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女性編集デザイナー土川由子さんの労災申請と過労死の新認定基準への動き  弁護士 松丸正(民主法律時報355号・2001年12月)

弁護士 松 丸  正

1 若き女性編集デザイナーの過労死
 (株)ジアース(大阪市北区)の23才の女性編集デザイナーであった土川由子さんは、平成10年4月7日くも膜下出血でその若い命を絶った。2年間毎月拘束300時間前後の長時間労働を続けたのち、同年3月末で同社を退職し、新たな職場で同年4月6日から働きはじめたばかりの時期での死だった。発症前1週間の業務の過重性を重視する現行の認定基準からすれば、発症前1週間はジアースを退職しており、行政段階で認定するのは困難な事案であり、損害賠償請求を弁護団は先行していた。また土川さんの過労死に関連して、ジアースの会社並びに代表者は労基法違反(割増賃金不払い)等で、それぞれ罰金40万円の刑事判決を受けている。

2 過労死の新認定基準に向けた報告書内容
 昨年7月、最高裁は東京海上支店長付運転手の過労死の業務上外事件等で、蓄積的な疲労・ストレスが高血圧動脈硬化の原因となり、それがくも膜下出血を発症させたとするとともに、精神的緊張、不規則な仕事等の労働の質を過重性の判断において重視する判断を示した。
 これを受けて本年11月15日、厚生労働省の委嘱を受けた「脳・心臓疾患に関する専門検討会」は、つぎの内容を骨子とする検討結果をまとめ、近日中にこれに基づく新認定基準が発表される。
(1) 原則として発症前6ヵ月間(業務について明らかにする具体的資料のあるときはそれ以前も)の業務の過重性を判断する
(2) 発症前1ヵ月間に時間外労働(実働1日8時間、週40時間を基準、休日労働時間も含む)が100時間、同2ヵ月間から6ヵ月間に80時間を超えるときの発症は業務との関連性は強い
(3) 月45時間を下回るときは、原則として業務との関連性は弱い
(4) 精神的緊張(具体的な業務内容を明示している)、深夜交替労働(深夜労働自体ではなく、生活の位相のズレが生ずる点を重視)等、業務の質的過重性が認められる就労態様を具体的に明示。
 この報告内容は、行政がこれまで認めていた発症直前の異常な出来事、短期間(発症前1週間を原則)の過重業務に加えて、長期間(発症前6ヵ月間を原則)の過重業務を判断基準に加えるものである。長い裁判闘争のなかで遺族とその支援者らが勝ち取ってきた判決をもって、行政の認定基準を後追いの形ではあるが変えさせてきた歴史に大きな一歩を加えるものになる。
 しかし同時に6ヵ月間という期間は判例が評価する期間より短く、調査の困難という理由でそれ以前の蓄積疲労が切り捨てられかねない。また時間外労働月80時間という基準は年間換算で実働3000時間超となり、救済のハードルとしては高きに失するものであり、また月45時間以下については切り捨ての基準となることが考えられる。また持ち帰り残業が時間外労働に含まれないとされるおそれも否めない。
 救済と切り捨ての「両刃の刀」にもなりうるが、今後の判決と運動、そしてその運用(特に月45時間から80時間のグレーゾーン)のなかで、変えうる、変えていかねばならない基準として位置づける必要がある。

3 土川さんの労災申請
 この報告書が出されて間もなくの11月29日、土川さんの過労死につき天満労基署長に対し、労災申請を行なった。土川さんの労働時間は時間外労働月80時間のラインをクリアーしており、今回の報告内容からすれば、業務上と判断されるべき事案である。
 2年間余の長時間労働によって、土川さんの発症の原因となった脳動脈瘤はいつ破裂してもおかしくない「破裂準備状態」に至っており、そのような状態に至った以上、発症は日常の業務あるいは生活上の起居動作によって生じうると弁護団は位置づけている。
 土川さんの事件は、新基準が救済の基準となりうるかどうかの試金石となる。天満労基署は既に調査を開始している。また、大阪地裁の損害賠償事件も結審間近になっている。土川事件に対する支援を今一層強めることが重要な時期である。

2001/12/01