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模擬裁判「組合活動差止請求事件」 弁護士 池田直樹(民主法律228号・1996年8月)

弁護士 池田直樹

これは、1996年2月17~18日の民主法律協会主催「権利討論集会」の第2分科会で行われた、仕事と組合活動と家庭生活を考える模擬裁判「組合活動差止請求事件」のシナリオです。

登場人物
  裁判官(池田直樹)、原告代理人(松丸正)、被告代理人(脇山拓)、原告(赤津加奈美)、被告(岩城穣)、組合証人(北口修造)、証人(森岡孝二)

 裁判長 それでは原告の岩城さんと原告代理人の松丸さんはそちらに着席してください。被告の岩城さんは証人席にとうぞ。被告代理人の脇山さんはそちらにとうぞ。
 では平成八年(モ-ヤ)第2号事件「組合活動差止請求事件」を開廷します。
原告は訴状を陳述。被告は請求棄却の答弁ですね。では、原告代理人の意見陳述をどうぞ。

 原告代理人 訴状は皆さんにお配りしたとおりですが、その概略をご説明いたします。
 この裁判は、ずばり残業と組合活動の差し止めを求めたものです。働きすぎをやめろ、組合活動のやりすぎをやめろ、健康診断を受けてくれ、という奥さんからの叫びであります。
 ここ数年、過労死問題が世間から注目を浴びてきました。多くの企業戦士がすぎまじい長時間労働の中で倒れ、労災にもならない、という矛盾の中から、過労死労災認定運動がおこり、その結果、まだまだ救済されない人が大部分ではありますが、わずかなから救済の通が広かりつつあります。
 しかし、遺族や重い後遺症に苦しむ労働者にとって、一番言いたいことは、倒れてからでは遅すぎる、ということに尽きます。そして今、私たちの目のまえに、いつ倒れてもおかしくない労働者かいるのです。

 被告 いや、僕なら大丈夫ですよ。倒れるなんてことはないですよ。

 原告代理人 倒れるとわかって倒れる人はほとんどいません。自分は大丈夫だと思いながら、無理して倒れていくんです。あなた、体重は? ウェストは何センチ? 最近増えてきているでしょう? 走ると胸か痛みませんか? あなたバイクで通勤や移動をしていますね。

 被告 これ劇の話なんですか。

 原告代理人 被告は聞かれた質問にだけ答えてください。残業はどれくらいありますか。

 被告 60時間以上はあります。ほとんどサービス残業なので正確にはわかりません。

 原告代理人 なぜそんなに残業するのですか。

 被告 やはり、老人福祉の仕事ですから、やりだせばきりかありませんからね。それに、僕かがんばらないと課のみんなに迷惑がかかるし、そもそも私ぬきでは、回っていかないんです。

 原告代理人 あなた抜きでは回っていかない、というのはしばしば片思いなんだなあ。それに家庭こそあなた抜きでは困るんですけどね。ところで、あなたは組合執行委員もやっていますね。組合のお仕事も相当お忙しいようですが。

 被告 組合こそ私ぬきでは回っていきませんから。福祉の切り捨てや職員削減など、課題はつきませんし、その分の任務も多いんです。私たちの労働条件を守らなければ、いい福祉は実現できないし、政治を変えなければお年寄りが安心できる社会にもならないでしょう。

 原告代理人 でも、平日は残業の後で会議、土日は集会やびらまきで、いつ、家庭責任を果たすんですか。

 被告 いや、十分とはいえませんが、それなりのことはしていますよ。この前の日曜には子供を公園に連れていったりしたし。

 原告代理人 それ、大阪城公園での沖縄支援集会と違いますか?

 被告 ま、そ、そうですけと。

 原告代理人 ところで、健康診断で精密検査を進められていますが、どうして受けないのでしょうか。

 被告 いや、そのうち行こうとは思っているのですが、とにかく忙しくて。それに、今のところ、僕は大丈夫です。自分でわかりますから。

 原告代理人 過労で倒れる人の多くは、後で振り返れは、何らかの前兆が見られる場合が多いのですよ。早めにチェックすること、これは過労死問題に取り組んできた我々からの警告てす。終わります。

