関する報告がなされました。
  そして、下川弁護士が、労基署に対し、過労死したある労働者家族に支給されていた障害補償年金の給付基礎日額について時間外割増賃金分を考慮するよう申し立てたところ、給付基礎日額を14789円から23471円に変更するという年金変更決定通知を出したという事例についても報告がなされました。

第3 過労死・過労自殺110番
1 過労死・過労自殺110番は、6月17日、民法協において実施され、16件の相談が寄せられました。その内訳を見ると、①労災補償相談が12件(脳・心臓疾患事案件数3件(うち死亡事案3件)、自殺・精神疾患事案件数9件)、②過労事案、予防・働き過ぎ相談4件でした。
2 また、具体的には以下のような内容の相談がありました。
 ・ 現在、一部上場企業に勤務しているが、部署が変わったため、仕事の負荷が増大すると共に残業時間が長くなった結果、くも膜下出血に罹患したという相談。
 ・ 一部上場企業の管理職をしていた夫が、管理職としてのプレッシャーや、仕事上のトラブルなどから精神的に追い込まれ、飛び降り自殺をしたという相談。
 ・ スポーツ施設に勤務していた息子が、週に2~3回しか家に帰らないほどの長時間労働や仕事上のトラブルから自殺したという相談。
 ・ 一部上場企業に勤めていた息子が、長時間労働・休日出勤・仕事のトラブル・厳しいノルマなどからうつ病に罹患し、「自分の一生は暗い暗いトンネルと同じ」、「上司にはいつもにらまれている」、「妻と子供の事が心残り」といった内容の遺書を残し、自殺したという相談。
 ・ 学校の教師をしていた55歳の夫が、荒れた学校を建て直すため激務をこなした結果、うつ状態となり、自殺したという相談。
 ・ 朝6時半から夜の12時まで毎日働いており、忙しくて昼食もとれない。タイムカードは偽造されている。同僚でも倒れた人がいる。自分も体が痩せてきたがどうしたらいいかという相談。
 ・ あるメーカーに勤めている30代の息子が月に120時間ぐらい残業しており体が心配だという相談。
3 今回の110番の特徴としては、自殺案件が目立ったこと、10年以上前の過労自殺についての相談など古い事件の相談があったことなどがあげられます。

第4 個人的感想
1 私は、今回、過労死・過労自殺のプレシンポや110番を通じ、はじめてご遺族の話を直接伺うことができました。非常にひどい話が多く、何ともやりきれない気分になりました。
  しかし、その一方で、なぜ、これだけ社会が過労死・過労自殺に無関心でいられるのか疑問に思いました。実際、今回のプレシンポはここ数年で最も参加者が少なく、110番でもテレビ放映があったににもかかわらず16件の相談しか寄せられませんでした。
  実際には、多くの人が過労死・過労自殺をしているはずなのに、なぜ、問題が表面化しないのでしょうか。

2 その理由は複数の要因が複雑に絡み合っていると考えられますが、まず、日本社会は同調圧力が非常に強いために批判精神が育ちにくく、特定の価値観に迎合してしまう人間が多いことが理由にあげられると思います。
残されたご遺族が、労災等の法的手段をとるため職場の同僚に話を聞こうとしても、多くの場合、同僚は過労死・過労自殺を生み出す状況を変えることに協力するよりも、自分が勤めている職場の価値観を優先し、非協力的な態度しかとらないという話をたくさん伺いました。
  また、過労自殺の場合、日本では「過労死する人=負けた人・逃げた人」という固定観念があり、多くの人がこの固定観念に同調してしまうため、残されたご遺族は、会社から家族を殺された後、さらに会社や社会から「負けた人・逃げた人」の家族というネガティブなレッテルを貼られるという、二重の苦しみ受けなければならないのです。

3 次に、日本は現在、「20年遅れの新自由主義」によって労働市場の流動化が加速しており、労働者は無理をしてでも会社から与えられた仕事を消化しようとしてしまうことも大きな要因です。
  労働市場の流動化によって職場のアノミー化がさらに進行すれば、労働組合は全く機能しなくなり、横のつながりが全くない、バラバラに切り離された労働者ばかりになるのは目に見えています。そして、アノミー化した労働者に、過労死・過労自殺について考えろといったところで無理な話です。

4 最後に、「グローバライゼーション」の問題があります。「グローバライゼーション」が生み出しているシステムは、インターネットを例にとれば分かるように、複雑すぎて誰も全体像を把握することができません。その結果、私達は、システムの問題点を的確に把握することが急速に困難になっているにもかかわらず、その一方で、システムが生み出した商品としての「便利で清潔でかっこいい生活」にあこがれてシステムが供給する価値観に染まっているため、システムの問題点を追及する動機を失っているのです。
  システムから供給された幻想であるにもかかわらず、私達が「便利で清潔でかっこいい生活」にあこがれて必死に働けば働くほど、その仕事が「便利で清潔でかっこいい生活」を生み出し、その「便利で清潔でかっこいい生活」を買うために私達はさらに必死に働く・・・・。
  私達は、幸せになるために働いているはずなのに、働けば働くほど不幸になるというアイロニーに陥っているのです。

5 このように、過労死・過労自殺が日本社会において表面化しにくい原因は複数あり、その原因を解除することは容易な話ではありません。また、一介の弁護士である私にその処方箋はありません。
  ただ、私は弁護士として、過労死・過労自殺のご遺族に寄り添い続け、ご遺族の様々な想いを法的手続きの中で少しでも解消・昇華できるように、努力を続けて行きたいと思いました。

以上

(民主法律時報407号・2006年5月)

2006/07/01