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過労死の労災認定基準、7年ぶりに改定  弁護士 岩城穣(民主法律249号・2002年2月)

過労死の労災認定基準、7年ぶりに改定
─過労死の救済の飛躍台に─

弁護士 岩 城  穣

【1】改定に至る経緯
1 7年ぶりの認定基準改定
 2001年12月12日、厚生労働省は過労死の新認定基準「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」(厚生労働省労働基準局長基発第1063号)を通達した。これは、1987年10月、1995年2月に続く7年ぶりの改定である。

2 前回の改定とその問題点
 前回の改定(95年2月1日基発第38号)は、過重性の評価期間を発症直前の1週間に限定し、それ以前の業務を「付加的要因」としてしか評価しなかった87年通達を修正し、発症前1週間以内に過重な業務が継続していたとはいえない場合でも、「発症前1週間以内の業務が日常業務を相当程度超える場合には、発症前1週間より前の業務を含めて総合的に判断する」こととして、極めて不十分ながら、長期間にわたる蓄積疲労を考慮する余地をもうけた。
 その結果、この認定基準改定後、年間の全国の労基署での業務上認定の件数はそれまでの30件前後から80件前後に増加した。
 しかし、
① 長期間にわたる蓄積疲労を正面から評価しない
② 「当該労働者のみならず、同僚労働者又は同種労働者(以下「同僚等」という。)にとっても、特に過重な精神的、身体的負荷と判断される」ことを要求していたことから、発症が被災者の有していた基礎疾患が不当に強調され、その自然増悪と評価されやすい
などの弱点を持ち、当然業務上と判断されるべき多くの事案が、業務外として退けられてきた。

3 認定基準の根本的見直しを迫った3つの最高裁判決
 このような認定基準に根本的な改正を迫ったのが、2000年に出されたいくつかの最高裁判決である。
(1) まず、電通過労自殺事件についての最高裁判決(2000年3月24日)は、「労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは、周知のところである。」として、蓄積疲労による心身の健康の悪化を、公知の事実とした。
(2) 次に、東京海上支店長付き運転手のクモ膜下出血事件についての最高裁判決(同年7月17日)は、被災者の1年4か月にわたる業務について、精神的緊張や不規則さなどの具体的な要因を挙げて、これが被災者に慢性疲労をもたらし、慢性の高血圧症、動脈硬化の原因の一つとなって、「一過性の血圧上昇があれば直ちに破裂を来す程度にまで増悪していた」として、労基署長の業務外決定を取り消した。
(3) さらに、同じ日に出された大阪淡路交通高血圧性脳出血事件についての最高裁判決(同年7月17日)は、過重性判断の主観的基準(誰にとって過重であったことが必要か)を、「通常の勤務に耐え得る程度の基礎疾病を有する者をも含む平均的労働者」であるとした大阪高裁判決を是認しうるとした。
 これら3つの最高裁判決を受けて、労働省(当時)は2000年10月、認定基準の見直しへの着手の発表に追い込まれたのである。

4 専門検討会報告書
 厚生労働省は、「脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会」を設置して認定基準の見直しを進めてきたが、2001年11月15日、専門検討会は報告書を提出し、これを受けて、同年12月12日、冒頭に述べた新認定基準が通達されたのである。

【2】新認定基準のポイント
 新認定基準は、その運用上の留意点についての通達(平成13年12月12日基労補発第31号、以下運用通達という)と一体のものとして理解する必要がある(新認定基準と運用通達との対応表はこちら)。
 新認定基準のポイントは、次の5点にあるといえる。
1 発症前おおむね6か月間にわたる疲労の蓄積を評価するとしたこと(認定基準第4の2の(3) ウ)
 新認定基準は、それまでの「日常業務に比較して、特に過重な業務に就労したこと」という認定要件を、
① 「発症に近接した時期において、特に過重な業務に就労したこと」(短期間の過重業務への就労)
② 「発症前の長期にわたって、著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に就労したこと」(長期間の過重業務への就労)
の2つに分け、後者については、発症前おおむね6か月間を評価期間とすることとした。