 被告代理人 あなたは、残業や組合活動を熱心に行っていますが、それによって給料が増えたり出世の面で得していますか。

 被告 いえ、少しは残業手当が出ますが、割にあわないし、出世にはむしろ障害になっていますね。

 被告代理人 そうすると、あなたが熱心に働いてたり活動したりするのは、ひとことで言えば、社会正義のため、ということですか。

 被告 そうです。

 被告代理人 終わります。

 裁判長 では次に原告本人の尋問をお願いします。 

 原告代理人 最近、ご主人の健康について心配している点はありますか。

 原告 ええ、とても心配です。いつも夜11時ころ帰ってきて遅いご飯を食べるんですけど、どうしても不規則なのでだんだん体重が増えて、こらんの通りです。それに、寝たあとのいびきか以前よりすこいんです。朝も最近はなかなか起きることができないし、やっぱり疲れているんだと思うんです。健康診断でも、心電図でひっかかって精密検査を指示されているし、一目でも早く受けてほしいのに、忙しいといって行きたがらないんです。

 原告代理人 ご主人は家庭ではどんな人ですか。

 原告 家事は全然手伝ってくれませんが、子煩悩で、日曜は子供と遊んでくれることかありますが、集会や会議で出ていくことも多いので、子供が休みの日でも朝起きると必ず、「パパ、今日はお仕事あるの」 って聞くんです。

 原告代理人 あなたは仕事だけでなく、組合活動の差し止めも求めていますか、その真意は何ですか。

 原告 主人が福祉の仕事に打ち込んでいることや、組合活動もよりよい社会をつくるために頑張っていることはよくわかっているつもりです。ただ、札は主人の健康か心配なのです。それに役所や組合には、何といっても代わりの人がいます。でももし主人が倒れたら、私や子供には代りはいないんです。私か言っているのは、もう少し、休息もとって仕事と組合と家庭のバランスをとってほしいということなんです。

 原告代理人 終わります。

 被告代理人 最近、組合幹部として活動する若い人か残念なから少ないことはご存じてすね。

 原告 はい。

 被告代理人 ご主人はその中で貴重な中堅幹部としてそれこそ組合活動の中核となっていることば理解されていますか。

 原告 ええ。

 被告代理人 とするともし奥さんがご主人の組合活動を停止請求すると、組合自体の活動に大きく支障か出ることもご理解できますね。

 原告 でも、もし、本人が倒れたら組合は責任とってくれますか。組合活動による過労では労災にもならないでしょう。私は別こ永久に全活動をやめてくれといっているんではありません。一度、立ち止まって、健康診断もして、2人でゆっくり話し合って、調和できるやり方を考えましょうといっているだけなんです。それにいくら一生懸命、意義のある活動をしていても、家庭や自分の健康を犠牲にして疲れきった姿をしていたら、今の普通の組合員や一般職員はついてこないのではないでしょうか。

 被告代理人 ここで、被告の所属する組合ではありませんが、化学一般の北口さんに、組合の立場から、仕事、組合、家庭のバランスをどう取れるのか、取れないのか、組合で努力していること、努力すべきことなどを証言していただきたいと思います。

(北口さんのポイント)
・まず組合の意義‥今の社会の中で戦う組合が貴重で意義があること
組合がしっかりしたことろでは長時間労働が規制され、過労死のない職場になっているはず。安全衛生面でも違う。万が一、倒れても認定闘争では大違い。
・組合のジレンマ‥高齢化、若手不足で一部の人に任務か集中すること
・新しい組合活動の方向性‥魅力的な活動のためには、家庭生活も充実させること

 原告代理人 次に、原告側証人として、森岡関西大学数授を申請いたします。

(森岡教授のポイント)
・家庭生活、仕事(企業、組合)、社会生活(組合や政治活動)のバランスが取れた社会構築の必要性、過労死問題の背景
・活動家の陥りやすい罠

 裁判長 さて、大体論点は出揃ったと思います。ここで、特別に陪審員の皆さんからもご意見を伺いたいと思います。
論点としては、
1、過労死はどうして起きるのか、私たちか過去のかけがえのない人たちの犠牲から読み取る教訓はなにか
2、企業活動に没頭しての過労死と組合活動や社会活動による過労死とは、意味が違うのか
3、どうすれば様々な形での過労死を防げるのか、ということだろうと思います。

(自由討論)

裁判長 では、最後に皆さんの判決をお願いいたします。請求を認容される方、棄却される方。
ありがとうございました。
                    (民主法律228号・第41回総会特集号)

1996/08/01