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関西リムジンバス運転手の過労死事件で和解 弁護士 佐藤真奈美(民主法律272号・2008年2月)

弁護士 佐藤真奈美

1 事件の概要
 関西国際空港のリムジンバスの運転手として働いていたIさんは,平成13年4月10日,急性心筋梗塞で亡くなった。当時52歳であった。
亡くなる前のIさんは,朝早くに家を出て夜遅く帰宅するという生活が続いていた。そのようなIさんの働きぶりを心配していた遺族は,Iさんの死後,これは過労死だと思うに至り,平成14年2月に労災申請をした(岸和田労働基準監督署)。
 平成16年1月,Iさんの遺族のもとに労基署から決定が届いた。不支給決定であった。Iさんは,その決定に大きなショックを受け,これ以上の手続を取ってもまた労災を否定されてしまうならといった思いから,不支給決定についての審査請求を行わなかった。これにより,Iさんの死が労災であると認めてもらうための手続を取ることは出来なくなってしまった。
 審査請求はしないとの結論を出したものの,Iさんの遺族には,やはり納得できないとの気持ちが残っていた。そして,平成17年6月に行われた全国一斉過労死110番の記事を見付け,電話をかけた。労災について争うことは出来ないが,会社に対する損害賠償請求を行うことは出来るとのアドバイスを受け,平成18年4月に損害賠償請求訴訟を提起した(大阪地裁15民事部)。
 提訴後,証人尋問に入る前に,裁判所から和解の勧試がなされた。遺族の請求をほとんど認める内容の和解案で,被告会社も受け入れ,平成19年2月に和解が成立した。提訴から1年弱という,スピード解決であった。

2 事案の特徴
 (1) 拘束時間,労働時間の長さ
 Iさんの労働状況の特徴は,拘束時間が長い,運転時間が長いという点にあった。毎日コースが異なるため,始業時間・就業時間は一定ではないが,ほとんの日において,早朝から夜まで拘束されていた。一日の勤務の中で,停留所で休憩を取ることが出来る時間帯,コースとコースとの間に「中休み」が設けられるなどしていたが,完全に勤務から解放され「休憩」できる時間とは言えず,その拘束時間は労働時間として算定されるべき時間であった。
 運転手のコース表などの資料を弁護団で分析し,Iさんの拘束時間・労働時間・時間外労働時間を計算したところ,次の通りの結果となった。

│ │1か月前│2か月前│3か月前│4か月前│5か月前│6か月前│
│拘束時間 │329:44│312:42│330:58│283:04│309:53│292:32│
│労働時間 │316:44│300:12│317:28│271:04│297:23│281:32│
│時間外労働時間│148:44│132:12│149:28│103:04│129:23│113:32│
 
 ところが,岸和田労基署で認定された時間外労働時間は,多い月でも一月に53時間弱,被災前6ヶ月平均では一月43時間強という,いわゆる「過労死ライン」(一月の時間外労働時間が平均80時間)を大幅に下回るものであった。そのような不当な認定がなされたのは,実際は休憩できる実態などないのに毎日1時間の休憩時間が控除されたり,「中休み」との名目で休憩時間が控除されたりするなど,労働時間からの控除が認められる休憩時間とは評価できない時間についても控除されたためと考えられる。
 (2) 質的な過重性
 Iさんの業務は,大型車を運転するという点で,精神的な緊張を伴う業務であった。また,毎日コースが変更され勤務時間も変わるという点で不規則で,深夜・早朝勤務が多く夜間に良質な睡眠を確保するのが困難という事情もあった。さらに,休日が著しく少なく,勤務による疲労を回復するのが困難という状況もあった。
 しかし,岸和田労基署では,不当にも少なく見積もられた労働時間が足りていないという理由もあってか,このような質的な過重性は一顧だにされていなかった。

3 訴訟での主張,和解
 訴訟では,弁護団で計算した拘束時間・時間外労働時間を裏付けるべく,多くの資料を出し,また「休憩時間」についての主張を展開した。関空まで現社員の聴き取りに行き,退職した元同僚の話を聞きに和歌山県の奥地まで聴き取りに行ったほか,実際にリムジンバスに乗り込むなどの立証活動を行いながら,Iさんの業務の実態を裁判所に分かってもらえるための主張・立証を尽くした。
 これに対し被告会社は,例えば出発を待つ時間など乗務まで時間が空くこともあるので原告が主張するような拘束時間・時間外労働時間はない,取り立てて肉体的疲労や精神的緊張を伴うものではないなどと反論してきた。
 立証に入る前の段階で,裁判所から「証人尋問前に和解が出来ないか。和解案を提示したい」との意向が示された。出された和解案は,原告の主張を概ね認める形で,被告会社の損害賠償を求めるものであった。被告会社は,「労災による填補がない点も考慮して欲しい」などと言っていたが,最終的には,裁判所の和解案からわずかに減額された金額を支払うとの内容で和解が成立した。遺族の勝利和解と言える内容であった。

4 本件の意義
 提訴後一年以内に勝利和解が得られたという点で,画期的といえよう。証人尋問を経ず解決が得られた点に因るが,客観的な資料をもとに裁判所から的確な和解案が出され,被告会社からも一定の誠意ある対応がなされた結果といえる。
 本件で何よりも指摘されるべきは,岸和田労基署により不支給決定がなされている点である。先に述べたように,その要因は,「休憩時間」の名の下に不当に労働時間が差し引かれ,質的な過重性も考慮されなかった点にあると考えられる。本件では,遺族が諦めずに過労死110番へ相談してきたことがきっかけとなって,勝利和解を得ることが出来た。しかし,過労死110番への相談がなかったら,不支給決定が出されたままだったと考えられる。労基署の不当かつ杜撰な調査によって,本来であれば補償されるべき事件が補償されていない実態が多いと感じる。本件がそのような事態の解消に向けた一助になることを願ってやまない。
  (弁護団は,岩城穣弁護士,林裕悟弁護士,佐藤です)

(民主法律272号・2008年2月)

2008/02/01