2 時間外労働時間の目安を定めたこと(認定基準第4の2(3) エ(イ) )
 長期間の過重業務における業務の過重性の評価にあたって、労働時間が「疲労の蓄積をもたらす最も重要な要因と考えられる」とし、その評価の目安を次の通り定めた。
① 「発症前1か月間におおむね100時間以上」、「発症前2か月ないし6か月間におおむね80時間以上」の時間外労働時間(週40時間を超える労働時間)があれば、業務との関連性が強いと評価する。
② 発症前1か月ないし6か月間の時間外労働時間がおおむね45時間を超える場合は、それが長くなるほど、業務と発症との関連性が徐々に強まると評価する。
③ 発症前1か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね45時間を超える時間外労働が認められない場合は、業務と発症の関連性が弱いと評価でき、労働時間以外の負荷要因による身体的、精神的負荷が特に過重と認められるか否かが重要となる

3 負荷要因を明確化したこと(基準第4の2(2) ウ(ウ) 、同(3) エ(イ) )
 業務の過重性の具体的な評価に際して検討する負荷要因を、次のとおり具体的に示した。
 a 労働時間
 b 不規則な勤務(予定された業務スケジュールの変更の頻度・程度、事前の通知状況、予測の度合、業務内容の変更の程度等)
 c 拘束時間の長い勤務(拘束時間数、実労働時間数、労働密度、業務内容、休憩・仮眠時間数、休憩・仮眠施設の状況等)
 d 出張の多い業務(出張中の業務内容、出張(特に時差のある海外出張)の頻度、交通手段、移動時間及び移動時間中の状況、宿発の有無、宿泊施設の状況、出張中における睡眠を含む休憩・休息の状況、出張による疲労の回復等)
 e 交代制勤務・深夜勤務(勤務シフトの変更の度合、勤務と次の勤務までの時間、交代制勤務における深夜時間帯の頻度等)
 f 作業環境(温度環境、騒音、時差等を付加的に考慮する)
 g 精神的緊張を伴う業務(「別紙」に掲げられた具体的業務で、精神的緊張の程度が特に著しいと認められるものについて評価する)

4 過重性判断の主観的基準を拡大したこと(運用通達第3の3(4) )
 過重性判断の主観的基準である「同僚等」の定義を、従来の「当該労働者と同程度の年齢、経験等を有し、日常業務を支障なく遂行できる健康状態にある者」から、「発症した当該労働者と同程度の年齢、経験等を有する健康な状態にある者のほか、基礎疾患を有していたとしても日常業務を支障なく遂行できる同僚労働者又は同種労働者」に拡大した。

5 リスクファクターの評価を限定したこと(運用通達第3の5)
 被災者の健康状態を定期健康診断結果や既往歴等によって把握し、リスクファクター及び基礎疾患の状態、程度を十分検討するが、認定基準の要件に該当する事案については、明らかに業務以外の原因により発症したと認められる場合等の特段の事情がない限り、業務起因性を認める。

【3】新認定基準の評価──積極面と問題点
1 認定基準は、明らかに拡大された
 新認定基準は、従来の基準と比較すれば、明らかに認定要件を拡大している。この認定基準により、今後業務上の認定は増えるであろうし、飛躍的に増やさなければならない。

2 一定時間以上の長時間労働は、業務上の認定がなされやすくなった
 新認定基準では、週40時間を超える時間外労働が発症前1か月で100時間(実労働272時間)、発症前2か月ないし6か月間で月平均80時間(6か月間で実労働1520時間)あれば、業務上とされやすくなった。我々は、週70時間、年間3000時間を「過労死ライン」と呼んできたが、このラインを超える超長時間労働をしていて発症した場合は、業務上認定される可能性が一気に高まったといえる。
 また、上記の労働時間に至らない場合も、労働時間以外の負荷要因を主張立証することにより、業務上認定がなされる可能性が高まった。

3 リスクファクターの評価の度合いが相対的に低下した
 従来、被災者に高血圧や動脈硬化などの基礎疾患があった場合、局医の「基礎疾患が自然増悪し、偶発的に発症した」などの意見によって業務外とされることが多かったが、新認定基準では、前述のとおり、認定基準の要件に該当する事案については、明らかに業務以外の原因により発症したと認められる場合等の特段の事情がない限り、業務起因性が認められることとなったことから、リスクファクターの評価の度合いが低下し、局医に意見を求めることなく業務上とされる余地が広がった。

4 マニュアル化により、争点の明確化や早期の認定獲得が可能となった
 労働時間の目安や「精神的緊張を伴う業務」の「別表」など、業務上外の認定を行ううえでのマニュアル化が進んだことから、争点を早期に明確化し、それに沿った主張立証を行い、短期間に認定を得ることが可能となった。

