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過労自殺における安全(健康)配慮義務

 過労自殺について、会社に対し損害賠償責任を追及したいと考えています。企業としての安全配慮義務の内容について教えてください。また会社は自殺を予見できなかったと主張していますが、この点についてはどうでしょうか。

◆使用者の安全配慮義務

 会社(使用者)は労働契約上あるいは右契約に付随して労働者の健康に配慮すべき安全(健康)配慮義務を負っています。過労自殺に即して考えると、具体的には次のような安全配慮義務の内容になります(弁護士岡村親宜氏による)。
 ① 適正労働条件措置義務  労働者が過重な労働が原因となって健康を破壊して過労自殺することがないように、労働時間、休憩時間、休日、労働密度、休憩場所、人員配置、労働環境等適切な労働条件を措置すべき義務
 ② 早期発見・健康管理義務  必要に応じメンタルヘルス対策を講じ、労働者の精神的健康状態を把握して健康管理を行い、精神障害を早期に発見すべき義務
 ③ 適正労働配置義務  精神障害に罹患しているかもしくはその可能性のある労働者に対しては、その症状に応じて、勤務軽減、作業の転換、就業場所の変更等労働者の健康保持のための適切な措置を講じ、労働者の精神障害等に悪影響を及ぼす可能性のある労働に従事させてはならない義務
 ④ 看護・治療義務  過労により精神障害を発症したかもしくは発症した可能性のある労働者に対し、適切な看護を行い、適切な治療を受けさせるべき義務

◆判決の認める安全(健康)配慮義務

 ① 適正労働条件措置義務  これら具体的安全配慮義務のうち、過労自殺で最も重要な争点になることが多いのは適正労働条件措置義務ですが、判決は次のようにこれを認めています。
   「労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは、周知のところである。労働基準法は、労働時間に関する制限を定め、労働安全衛生法65条の3は、作業の内容等を特に限定することなく、同法所定の事業者は労働者の健康に配慮して労働者の従事する作業を適切に管理するように努めるべき旨を定めているが、それは、右のような危険が発生するのを防止することをも目的とするものと解される。これらのことからすれば、使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり、使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の右注意義務の内容に従って、その権限を行使すべきである」(最判平成12年3月24日〔電通過労自殺死事件〕労働判例779号13頁)。
   「使用者としては指揮監督に付随する信義則上の義務として、労働者の安全を配慮すべき義務があり、本件では被告には雇い主として、その社員であるTに対し、同人の労働時間及び労働状況を把握し、同人が過剰な長時間労働によりその健康を害されないよう配慮すべき安全配慮義務を負っていた」(岡山地判平成10年2月23日〔川崎製鉄うつ病自殺死事件〕労働判例733号13頁。なお、平成12年10月2日に広島高裁岡山支部で企業側が謝罪し、過失相殺を行わずに損害賠償を行うとする和解が成立した)。
 ② 早期発見・健康管理義務  「訴外S(上司)は、同年7月には、Iの顔色が悪く、その健康状態が悪いことに気づいていながらも、何らの具体的な措置を取らないまま、同人が従前どおりの業務を続けるままにさせたこと」「自殺の予兆であるかのような言動や、無意識のうちに蛇行運転やパッシングをしたり、霊が乗り移ったみたいだと述べるといった異常な言動等をするようになり、また、肉体的には、顔色が悪い、明らかに元気がない等の症状が現れ、訴外SもIの様子がおかしくなっていることに気づきながら、Iの健康を配慮しての具体的な措置は、なお何ら取らなかった」(東京高判平成9年9月26日〔前記・電通過労自殺死事件〕労働判例724号13頁)等として過失を認めています。
 ③ 適正労働配置義務  「H(上司)は、Tが疲れているように感じて、T担当の仕事を引き受けようかと言ったが、Tがこの申出を断るとそれ以上の措置は採らなかったこと、更にTの業務上の課題について相談を受けながら単なる指導に止まり、Tの業務上の負荷ないし長時間労働を減少させるための具体的方策を採らなかったこと」並びに残業時間を実際の時間より相当少なく申告していることにつき改善の方策を採らなかったことは、「Tの常軌を逸した長時間労働及び同人の健康状態の悪化を知りながら、その労働時間を軽減させるための具体的な措置を採らなかった債務不履行がある」(前記・川崎製鉄うつ病自殺死事件)。

◆予見可能性

 過労自殺につき、会社の安全配慮義務を追及するとき、自殺することについて予見可能性がない場合は使用者は免責されることになります。
 この点について判例は、「控訴人(会社)はIの常軌を逸した長時間労働および同人の健康状態(精神面も含めて)の悪化を知っていたものと認められるのであり、そうである以上、Iがうつ病等の精神疾患に罹患し、その結果自殺することもあり得ることを予見することが可能であったというべきである」(前記・電通過労自殺死事件(東京高裁判決))。
 「Tの長時間労働、平成3年3月頃からの同人の異常な言動、疲労状態等に加え、うつ病患者が自殺を図ることが多いことを考慮すれば、Tが常軌を逸した長時間労働により、心身ともに疲弊してうつ病に陥り、自殺を図ったことは、被告はむろん通常人にも予見することが可能であったというべきであるから、Tの長時間労働とうつ病との間、更にうつ病とTの自殺との間には、いずれも相当因果関係があるというべきである」(前記・川崎製鉄うつ病自殺死事件)として予見可能性を認めています。

2011/10/01