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長距離運転手S氏の過労死損害賠償訴訟 弁護士 松丸正(民主法律249号・2002年2月)

弁護士 松丸 正

1 S氏の過労死
  43才の長距離貨物運転手であったS氏が、平成3年1月30日北陸自動車道の徳光パーキングエリアのトイレ内でくも膜下出血を発症して倒れ、翌日それが発見されたが、同年2月1日死亡した事件である。平成13年3月9日大阪地方裁判所堺支部で原告全面勝訴の判決が下り、同年9月大阪高裁で和解が成立した。

2 運転手の過労死
  運転手(トラック、タクシー等)の過労死の比率は高く、平成11、12年度はいずれも12名の労働者が過労死している。その原因は運転労働そのものの質的過重性(精神的緊張度の高さ、深夜労働、拘束された空間での労働等)とともに、長時間・不規則労働という労働時間の量的過重性に求められよう。

3 「改善基準」の内容
  当時、運転労働者の健康の維持等を目的とする労働省労働基準局長告示「自動車運転者の労働時間の改善のための基準」が定められている。これによれば当時、貨物自動車運転手については、
①1日についての拘束時間は原則13時間を超えないものとし、それを延長する場合であっても最大拘束時間は16時間とすること
②勤務終了後、継続8時間以上の休息時間を与えること
③運転時間は2日を平均して1日当たり9時間、2週間を平均し1週間当たり48時間を超えないこと
④連続運転時間は4時間を超えないこと
などが定められていた。(現在もほぼ同じ)

4 本件の争点
  S氏の遺族は堺労基署長に対し、過労死として遺族補償の支給の請求をし、業務上の認定を得たうえ、平成8年に大阪地方裁判所堺支部に勤務先の南堺運輸株式会社(本社堺市)を被告として、その安全配慮義務違反を理由に損害賠償請求をした。
  本件の争点は、
 ①事実面ではS氏の運転業務が「改善基準」に違背するものかどうか、
 ②法律面では「改善基準」に違反する業務に従事させることは安全配慮義務に違反することになるか、
 ③くも膜下出血の原因となった脳動脈瘤を有していたことが賠償額減額の理由となるか、の3点であった。

5 判決内容
(1) 事実認定
 ①の事実面では、被告会社がS氏の乗務していた車両は小型車(最大積載量4.5t以下)であり、タコグラフの作成は義務づけられていないため、タコメーターは設置されていたものの、タコグラフ用紙(運行記録紙)は装着されてはないと主張し、提出がなかった。やむなく同様の長距離運転業務に従事している労働者の運転車両のタコグラフでS氏の運転業務を推認して立証していった。また「改善基準」違反についても、このタコグラフに基づき違反の事実を明らかにした。判決は基本的に被告会社主張の運転状況を認定したが(これ自体「改善基準」違反の内容であった)、同僚のタコグラフはS氏の運転業務の過酷さを裏付ける証拠となった。
(2) 安全配慮義務
 ②の法律面では、判決は、使用者は「労働者の生命、身体及び健康を当該労働に伴う危険から保護するように配慮すべき注意義務(安全配慮義務)を負担しており、かかる義務の具体的内容として、労働時間、休憩時間、休息期間、休憩場所等について適正な労働条件を確保するとともに、労働者の年齢、健康状態等に応じて従事する作業時間及び作業内容、就労環境等について適切な措置を採るべき義務を負担しているというべきである。」と最高裁電通過労自殺判決と同旨のことを述べたうえ、「自動車運転業務については、特に、労働安全衛生法や同規則、監督官庁による通達等の一連の法令等によって、労働者の健康の維持・増進や交通事故の防止等の観点から規定がおかれ、種々の規制が設けられていることに照らすと、かかる法令等による規制は、安全配慮義務の内容、違反の有無、程度を判断するための重要な資料となると解するのが相当である。」と判示した。
  そのうえで、「改善基準」に沿ってS氏並びにタコグラフのある同僚の運転業務を検討し、拘束時間、運転時間、連続運転時間の違反の程度は顕著であるとしたうえ、「以上のような顕著な改善基準違反の状況、給与体系(注・歩合給制度のこと)などから、客観的にみて、被告は、過重な労働をS氏に強いていたというべきであり、継続的に蓄積された過労や運転業務に伴う高血圧状態の反復継続が、脳血管障害や疾患等を引き起こすおそれがあることは、一般的に知られており、これがために、前記改善基準等も定められていることに照らすと、被告は労働者の作業時間及び作業内容等について適切な措置を採るべき義務に違反していたといわざるを得ない。」として、被告会社の安全配慮義務違背を認めた。
(3) 損害の減額
  脳動脈瘤の存在による損害額の減額は、原告側としては危虞していた点であった。過労死の損害賠償事案であるシステムコンサルタント事件(最高裁平成12年10月13日決定・労働判例791号6頁)は境界域高血圧を有していたことをもって50%の過失相殺をした高裁判決を維持しているなど、最高裁電通過労自殺判決(労働者の性格が労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでないときは、それを斟酌することはできないとする)以前の損害賠償請求事案は大幅な減額をされている事案が多かったからである。しかし、判決は減額を認めず、原告の全面勝訴となった。過労死につき損害額の減額をしない判決はこれが初めてであり、画期的な判決と言えよう。

6 本件の和解
  先に述べたとおり、本件は高裁で原告勝訴の内容で和解した。御主人の死から10年以上経過したのちの解決ではあったが、頑張って良かったとの奥さんの言葉が弁護団としては最大の報酬である。
 なお、弁護団は私と村田浩治、江角健一の三名である。

(民主法律249号)

2002/02/01