5 新認定基準の問題点
 もちろん、新認定基準には次のような問題点もある。
(1) 「急激に」「著しく」の要件を維持していること
 新認定基準においても、「過重負荷とは、医学経験則に照らして、脳・心臓疾患の発症の基礎となる血管病変等をその自然経過を超えて急激に著しく増悪させ得ることが客観的に認められる負荷をい(う)」とし、従前の定義が維持された。このような「急激に」「著しく」という要件は、最高裁判決も採っていないものであり、強く批判されるべきである。
(2) 発症前6か月以前の蓄積疲労は、付加的要因にとどめられたこと(運用通達第3の4(2) )
 新基準は、過重負荷の評価期間を発症前6か月に拡大し、それ以前の業務は「付加的要因」にとどめるとしたが、6か月間に限定すべき特別な根拠はなく、この点も批判されなければならない。
(3) 労働時間の「目安」が足切りになる可能性
 時間外労働時間の「目安」のハードルは決して低くはなく、発症前6か月間の月平均の時間外労働が45時間以下の場合はそれだけで、また45時間を超え80時間以下の場合も、労働時間以外の負荷要因の評価によっては切り捨てられる可能性がある。
(4) 労働時間以外の負荷の軽視
 また、労働時間以外の負荷要因についても、交替制勤務・深夜勤務は、「交替制勤務が日常業務としてスケジュールどおり実施されている場合や日常業務が深夜時間帯である場合に受ける負荷は、日常生活で受ける負荷の範囲内と評価される」(運用通達第3の3(4) イ)とか、「精神的緊張を伴う業務として1063号通達の別紙に掲げられていない業務又は出来事による負荷は、発症との関連性において、日常生活で受ける負荷の範囲内と評価される」(同)など、現代の労働医学の到達点や労働現場の実態を不当に軽視している点もある。
 これらの点は、更に認定基準の改善を求めていく必要がある。

【4】今後の課題
1 積極的な労災申請を
 我々としては、今後この新認定基準の積極面を活用し、新たな事案を掘り起こして、積極的に労災申請を行って業務上認定を勝ち取っていくことが必要であるし、それは可能である。
その際、意見書は、認定基準の要件に沿い、ポイントを押さえたものにすべきである。

2 審査官、審査会、行政訴訟に係属中の事案についても自発的認定を求める
 厚生労働省は新認定基準の通達に際し、現在係属中の事案についてもこれを適用することを表明し、既に大阪の西原事件、山梨の横内事件、東京の脇山事件について労基署は従前の業務外決定を取り消し、改めて業務上の認定を行った。更に、別の東京の事案でも近々同様の処理がされる見通しである。
 我々として、既に審査官、審査会や行政訴訟に係属中の事案についても、より積極的に労基署の自発的認定を求めていくべきである。

3 行政訴訟での活用を
 前述のように、東京海上支店長付き運転手事件の最高裁判決は、蓄積疲労によるクモ膜下出血の発症について業務起因性を認めたが、判決の中で医学的機序が詳細に述べられたことから、下級審の行政訴訟において、裁判所が原告に対し、当該事案についての医学的機序の詳細な主張立証を求めるというマイナス面の動きも出てきていた。
 しかし、前述のように、新認定基準ではリスクファクターの評価度合いが低下し、認定基準に該当する事案では原則として業務上と認定されることになったことを積極的に主張することにより、このような動きを克服することが可能になった。

4 過労死を救済し、なくしていく運動の飛躍的拡大の武器に
 過労死をめぐる闘いの歴史は、過労死の遺族やこれを支援する人々、弁護団の粘り強い闘いが、過労死の救済・予防に対する世論を広げ、業務上認定や勝訴判決を勝ち取り、それが認定基準の改定につながり、さらに闘いが広がる、というものであった。
 今回の認定基準の改定も、そのような流れの中でとらえられるべきものである。
 空前の不況とリストラの嵐が吹き荒れ、超長時間労働やサービス残業が蔓延し、過労死や過労自殺が激増している中で、労働時間の管理についての通達(2001年4月)などとともに、この認定基準を武器にして、過労死を救済・予防し、人間らしく働くことのできる職場・社会を作っていく運動を飛躍的に強めていきたい。

(民主法律249号)

2002/02/01